前の項目   次の項目        目次   図表目次   年版選択
 昭和40年版 犯罪白書 第一編/第二章/四 

四 麻薬,覚せい剤およびアルコール関係の犯罪

 麻薬,覚せい剤およびアルコール類は,それぞれ特有の作用をもつ医薬品で,適量に使用すれば,苦痛を和らげ,気分を夾快にし,あるいは能率を増進し,人間関係を円滑にするなどの効果を有するものである。しかし,他方では習慣作用があって,連用すると次第に用量がまし,自分の意志ではその使用を抑止できない状態,すなわち嗜癖に陥り,慢性中毒の症状を呈するにいたる。
 そして,このような薬物の乱用ないし嗜癖は,家庭を破壊して周囲の人々を不幸に追いやるばかりでなく,社会に種々の害悪を及ぼし,悪徳を生むことから,その取扱いには罰則を伴った種々の法的規制が行なわれてきた。したがって,これら薬物関係の犯罪としては,まず右の罰則違反があげられる。また,とくにアルコールについては,その中毒による犯罪すなわちいわゆる酩酊犯罪の問題がある。以下,これらの点を順次説明する。
麻薬関係の犯罪
 麻薬は,微量で著しい鎮痛作用があるほかに,使用法によってはある種の恍惚境に陶酔せしめる作用があるため,使用者が誤って連用すると,容易に慢性中毒に陥る。また,激しい禁断症状があって,通常の手段ではそれに耐えることができないために,中毒から脱却することはきわめて困難である。そこで中毒者はどんな犠牲を払っても麻薬を入手しょうとし,時に売春婦や犯罪者に身を落して悔いるところがなく,さらに使用を継続するとついには,心身ともに廃人同様となるにいたる。そこで,今日の文明国家においては麻薬について厳重な規制措置を講じているのを通例とするが,このような規制措置の結果,麻薬の価格,とくにその闇価格はますます高価なものとなっている。他方このことは,麻薬の取引には巨額の利益を伴うことを意味する。今日,麻薬団としての大掛りの組織が存在し,その活動は国際的となりつつあるとか,また,右組織の末端の密売人はしばしば暴力団と結びつき,その取引は暴力団の重要な資金源となっているとかいうようなことが,いわれるがそれは恐らく相当程度まで事実であろうと想像される。
 わが国で,最近五年間に麻薬関係法令違反で検挙された者の数はI-47表にみるとおりで,これを過去十数年の動きの中でみると,波動的に上昇の傾向を示している。

I-47表 麻薬関係法令違反検挙人員の推移(昭和34〜38年)

 I-48表は麻薬関係法令違反事件の全国検察庁における過去一〇年間の受理・処理状況を示すものであって,新受理人員は昭和三八年をピークとして,三九年には急激な減少を示しているのがまず目につく。昭和三九年のこの新受理人員の激減の主な理由は,麻薬取締法違反事件が前年の三,五七二人からその三分の一弱の一,三九五人に減少したことにあるのであるが,これは,後述する麻薬取締法改正による罰則強化などと並んで,麻薬密売に組織的に関係があったと考えられる暴力団に対する取締りが徹底し,事犯の発生自体が急激に減少したためではないかと考えられる。

I-48表 麻薬関係法令違反事件の検察庁受理及び処理状況(昭和30〜39年)

 次に,事件の処理状況をみると,昭和三九年中に処理したもののうち起訴人員は七〇一人(公判請求六〇〇人,略式請求一〇一人),起訴猶予人員は九六四人であって,起訴率は三六%に止まり,前年の起訴率六〇%に比して大幅な低下がみられる。この低下は,上述した悪質な麻薬取締法違反が減少したのに対し,あへん法違反,大麻取締法違反などの面において軽微な形式事犯が増加していることによるものと考えられる。なお,麻薬取締法違反事件についていえば,I-49表に示すとおり,事犯の内容がいわばヘロイン事犯から医療麻薬関係事犯に移行しつつある傾向が見受けられること,また,麻薬中毒者についていわゆる措置入院の活用がはかられつつあることなどの事実も,起訴率低下の理由の一つにあげられるように思われる。

I-49表 麻薬取締法違反事件中へロイン事犯,麻薬取扱者関係事犯の占める割合(昭和34〜39年)

 今日わが国には麻薬の常用者が約二〇万人いるといわれ,その中の約四万人が中毒者だと推定されているが,これについては十分な根拠があるとはいいえない。次に,厚生省薬務局の報告によると,中毒者は毎年二千人前後発見されているが,昭和三六年には二,一九四人,三七年には二,一七六人,三八年には一,八八一人となっており,発見される数は必ずしも増加してはいない。なお,右の昭和三八年の一,八八一人について地区別分布状況をみると,関東信越地区二八%,近畿地区二七%,その他四五%で,大都市のある地区に集中的に発見されている。
 昭和三八年七月麻薬取締法の一部改正が行なわれた。すなわち,麻薬中毒者に関する医師の届出義務,麻薬取締官等の捜査官,検察官および矯正施設の長の通報義務,麻薬中毒者等に対する診察,入院措置および行動制限に関する規定などを新設するとともに,一方では罰則を強化して法定刑を大幅に引き上げ,例えばヘロインの営利目的輸出入・製造事犯には無期または三年以上の有期懲役,またはこれと五〇〇万円以下の罰金との併科をもってのぞみ,その他のへロインの営利目的事犯に対しても,一年以上の有期懲役,またはこれと三〇〇万円以下の罰金とを併科することとなし(従来のヘロイン事犯は一律に七年以下の懲役または五〇万円以下の罰金併科)でいるごとくである。
 このような改正の行なわれた昭和三八年七月から同年一二月までの半年間に,入院措置のとられた中毒者は一,七一五人(男一,一九四人,女五二一人)であったが,三九年の一月から一二月までの間では,一,二〇九人(男七八一人,女五二八人)に減っている。この理由は必ずしも明確ではないが,右の麻薬取締法改正に伴う取締りの強化によって,中毒者の一部は従来の居住地域から他へ逃避または潜入し,また,他の一部は一時的に覚せい剤や睡眠薬などの使用に転向するなどの動きがみられたなどといわれている。
 次に,横浜刑務所(同所には麻薬関係犯罪の受刑者が多数収容されている)に受刑中の麻薬関係犯罪者について,法務総合研究所が犯罪精神医学の専門家の協力を得て精密な調査を行なったところによれば,精神医学的にみて正常者は僅か八・四パーセントで,あとは多少とも精神障害がみとめられた。すなわち,精神病質四一・六パーセント,精神病質傾向同じく四一・六パーセント,精神薄弱一・七パーセント,精神薄弱と精神病質の合併しているもの五パーセント,精神病一・七パーセントで,一般受刑者にくらべて,精神病質ないしは精神病質傾向のものが著しく高率であることが注目される。
 麻薬関係犯罪の対策としては,その取締りや罰則の強化,入院施設の整備とともに,右のような人格障害の矯正治療が肝要であって,これらが併行して行なわれて,はじめて真の効果を期待しうるものである。
覚せい剤関係の犯罪
 覚せい剤はアドレナリンの誘導体で,中枢性の興奮剤であるから,その作用は麻薬とは異なる。
 本剤による中毒禍は,わが国では昭和二一年頃から散発的に現われ始め,嗜癖者は,その後急激に増加した。そのため,昭和二四年一〇月には製造の全面的中止が勧告されたが,その乱用は,さらに増加の一途をたどった。そこで,昭和二六年には覚せい剤取締法が施行された。しかしその結果,覚せい剤の製造や授受が地下に潜って密造・密売が活発になり,犯罪者,非行少年,売春婦などの中にその乱用が拡がって行った。
 そこで,取締法の改正による罰則の強化,徹底的な検挙と処罰が行なわれた。また一方では,精神衛生法の一部も改正され覚せい剤の慢性中毒者を精神障害者と同様に取り扱うようになって,精神衛生行政措置と治療の万全が期された。そのほか,中毒に対する専門的研究や一般的啓蒙運動も活発に進められ,このような総合的な中毒禍撲滅対策の強力な推進によって,覚せい剤関係の犯罪は,昭和三〇年以降急速に減少した。
 統計によれば,覚せい事犯の検挙件数,検挙人員ともに昭和二九年が最高で五三,二一一件,五五,六六四人に及んだが,昭和三一年にはそれぞれ五,〇一四件,五,二三三人,昭和三三年には二六八件,二七一人と激減している。この種の犯罪に対する総合的対策がみごとに奏功して,目ざましい成果を収めた好例といえるのである。
 とはいうものの,覚せい剤事犯は,I-50表に示すとおり昭和三四年以降,徐々にではあるが再び増加の傾向を示しはじめ,昭和三八年にはかなり顕著な増加がみられている。これは,すでに述べたように,昭和三八年に麻薬関係の犯罪に対する取締りが強化されたために,代用品として覚せい剤を求め,またはこれに転向する者がふえたことによるとも考えられる。なお,覚せい剤の密売も,麻薬と同様に一部暴力団の資金源になっている。

I-50表 覚せい剤事犯の検挙件数と人員(昭和34〜38年)

 覚せい剤に関係した犯罪は,おおよそ三種類に分けることができる。第一は,取締法違反による狭義の覚せい剤事犯で,覚せい剤の密造,販売,授受,所持などの違反行為である。しあし,このような違反者の中にも,麻薬の密売人の場合と同じように,かなりの率の中毒者がみられ,おおよそ四〇%前後と報告されている。第二は,覚せい剤の常用者ないし嗜癖者が,これを入手するために行う窃盗,詐欺,強盗などの利欲動機による犯罪であり,第三は,覚せい剤の中毒によって精神障害をきたし,そのために惹起された犯罪である。すなわち,中毒による情動の不安定性,妄想,幻覚などの精神分裂病類似の体験によって起る犯罪であるが,今日ではほとんどみられない。
 覚せい剤の常用者に多い犯罪は傷害罪で,暴行・恐かつがこれに次いでいる。しかし中毒性精神病になると,殺人や放火などの重い犯罪がしばしばみられ,精神病が治っても,あとに人格障害を残すことが少なくない。
睡眠薬乱用と犯罪
 アメリカでは,第二次世界大戦の直後に,青少年の間に一時睡眠薬遊びが盛んになり,そのあとに流行したのがマリファナとよばれる麻薬の乱用である。わが国でも,このところやや下火になっているが,昭和三七年から翌三八年にかけて,青少年の間に睡眠薬の乱用が流行した。
 そこで,昭和三八年一月と二月の間に,東京少年鑑別所に収容された非行少年について調べてみたところ,男子の三二・三%,女子の四七・五%に睡眠薬乱用の経験者がみられた。使用された睡眠薬の八〇%はハイミナールと称する非バルビツール系催眠薬で,そのほかにブロバリン,ドリデンなどがみられた。
 この睡眠薬の乱用は,おおよそ三つの型に分けることができる。第一は,非行グループの間の社交的な服用で,用量が少ないのであまり問題はない。第二は,麻薬の常用者に似た陶酔型で,孤独ないしは現実逃避型の非行者にみられる。第三は,睡眠薬の服用によっておこる発揚性気分や興奮状態を利用して,犯罪や非行を敢行する攻撃型である。なお,昭和三八年一一月に,全国の少年鑑別所収容者に対して行なった調査の結果では,睡眠薬乱用の経験者は,男子八・一%,女子一八・五%,平均九・〇%で,東京少年鑑別所収容者でも一〇・二%に減少していた。これら睡眠薬乱用経験のある男子の一五・七%,女子の一一・六%に暴行,傷害,恐かつ,窃盗,強かん,わいせつ,器物毀棄などの犯行がみられている。
 この睡眠薬遊びの流行も,薬品販売の制限措置,業者の自粛,マス・コミによる啓蒙運動などによって,その蔓延が防止されたが,これは,この種予防活動が効を奏した一つの実例となっている。
酩酊犯罪
 一般に酩酊といわれる状態は,アルコール類の飲用によってもたらされた急性のアルコール中毒症状であって,記憶力や思考力はもとより,自己洞察力,感情,意志などの面にも障害がおこり,厳密な意味では一種の精神障害である。一般的にいって,発揚状態ないしは興奮状況に陥り,しばしば被刺激性がたかまって抑制力が失われるので暴行,傷害,器物損壊などの粗暴行為に走りやすい。しかし,麻薬や覚せい剤などとは異なり,アルコール類の飲用や酩酊だけでは,未成年者でない限り取締りの対象とはならない。
 I-51表は,刑法犯検挙者のうち中毒・酩酊等が犯罪の原因になっているとみなされた者についての最近五年間の統計である。これをみると,酩酊を犯罪原因とする者は麻薬または覚せい剤の中毒にくらべて著しく多いことがわかる。しかし,その数は,一般的な検挙人員の増加傾向とは逆に,このところ年々減少の傾向を示している。

I-51表 刑法犯検挙人員中,中毒・酩酊等を犯罪原因とする人員(昭和34〜38年)

 次のI-52表は,新受刑者の中で,犯行時飲酒していた者の数とその割合を示したものである。これをみると,新受刑者の数は年々減少の傾向にあるが,その中で犯行時飲酒していた者の割合は逆に増加の傾向を示している。これは,先の検挙人員にみられる傾向と矛盾するかに見受けられるが,刑法犯検挙人員の増加傾向の主体をなすものは少年の刑法犯であって,成人ではむしろ減少の傾向を示し,かつ,少年犯罪では酩酊犯罪が成人ほど多くないことを考えあわせるならば,両表の間に矛盾があるとはいえない。

I-52表 新受刑者中の犯行時飲酒者数と率(昭和34〜38年)

 これらの受刑者について,飲酒酩酊して行なわれた犯罪をみると,傷害,公務執行妨害,業務上過失致死傷,殺人,強盗などの割合が高く,昭和二六年から昭和三三年までの八年間に酩酊犯罪で精神鑑定を受けた七〇人について法務総合研究所が調べたところによれば,放火がもっとも多く,殺人,傷害がこれに次いでいる。
 ところで酩酊の中には,その人の資質や身体的または精神的条件のいかんによって,急速に意識の変化を来し,思心いがけない人柄の変りようを示す場合がある。これは異常な酩酊であって,生来の体質異常,精神病質,精神薄弱などの異常素因や心的葛藤などのある場合には,病的な精神状態に陥って,しばしば凶暴性を発揮し,殺人,放火,暴行,傷害などの犯罪を行なうことがある。法務総合研究所で調査した前記精神鑑定の事例では,酩酊犯罪の中でこのような病的酩酊が三〇%をこえていた。
 また,飲酒癖が強く,飲酒が慢性化している場合に「飲酒嗜癖」といい,その欲求が病的につよく,衝動的に飲酒がなされる場合に「喝酒症」という。いずれも根底に人格的な障害があって,怠惰,浪費,賭博などへの耽溺の性薯がみられ,種々の犯罪ないし非行に赴きやすい。
 飲酒が慢性化すると,しばしば慢性アルコール中毒になり,精神的にも身体的にも明らかな変調をきたし,社会適応上いろいろの支障が生ずる。また,特有の精神病を発呈することもあって,そのため犯罪ないし非行に陥る場合も少なくない。
 欧米諸国では,このようなアルコール嗜癖者や中毒者に対し,精神衛生施設への収容や更生のための指導,訓練が活発に行なわれ,犯罪傾向を持つ者に対しては,保安処分の一環として飲酒者療養施設,嗜癖者の矯正ないし脱慣施設,中毒性精神病の治療施設など,それぞれ国情に応じた専門的な療養,看護,訓練の制度が発達している。
 わが国でも,国立ないし公立の療養施設の設置が各方面から要望され,このほど漸く国立アルコール中毒センターの発足をみたり,民間団体や宗教団体による中毒者のための施設を作る運動が活発化している。また,嗜癖ないし中毒による危険な犯罪者のために,保安処分制度を創設するための検討がなされているが,このような専門施設の実現が,たんに犯罪者の治療や矯正のためでなく,犯罪の予防に役立つことはいうまでもないことである。