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 昭和39年版 犯罪白書 第三編/第一章/四/1 

四 受刑者の処遇

1 受刑者処遇の基本原則

 受刑者処遇の目標は,未決拘禁者や死刑確定者の場合と異なり,一定期間自由をはく奪され,刑務所に収容された犯罪者に対して,その収容を通じて,できるかぎり社会適応化すなわち矯正を図ろうとするところにある。いいかえると,受刑者の処遇は,単なる刑罰の執行にあるのではなく,その執行を通じて,改善更生が実現するようなものでなければならない。「改正刑法準備草案」(昭和三六年)も,刑の目的を「犯罪の抑制および犯人の改善更生に役立つこと」(第四七条)と明示している。
 法務省当局は,このような受刑者処遇の目的にそって,監獄法,同施行規則の運用を図り,行刑累進処遇令,受刑者分類調査要綱,受刑者職業訓練規則などの法令を設けてきた。しかし,受刑者処遇のもっとも中心である監獄法は,明治四一年の制定であり,新しい刑事政策の進展にはそぐわないものがあるため,昭和二二年,当時の司法省に設けられた監獄法改正調査委員会の活動が基礎となり,その後も法務省当局によって改正のための検討が進められてきたが,昭和三九年四月いちおうの審議を終了したので,近く改正準備草案が作成されることになろう。
 おそらく,この監獄法の改正によって,終戦直後の混乱の拾収に寄与した「監獄法運用の基本方針(昭和二一年)である(1)人権尊重に関する原理(とくに憲法との関連),(2)更生復帰に関する原理(矯正の目的との関連),(3)自給自足に関する原理(刑務作業の目的との関連)が,法文のうえに明確化され,それに応じた種々の具体的処遇内容(たとえば,分類制度,作業内容,教育内容,累進処遇の内容あるいは中間処遇,賞罰など)の枠組が示されることになるであろう。同時に,この改正とともに,改正の主旨が実現できるような建築および設備基準,職員配置基準等の制定されることが期待される。
 現在,受刑者には,その刑名から懲役受刑者,禁錮受刑者および拘留受刑者の三種が区分され,それぞれ,懲役監,禁錮監および拘留場に収容され,病舎や教かい堂でも,それぞれ混合することがないようにして取り扱われる。これは,法律上の地位が異なることによるものであるが,もっとも顕著な差は,定役の有無である。
(1) 懲役は,自由刑のうちもっとも重い刑であり,刑期は一月以上一五年までの有期と無期(終身)があり,定役に服する。
(2) 禁錮は,非破廉恥犯や過失犯に科される刑であり,刑期は一月以上十五年までの有期と無期があるが,刑としては懲役よりは軽く,定役に服する心要はない。
(3) 拘留刑は,もっとも軽い自由刑で,最高二九日にすぎない。定役に服する必要はない。また,自衣の着用が許される。
 また,禁錮受刑者および拘留受刑者は,請願したときにかぎって,作業につくことが許されることになっている。しかし,その場合には,業種の選択の自由はあるが,その中止や変更は,正当な理由がなければ許されない。これは,刑務所で行なっている作業が刑務作業という大きな枠組のなかで運営されているからである。刑務作業の収入は,国庫に帰属し,作業に従事した受刑者には,懲役受刑者の場合であろうと,請願した禁錮受刑者あるいは拘留受刑者であろうと,一定の基準によって作業賞与金が支払われるにすぎない。しかも,その使用については,本人の更生の目的を考慮して,釈放の際できるだけ多くの金額を所持させるようかなり制限が設けられている。
 受刑者の処遇上,刑名の別に次いで,一般に留意されている点は,男女の別,老人,少年,病者などである。そのほか,累進制や分類制にともなう処遇差があげられる。
 まず,男女の別については,独立の女子刑務所を設けたり,両者の拘禁場所を分隔するほか,女子の居室にかぎって畳の使用が許されるとか,実子である乳児を満一才まで携帯することができるとか,衛生上とくに必要と認められないかぎり,頭髪を刈られることはないとか,こう油の使用を許すとか,姙産婦を準病者として処遇するとか,病舎,教かい堂などの男女共用の禁止,護送の際の男女同行の禁止,その他入浴の立会や衣体検査には,女子職員がこれに当るとか,種々女子に対する特例が規定されている。
 次に,少年受刑者については,少年刑務所という特別の名称の施設が設けられ,別項で述べるように,特別の処遇が行なわれている(第四編,第二章 少年刑務所における処遇参照)。
 老人受刑者については,最近分類制の導入により,特定の施設に集禁処遇する方法がとられるようになるとともに,独居拘禁の制限,作業賦課についての制限が考慮され,六五才以上で立業できないものには,特別の処遇を行ない,老衰者は,準病者として処遇できることになっている。
 病者については,必要のあるときは病舎に収容し,安静休養させるとともに,暖房,入浴,湯タンポなどによる保温につとめ,特別の栄養物を給与するとか,外部の専門医の診断治療を受けさせたり,とくにその必要を認めたものには,自費治療を許したり,さらに刑務所内で適当な治療ができない場合には,病院移送を認めるなど,特別の処遇をすることになっている。すでにあげた姙産婦,老衰者のほか,不具者も病者に準じて処遇することができることになっている。
 また,累進処遇制は,階級による処遇差を設けている。たとえば,この制度の適用をうける受刑者は,原則として雑居制がとられ,第二級以上のものでないと,夜間独居が許されない。居室の施錠,捜検,検身が免除され,いわゆる無戒護で就業できるのは,第一級にかぎられる。作業の指導補助に当ることができ,転業が許可になるのは,第二級になってからである。また,自己のためにする労作が許されるのも第二級からである。作業賞与金の計算は,階級によってその基準に差が設けられている。自己用途物品は,各階級に認められているが,その許可範囲は,階級によってかなりの差がある。接見,通信の範囲も,第三級以上になってから,親族でないものに対して許されるようになる。
 以上のように,現行の行刑累進処遇令には,累進階級に応じた処遇差が設けられている。しかし,最近における矯正の理論ならびに被拘禁者処遇の最低基準に関する一般的な考え方は,現在の行刑累進処遇令にみられる最下級の処遇内容をより向上させ,したがって,階級別による処遇差の幅を縮少ないし廃止せざるを得ない立場に向かいつつあるといってよい。さらに,分類制度の発展は,別の観点から,処遇差の問題を投げかけてきた。すなわち,累進制度が,自由拘束の度合について,あらかじめ設けられた,厳重なものから緩和されたものに至る四つの階級を,刑期の経過にともなう本人の発奮努力の程度に応じて順次進ませる方向をとっているのに対し,分類制度は,純粋に矯正教育ないし治療の観点に立って,形式的な平等処遇をこえて,処遇の個別化という理念を徹底するために,必要な処遇差を認めようとする。たとえば,性格的に安定していて,手のかからない,しかも矯正教育の効果が期待できるものには,入所の当初から,それらの特性に応じた処遇や訓練をほどこし,また,知能が低く,攻撃的な性格のものには,最初から,それなりの処遇や訓練をしようというのである。したがって,累進制度ということを考えるとすれば,このような分類のうえに立って,なお,検討する余地があるか否かの問題として考えるべきである。
 しかし,処遇の原則にどのような立場をとろうとも,すべて受刑者の矯正のためにとられる手段として意義のあることには変りはなく,監獄法改正の真の目標も,このような処遇差の是認とその内容の規定化にあるといってよいであろう。