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 昭和39年版 犯罪白書 第一編/第四章/一/1 

1 業務上過失致死傷事件

(一) 現況

 戦後,今日まで自動車台数は年をおって増加し,ことに,ここ数年間の急増には目をみはらせるものがある。これに伴い人身事故も著しく増加しているのであって,I-45表によれば,昭和三八年においては終戦時の昭和二〇年にくらべ,自動車台数において約三九・六倍,死者数において約三・六倍,負傷者数において約三九・四倍という数字を示している。この間において,交通取締りの強化,交通安全思想の普及などに関係者は努力を重ねつつあり,昭和三十七年において前年より死者数が減じているのも,その一つの成果とも考えられる。しかし,昭和三八年にいたって,ふたたび死者数が増え,負傷者数も大幅に増加していることは留意しなければならない。

I-45表 自動車台数と交通事故による死傷者数の累年比較表(昭和20〜38年)

(二) 検察庁における事件処理の状況

 自動車を操縦するに際し,過失により人を死傷させた場合には,運転者は通常,刑法第二一一条の業務上過失致死傷罪の被疑者として警察から送致されるが,検察庁が受理した業務上過失致死傷罪の人員はI-46表に示すとおりであって,その数は年をおって増加し,昭和三八年においては,全刑法犯受理人員六六八,一一六人中,その二九・三%を占めるにいたっている。なお,統計上,自動車交通に関するものと,それ以外のものとを区別することが不可能なため,I-46表は,あらゆる形態の業務上過失致死傷罪に関するものであるが,そのほとんど全部は自動車交通に関するものであるから,この数から,ほぼ正確な傾向をは握することができる。

I-46表 業務上過失致死傷事件の通常受理人員累年比較表(昭和24〜38年)

 次に,I-47表は,その処理状況の明細を示すものであるが,この表からは次のことが明らかである。

I-47表 業務上過失致死,同傷害の検察庁処理人員と率(昭和30〜37年)

 まず,不起訴率が年ごとに低下し,起訴率が上昇している。昭和三〇年においては,その年間に処理された業務上過失致死事件被疑者の三六・五%,業務上過失傷害事件被疑者の三六・四%が不起訴処分となっているが,昭和三七年においては,業務上過失傷害事件について一八・五%,同致死について二五・三%が不起訴処分となっており,換言すれば,業務上過失傷害の起訴率は八一・五%,同致死の起訴率は七四・七%になるのであって,これは刑法犯の平均起訴率六〇・六%をはるかに上回っているのである。
 さらに,起訴事件についてみると,公判請求の率が年をおって上昇しており,とくに業務上過失致死事件について,その傾向が著しい。すなわち,昭和三〇年においては,その年間に処理された業務上過失傷害事件被疑者の〇・八%,業務上過失致死事件被疑者の八・七%が公判諸求されたにすぎないが,昭和三七年においては,業務上過失傷害について一・四%,同致死について二四・九%が公判請求されている。

(三) 裁判結果

 験察官が公訴を提起した事件(求略式を除く)についての裁判結果を示す表がI-48表であるが,この表からは,次のことが明らかである。

I-48表 通常第一審終局有罪被告人の科刑状況累年比較表(昭和30〜37年)

 まず,年をおって禁錮の言渡率が上昇し,罰金の言渡率が低下している。すなわち,昭和三〇年においては,業務上過失傷害について全有罪数の一七・五%,同致死について全有罪数の五九・七%が禁錮刑の言渡しを受けているが,昭和三七年においては,業務上過失傷害について五四・〇%,同致死について九〇・九%が禁錮刑の言渡しを受けている。
 次に,禁錮な言い渡された事件について,実刑すなわち,執行猶予に付せられないものの言渡率をみると,必ずしも毎年その率が著しく上昇しているとはいい得ないが,昭和三〇年には業務上過失傷害について一五・五%,同致死について二五・三%の実刑の言渡しがあったのに対し,昭和三七年においては業務上過失傷害について二五・九%,同致死について二九・六%の実刑の言渡しがあったことになっている。
 また,逐年徐徐にではあるが,宣告刑すなわち刑期が重くなりつつあるように思われる。

(四) 業務上過失致死傷事件の処罰強化の問題

 昭和三〇年以来,数年間の検察庁および裁判所における前記のような事件処理状況によれば,一般的にいって,自動車による業務上過失致死傷事件の処罰が強化されつつあると考えられるが,立法上の画からも,この種の罪について,刑法所定の法定刑の長期である禁錮三年を,より重い懲役刑等に改めるべきであるという考え方がある。改正刑法準備草案が第二八四条に業務上過失致死傷罪を規定し,その法定刑の長期を五年以下の懲役もしくは禁錮としているのも,その一例である。しかしながら,前述したように,裁判所の科刑は徐徐に重くなりつつあるとはいえ,I-48表に示すとおり,多くの事件が一年以下の禁錮に処せられており,二年以上の禁錮に処せられている事件はきわめて少ない現状からみれば,今直ちに,法定刑の長期を引き上げるべきであるかどうかの点は,検討を要する問題の一つであろう。

(五) 交通事故の原因

 昭和三七年の警察庁犯罪統計書は,全交通事故件数四七九,八二五件の主要原因を「車両等」「人」「物件その他」の三つに分類し,さらに,そのそれぞれについて原因を細分しており,その内訳はI-49表のとおりである。これによると,車両等を第一原因とするものが四六五,三三三件で全件数の九六・九八%,人を第一原因とするものが一四,二八六件で全件数の二・九八%,「物件その他」を第一原因とするものが二〇六件で全件数の〇・〇四%を占め,車両等を第一原因とするものが,圧倒的に多いことを示している。しかも,その事故の内訳をみると,その約八四・三%が道路交通法に違反しているものと思われるのであり,このことは,道路交通法違反の行為が,いかに交通事故を起しやすいものであるかを如実に示しているといえよう。

I-49表 原因別交通事故件数の内訳と道路交通法違反(昭和37年)