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 昭和39年版 犯罪白書 第二編/第二章/二 

二 刑の執行猶予

 刑の執行猶予制度は,明治三八年にはじめて採用されて以来,数次の改正を経て,その適用範囲がしだいに拡大され,いまや裁判の実際では,注目すべき大幅な運用をみている。
 刑の執行猶予は,自由刑とくに短期自由刑の弊害を回避するために考慮された制度といわれているが,わが国の裁判の実際では,短期自由刑の回避というよりも,むしろ刑の執行を猶予することによって,本人の改善更生を促すという点に重点が置かれているように思われる。すなわち,自由刑については,三年以下の懲役または禁錮にまで執行猶予を付することができるのみでなく,五万円以下の罰金刑にも,これをつけることができることになっているのである。
 刑の執行猶予は,犯罪者をして,通常の社会生活を営ませつつ,猶予期間を無事経過させることによって,本人の改善更生をはかることにあるから,その期間,保護観察に付し,本人を補導援護し,再犯防止に万全を期することが望ましい。しかし,保護観察に付することは,ある意味では,本人にとって歓迎しえない自由の規制ともいえるので,刑法はこれを裁判所の裁量にまかせることとし,再度の執行猶予を言い渡す場合にかぎって,必要的に保護観察をつけなければならないこととしている。
 執行猶予が戦前に比し,戦後において大幅に適用されていることは,既に過去の犯罪白書(たとえば昭和三六年版犯罪白書七八ページ以下参照)において指摘したとおりで,戦前の昭和の初期においては,第一審で有期の懲役または禁錮を言い渡された者のうち,執行猶予のついたものは,一七%前後であったが,戦後においては,この比率が約三倍に増加している。II-26表は,昭和三六年と昭和三七年とにつき,懲役,禁錮の各確定判決のうち,執行猶予のつけられたものの比率をみたものであるが,これによると,懲役は五一%ないし五二%,禁錮は七七%ないし七九%,それぞれ執行猶予がつけられていることがわかる。戦後,わが国の量刑は,戦前に比して一般に一緩和されたといわれているが,この傾向は執行猶予の適用において,とくに顕著にあらわれているといえよう。

II-26表 懲役,禁錮の確定判決人員と執行猶予付人員およびその率(昭和36,37年)

 次に,刑の執行猶予の確定裁判を受けた者の数を,該当法条別に区分し,昭和三三年以降の推移を示すと,II-27表のとおりである。これによると,刑法二五条一項一号の,前に禁錮以上の刑に処せられたことのない者に対する執行猶予が,大部分を占めており,昭和三七年では執行猶予総数の九二・八%となっている。そのうち,裁判所の裁量によって保護観察等に付された者は,六,二五九人で,一八・五%にすぎないが,この比率は逐年増加している。次は,同項二号に該当するもの,すなわち前に禁錮以上の刑に処せられたことがあるが,その執行を終りまたは執行の免除を得た日から五年以内に,禁錮以上の刑に処せられたことのない者についての執行猶予であるが,これは前述の一号該当のものと比較すると,きわめてその数が少ない。しかし,この二号該当の執行猶予は,そのうち保護観察等に付されたものの割合が,一号該当のものの場合よりもはるかに高く,昭和三七年には四九・六%に達している。

II-27表 刑の執行猶予者該当法条別人員の推移(昭和33〜37年)

 次は,刑法第二五条第二項に該当するもの,すなわち現に執行猶予中の者で,一年以下の懲役または禁錮の言渡しを受け「情状特ニ憫諒ス可キ」ものがあるときの執行猶予であるが,これも一項一号該当のものに比較すると,その数はきわめて少なく,しかも逐年減少の傾向にある。
 これら各条項により執行猶予となった者のうちの,保護観察付きのものを集計してみると,昭和三七年には,八,七五七人であり,執行猶予者総数の二〇・四%になっている。保護観察付き執行猶予者の数は,昭和三五年まで,しだいに増加してきたが,昭和三六年以降は漸減の傾向にある。しかし,これは執行猶予者の総数が減少したためであって,執行猶予者総数のうちで占める割合は逐年上昇し,昭和三七年は最高の比率を示している。この傾向は望ましいことであるが,現在なお約八〇%のものが,保護観察等には付されない,いわゆる野放しの執行猶予となっていること社注意を要する。
 次に,執行猶予の取消状況について,最近の推移をみてみよう。執行猶予者が,その猶予期間内にさらに罪を犯し,刑罰を科せられた場合には,さきの執行猶予が取り消されることがある。執行猶予の取消しは,執行猶予者が再犯を犯し,刑罰を科せられたときに,すべて行なわれるとはかぎらず,また,執行猶予の取消しの数が多いからといって,ただちに執行猶予の運用が適正でないとは速断できないが,執行猶予の取消率をその運用の適否をみる一つの手がかりとすることはできるであろう。
 II-28表は,執行猶予人員と取消人員およびその率であるが,取消率は昭和三三年以降しだいに下降している。したがって,この表に関するかぎり,好ましい傾向を示しているといえようが,前述のように,執行猶予の取消しは,必ずしも執行猶予者の再犯の状況を,そのままあらわすものではなく,再犯または余罪が的確に検挙されているか否か,検挙後の裁判が迅速にすすみ,執行猶予期間内に確定するか否か等の諸事情によって,左右されるところが多いので,執行猶予者の再犯状況をは握するには,さらに詳細な検討を要するであろう。

II-28表 執行猶予取消人員と取消率(昭和33〜36年)

 次に,執行猶予期間中,再び罪を犯し執行猶予を取り消された者について,執行猶予の言い渡しから再犯までの期間が,どのくらいであるかをみると,II-29表のとおりである。昭和三七年の分を再犯までの期間別にみると,最も割合の高いのは,保護観察中のものもその他のものも,六月以内の再犯であって,前者は三五・八%,後者は三四・四%を占めている。本人の自覚に期待して執行猶予が言い渡されたにもかかわらず,わずか六か月も経過しないうちに,再び罪を犯した者の多くは,むしろ執行猶予に付さず,実刑に処するのが相当ではなかったかという疑問も生じるのであるが,この点は十分に検討を要するところである。

II-29表 執行猶予言渡しの日から再犯の日までの期間別人員(昭和35〜37年)