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 昭和40年版 犯罪白書 第二編/第三章/三/1 

三 恩赦

1 現行の恩赦制度

 恩赦は,刑事手続によることなく,行政権の作用で,有罪の確定裁判(もっとも大赦の場合には例外として判決が確定しなくとも行なわれ得る)の効力を失わせ,あるいは変更する制度である。恩赦はその効力の内容により,大赦,特赦,減刑,刑の執行の免除,復権の五種類にわかれる。また恩赦を行たう方法には,形式の面から見ると,一般(政令)恩赦と個別恩赦の二つがある。まず効力の内容について概略説明すると,[1]大赦は,恩赦のうちで最も強い効力をもつもので,有罪の言渡しをうけた者については,その言渡しの効力を失わせ,まだ有罪の言渡しをうけない者については,公訴権を消滅させるものである。
 したがって,ある罪が大赦に該当すると,有罪判決によって服役中の者は直ちに釈放され,有罪判決はうけたが,いまだ刑の執行をうけていない者については執行されないことになる。また裁判中のものについては,免訴判決によって裁判が終了することになるし,警察や検察庁等で捜査中のものについては,捜査を打切り,あるいは不起訴処分に付し,その後あらためて捜査したり起訴することはできなくなるのである。
 この大赦を行なう方法は一般(政令)恩赦だけに限られている。[2]特赦は有罪の裁判が確定した特定の個人について行なわれるもので,刑の執行前,執行中,執行終了後,あるいは執行猶予中であっても,有罪の言渡しの効力を失わせるもので,その効力は大赦に次いで強い。この特赦を行なうのはもっぱら個別恩赦の方法によるのである。[3]減刑は,裁判で言渡された刑期を減軽するもので,たとえば懲役五年を懲役四年に短縮し,あるいは懲役三年,五年間執行猶予を懲役二年,四年間執行猶予に変更する等の恩赦を行なうものである。減刑を行なう方法には,一般(政令)恩赦と個別恩赦の両者がある。[4]刑の執行の免除は,裁判で宣告された刑そのものは変更しないで,刑の執行だけを免除するものである。刑の執行の免除は,もっぱら個別恩赦の方法によって行なわれる。[5]最後に復権は,有罪の言渡しをうけたために資格を喪失しあるいは停止された者に対し,これを回復させる効力をもつものである。刑法第三四条の二(昭和二二年刑法一部改正により追加)は,たとえば禁錮以上の刑は,執行を終わったのち罰金以上の刑に処せられることなく一〇年を経過すれば刑の言渡しが効力を失うというように,いわゆる刑の消滅,法律上の復権に関する規定をもうけているが,恩赦による復権は,これとは別の観点から,刑法第三四条の二に定める期間の経過前に資格を回復させるものであって,またこれによって,本籍市区町村役場に備付けられている犯罪人名簿から抹消されることになっている。復権には,特定の具体的な資格だけを回復させるものと,一般的に回復させるものとがあるが,先例によると後者の場合がほとんどである。また復権を行なう方法には,一般(政令)恩赦と個別恩赦の双方がある。以上のような恩赦の効力は,当然のこととして,恩赦が行なわれたその時から将来に向かって生ずるものであって,過去にさかのぼって,既成の効果を消滅させることはない。したがって,たとえば有罪言渡しの結果,一般公務員や議員がその資格を喪失したとしても恩赦によって旧に復するということではない。また恩赦の効力は,刑事法上の効力以外には及ばないのであって,たとえば私法上の損害賠償責任まで消滅させるものではない。
 次に,恩赦はこれを行なう方法,形式の面から見ると,一般(政令)恩赦と個別恩赦の二つにわかれることはすでにふれたところであるが,なお若干の説明を加えると,一般(政令)恩赦は,政令で罪または刑の種類,該当の基準日等を定め,これに該当するものについて,個々の審査を行なわず一律に恩赦の効力を発生させる方法であり,個別恩赦は,個々の事案について犯情,性格,行状,犯罪後の状況,再犯のおそれの有無等を調査審査して行なう方法である。旧憲法においては,恩赦を決定するのは天皇の大権事項とされていたが,現行憲法においては,恩赦の決定は内閣の権限に属し,天皇は国事行為として内閣の決定を認証するものである。ただ一般(政令)恩赦は,右のように政令によって一律に行なわれるのであるが,個別恩赦については本人からの出願にもとづき,あるいは職権によって検察官,保護観察所長,監獄の長から中央更生保護審査会(法務大臣所轄の下におかれている機関で,両議院の同意を得て法務大臣が任命する委員五人で組織されている。)に上申されたものであって,かつ同審査会が,恩赦の理由あるものと認めて,法務大臣に恩赦の申出をしたものでないと,内閣は恩赦の決定をすることはできない。すなわち直接内閣に対する個別恩赦の上申は認められないのである。
 恩赦は,沿革的には,君主あるいは国家の恩恵として出発した制度であり,実際の運用も国家皇室の慶事弔事等に際し,しばしば,一般(政令)恩赦の方法によって行なわれたのであるが,現在においては,刑事政策的観点にたった個別恩赦の方法による運用が強調されているのである。