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 昭和40年版 犯罪白書 第二編/第二章/一/4 

4 未決拘禁者の処遇

(一) 未決拘禁者の処遇方針

 未決拘禁者(被告人および被疑者)は,受刑者と同じように,身柄を強制的に施設に収容されるが,それは刑罰の執行を受けるためのものではない。捜査および裁判の必要上,ただ犯罪の嫌疑のもとに,その被疑者または被告人が逃走し,または証拠をいん滅するおそれのある場合,そのような事態の発生を予防するためにとられる強制処分である。したがって,裁判によって,有罪の判決が確定するまでは無罪者であると推定され,次のように,受刑者とは異なる取扱いを受けている。
(1) 未決拘禁者を収容するために,とくに設けられた施設(拘置所,拘置支所),または刑務所内に設けられた特別の区画(拘置監という)が用意されている。
(2) 居房は,原則として独居房があてられる。これは,未決拘禁の目的である証拠いん滅の防止をはかり,かつ本人の名誉を保全するのに適しているからである。また,居房には,畳を敷くことが認められている。
(3) 同一事件に関連のあるものは,居房を別にし,かつ,居房外においても接触しないよう配慮される。これは,とくに証拠いん滅の防止のためにとられる措置で,受刑者には必要のないものである。
(4) 未決拘禁者の作業は,請願作業であって,強制されることはない。本人が願い出た場合にのみ,刑務所で行なっている作業の業種の範囲内で,その選択の自由が認められる。しかし,未決拘禁の目的に適当した業種に限られ,一般工場作業や構外作業は許可されない。また,その収入は,刑務作業として国庫に帰属し,就業者に対しては,報酬は支払われず,作業賞与金が受刑者と同様に与えられる。作業賞与金は釈放の際給与されるのがたてまえであるが,一定の制限の下に(受刑者の制限より緩和九れている),在所中でもそれを使用することが許されている。
(5) 教かいは,原則として行なわない。しかし,願い出のあった場合には許される。教育はとくにほどこされない。しかし文書図画について,その閲読は,規律に害のないものに限って許されることになっている。
(6) 未決拘禁者の衣類,寝具は受刑者と異なり自弁が原則である。また,糧食の自弁が許されるほか,日常使用する物品についても,大幅に自弁が許される。これらの点は,受刑者の場合とちがって,拘置される前の生活程度を,拘置されたのちも,引続き,できるだけ維持させ,個人の自由を認めようとする措置である。しかし,食糧の自弁については,紀律や衛生に害のないかぎり許されるのであって,無制限ではない。また,自弁のできないものに対しては,勿論官から貸与または給与されることになっている。
(7) 信書の発受は,その相手かた,回数などについて,受刑者の場合とちがって,全く制限されない。ただし,その内容は検閲される。その効果として,未決拘禁の目的をそこなったり,施設の安全をおびやかすような内容であれば,その発受を禁止し,または,その一部を抹消,削除される。
(8) 面会も,受刑者の場合とちがって,相手かたおよび回数についての制限はなく,とくに弁護人との面会は,立会人をつけず,当事者としての防ぎょ権が保証されている。なお,裁判所が,接見禁止の決定をしても,弁護人との面会は禁止されない。
(9) 未決拘禁者の所有金品は,受刑者の場合と同じように領置されるが,物品の外部からの差入れについては,受刑者よりも,かなり範囲が広い。
(10) 頭髪およびひげについては,受刑者の場合と異なり,衛生上とくに理由がないかぎり,本人の意思に反して頭髪を刈り,ひげを剃ることはできないものとされている。
(11) 施設の紀律を維持するため,紀律違反者には懲罰が科される。しかし,受刑者の場合と異なり,食事の量を減らす懲罰(減食)は科されない。

(二) 未決拘禁者の人員

 未決拘禁者の最近五か年間における入出所の状況および一日平均在所人員は,II-69表のとおり,逐年減少の傾向をたどっている。

II-69表 未決拘禁者の入出所人員(昭和34〜38年)

(三) 未決拘禁の期間

 通常第一審終局被告人について,起訴後第一審の終局裁判を受けるまでの勾留期間別に人員を調べてみると,昭和三七年の資料ではII-70表のとおり,一月をこえ二月以内のものが最も多い。しかし,昭和三七年末現在で実際に勾留されているものの状況をみると,一五日以内のものが最も多く,一月をこえ二月以内のもの,一五日をこえ一月以内のもの,三月をこえ六月以内のものの順で多い。

II-70表 通常第一審終局被告人の勾留日数別人員と率(昭和37年)

(四) 未決拘禁者処遇上の問題点

 未決拘禁者は,すでに述べたように,受刑者と異なった処遇を受ける地位を与えられているため,その権利と義務の面で,施設側が強制する保安と規律との間に問題が残されているばかりでなく,未決とはいっても,裁判あるいは将来に対する不安,身柄を拘束されている現状にともなう不満,自己の犯罪またはその容疑についての感情の動揺などから,心身にいろいろの影響がもたらされる。
 その一つの現われに,懲罰をうけるような反則行為がある。II-71表は,昭和三八年中に,受刑者以外のもので,懲罰をうけたものの事犯別内訳および所内の行為によって起訴された事件の調査である。したがって,未決拘禁者のみの調査ではないが,「受刑者以外のもの」の約九六%は未決拘禁者であるから,この表に計上された懲罰事犯の,ほとんど全部が未決拘禁者によるものであるといってよいであろう。

II-71表 未決拘禁者等の懲罰事犯

 懲罰事犯のうち,「たばこ所持」(二九・四%)を除いて多いのは,「被収容者に対する殺傷,暴行」(一七・六%),「職員に対する殺傷,暴行,抗命」(一〇・二%),「器物の毀棄」(七・八%)など,人や物にあたりちらす暴力的行為であって,このような傾向は,すでに述べたように,受刑者にも共通に見られるのである。
 次に,これらに対する処置は,II-71表(ロ)および(ハ)に示すように,起訴されるもの(九二人)もあるし,懲罰としては軽へい禁が,最も多く,未決拘禁者としての特権である自弁衣類,が具の着用や自弁食の停止をうけるものも少なくない。
 未決拘禁者には,自殺あるいは自傷を試みるものがある。また,昭和三八年の自殺者は五人(昭和三九年も五人),自傷で懲罰をうけたものは九一人を数えている。また,昭和三八年中に自殺または自傷のため医師の診断治療を受けた人員は,受刑者などを含めた総数(一九八人)の約半数(一〇九人)は,未決拘禁者であった。
 また,拘禁の影響は,心因反応としての拘禁反応を誘発し,単に心的症状のみならず消化器系,循環器系などに身体的反応をもたらすことは,すでに知られているところで,II-72表のとおり未決拘禁者では受刑者よりも,それらのり病率が高い。

II-72表 被収容者主要傷病状況比較(昭和38年)

 医療衛生の面からは,前述したような,拘禁という急激な環境の変化にともなう心身の影響のみならず,外部から伝染病をもちこむ危険性も少なくないため,入所時の厳重な身体検査,自弁または差入れられる食糧,が具,衣類などの衛生的配慮,出廷,面会などの場合の衛生上の処置など,万全を期さなければならない。しかし,もっとも重要な問題は,拘禁が,たとえ刑罰ではないにしても,被拘禁者の心身に重大な影響を与えている事実を直視し,被拘禁者の当面する生活に対し,科学的に,適応性を与えるための配慮にもとづく,真に未決拘禁者にふさわしい処遇の体系化を図ることにあるといわなければならない。このような配慮が加えられることによって,懲罰事犯として,とりあげられているような問題行為の発現や拘禁性の心身の異常の発現を予防し,あるいは,発現しても,その発現のしかたをより軽度のものとすることができるであろう。