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 昭和39年版 犯罪白書 第一編/第四章/一/2 

2 道路交通法違反事件

(一) 現況

自動車台数の急増に伴い,道路交通法違反事件も驚異的な増加を示しており,検察庁が受理した違反人員数の年度別推移は,I-50表のとおりであって,昭和三八年においては,検察庁全受理人員の実に八一・一%を占めるにいたっている。なお,各年ごとの受理人員および増加率等を検討すると,昭和三八年においては,前年にくらべてわずかながら受理人員が減少していることが目だっており,その限りにおいては喜ばしいことである。ただ,昭和三七年に比し昭和三八年においては自動車台数がふえ,また死傷者数も増加しているのに,ひとり道路交通法違反事件だけが減少しているという現象を,どのように解したらよいのであろうか。交通取締りの強化および交通安全思想の普及があずかって力あったことは事実であろうが,他面,この種の事件数の増減は,第一線の取締機関である警察官の取締態度等によって左右されうるものであるから,交通切符制のもとにおける第一線の警察官の現場における検挙処理の実情などとともに,慎重にその原因を分析してみる必要があろう。

I-50表 道路交通法違反事件の通常受理人員累年比較表(昭和24〜38年)

(二) 事件の迅速処理方策の推移

 道路交通法違反事件を迅速に処理するため,交通事件即決裁判手続法が,昭和二九年一一月一日から施行されたが,この法律は,その付則において道路交通取締法の一部を改正し,警察官が違反現場で免許証を保管できることとしたため,違反者の出頭を確保できるようになり,したがって,警察,検察庁の取調べおよび裁判所の即決裁判を同一期日に完了する処理が,その実効をあげることとなり,また被疑者の出席した法廷で裁判の宣告が行なわれ,かつ,仮納付を命ずることができるようになったため,事件処理は,かなり迅速化された。一方,従来略式命令手続においては,被疑者は警察官および検察官の取調べのため各一回,略式命令の謄本の送達後における罰金等の納入のため一回,計三回出頭しなければならなかったが,右即決裁判手続法の施行によって,免許証の保管が可能となったことに伴い,略式命令請求の手続きによる場合も,警察官,検察官の取調べを同一日に行なう措置が講ぜられ,また,即決裁判手続において,仮納付の制度が認められたことに伴い,略式命令についても,仮納付の裁判を付することが行なわれるようになったため,著しく処理の迅速化がはかられた。しかし,このような即決裁判手続およびいわゆる在庁略式手続による処理の合理化にもかかわらず,なお,検察庁,裁判所の限られた職員数をもってしては,増加する事件を適切にさばくことが困難となり,事件処理の渋滞が目だってきた。その結果,違反者が検察庁や裁判所に出頭し,諸手続を終えて罰金等を納付するのに長時間を費やさざるをえない状況に立ちいたった。そこで,この種事件を,さらに迅速に処理するために採用されたのが交通切符制度である。

(三) 交通切符制度の運用

 交通切符制度は既存の即決裁判手続および在庁略式手続を実質的に変更するものではなく,これまで警察,検察庁,裁判所で別別に作成していた事件処理に必要な書類等を一つの書式に統合し,これを三者が共用することによって,処理の簡易迅速化をはかろうとするものである。
 この制度は,最高裁判所,法務省および警察庁の三者が協議を重ねた結果,昭和三八年一月一日から実施の運びとなった。当初は,道路交通法違反事件が多い東京,大阪,名古屋等の一〇都市で,成人の事件についてだけ実施されたが,その後,三者間で協議のうえ逐次実施地域が拡大されるとともに,少年事件についても一部実施されるようになり,現在実施中また実施予定が決定している地域は,I-51表のとおりであるが,今日までの実績にかんがみると,事件処理の能率化迅速化の点において,みるべきものがあり,今や全国的実施を目途として計画が進められている段階にある(昭和三十九年九月から成人については,ほとんど全国的規模において実施される予定)。なお,この制度に関連して,道路交通法違反事件のうち,比較的軽微な違反行為については,これを刑事罰の対象から,除くべきであるという考え方,および間接国税および関税の犯則事件について認められている通告処分類似の制度を創設すべきであるという考え方等があるが,問題は刑事裁判制度の根本にふれるものがあるので,慎重な検討を要すところであろう。

I-51表 交通切符制度実施地域一覧(昭和39年4月20日現在)

(四) 少年の道路交通法違反事件

 検察庁に受理された道路交通法違反事件の被疑者の数は,さきに掲げたI-50表のとおりであり,その中には少年の被疑者も含まれている。そのうちから,少年だけを取り出して示すと,I-52表のとおりである。(法定刑が罰金以下の刑にあたる道路交通法違反事件については,被疑者は検察庁に送致されず,直接家庭裁判所に送致されるため,この表にはその数は含まれていない)この表によって,少年についても全刑事事件めうち道路交通法違反事件が大きな割合を占めていること,さらに道路交通法違反事件は年をおうごとに増加し,少年犯罪の増加は主として道路交通法違反事件の増加に起因していることが明らかにされている。

I-52表 少年被疑者の通常受理人員総数に対する道交法犯の比率(昭和32〜38年)

 次に,道路交通法に違反した少年に対する家庭裁判所の処分であるが,これについては,後に第四編において説明するので,詳細はそれに譲るが,不開始,不処分が終局決定総数の八〇%をこえ,保護処分の割合は一%にみたない。検察官送致の割合は年年増加しているが,その大部分は罰金刑に処せられており,これに対する罰金不納の場合における換刑処分の言渡しは,少年法によって禁止されているのである。このような事実から,道路交通法に違反した少年のうち一部の者は,事実上野放しに近い状態にあるのではないかとの批判がある。そして,道路交通法に違反した少年については,少年法を改正しなんらかの特例的措置を設けるべきであるとする意見も一部で主張されつつあるが,これに対しては反対論もあり,また,その具体的な方向については,改正論者の間でも,まだ意見が十分一致する段階には達していない。いずれにせよ,目下検討を要する問題の一つであり,少年法の根本理念に触れる重要問題でもあるので,少年による交通犯罪の実態およびこれに対する現行制度の運用状況等を総合的に研究し,慎重に判断を行なうべきものであろう。