第6章 おわりに 1.本編では,受刑者・保護観察対象者の数及び特質,各種の処遇施策,制度の運用などについて,「平穏な時代」を代表する昭和48年から現在の「犯罪多発社会」に至るまでの変化を概観しつつ,成人犯罪者処遇の現状と課題について述べ,また,矯正と保護の分野における取組を紹介してきたが,おわりに,当時の「平穏な時代」と現在の「犯罪多発社会」との比較を試みた上,改めて成人犯罪者処遇における課題について考察する。 2.「国際的視野から見た日本の犯罪と刑事政策」と副題を置いた昭和52年版の犯罪白書は,犯罪動向等について,我が国と,米国,英国,フランス及び西ドイツを比較した上,当時の我が国における主要犯罪の発生率が低い理由について,「我が国が単一の文化を持ち,国民の社会的階層にもそれほどの格差がないこと,一般に教育水準が高く,経済生活・家庭生活も比較的安定していること,また,国民性の特質から伝統的に犯罪防止に関する非公式の社会統制が機能している面が多く,しかも,公式の犯罪防止の手段としての刑事司法が効率的に運営されていることなどにあると考えられている。」旨述べ,[1]文化的・社会的等質性,[2]高い教育水準,[3]経済的安定などの要因を指摘し,さらに,そこでいう非公式の社会統制の内容として,[4]家族的結合や社会的連帯感の強さ,[5]「恥」の観念や集団を重んじる東洋的社会倫理,[6]一般的な遵法意識及び捜査機関に対する協力的態度などを挙げている。 3.これらの諸要因について,現在の状況を見ると,我が国の社会は約30年の間に大きく変化し,かつての「平穏な時代」と比べ,社会それ自体の有する犯罪抑止機能が多くの点で低下していることを認識しなければならないであろう。 国民の価値観や生活様式が多様化していることは広く指摘されているところであり,近年においては来日外国人による犯罪の増加が大きな問題となるなど,我が国の社会が,かつてと同じ意味で等質性を有しているということはできない。 また,経済情勢について見ると,長引く不況の影響は,例えば,新受刑者・保護観察対象者の無職率等の統計数値に今なお現れている。 その他,平均世帯人員及び離婚率の変化を見ると,昭和45年には3.41人であった一般世帯の平均世帯人員が平成12年には2.67人まで低下するなど世帯の小規模化が進行しており(総務省の国勢調査結果による。),離婚率(人口1,000人当たりの離婚組数)も昭和48年の1.04から平成15年の2.25へと上昇し(厚生労働省の人口動態統計による。),米国ほど高くはないものの,英国,ドイツに近い数値となっている。家族的結合の強弱を,世帯規模の大小や離婚率の高低だけで計ることはできないが,統計数値がこのように変化した背景には,家族的結合の希薄化の影響があるものと考えられる。 また,特に都市部において,他人への干渉を控える風潮が強まっており,価値観や生活様式の変化と併せ,地域社会の連帯意識が希薄化しているといわれている。これは,捜査機関に対する国民の協力意識の低下にもつながっており,例えば,聞き込み捜査を端緒にして主たる被疑者を特定した事件の数及び比率が減少するなど(平成14年版警察白書による。),近年,捜査に対する協力が得にくくなっている状況も統計的数値として表われている。 4.市民が安心して暮らすことのできる社会を取り戻すために,刑事司法が果たすべき役割としては,犯人を的確に検挙して,事案にふさわしい刑を科することがまず挙げられるが,このように,社会の犯罪抑止機能が低下している状況をみるとき,犯罪者処遇の重要性を改めて指摘する必要があろう。特に,希薄化した地域の連帯や家族の絆が,直ちには取り戻せないものであることを考えると,処遇には,これらが果たしてきた犯罪抑止機能を補完するものとしてのより積極的な役割が求められよう。 これを,あえてキーワードとして表現すれば,治安再生に役立つ犯罪者の処遇ということになるが,それは決して目新しいものではない。犯罪者の改善更生・社会復帰を通じて再犯を防止し,それによって社会の平穏を守るというのは,我が国の矯正と保護が一貫して目指してきたものにほかならないのである。ただ,犯罪者の処遇は,極めて重要な治安対策であると改めて認識しておくことの意義は,決して小さくないはずである。 5.治安再生に役立つ犯罪者の処遇を実現するためには,これまで以上に矯正と保護の連携を図るとともに,受刑者の特性に応じた処遇を推進し,また,保護観察処遇を充実させる努力を積み重ねていく必要がある。そして,その際には,例えば,覚せい剤乱用者に対しては,行刑施設における覚せい剤乱用防止教育を充実させるとともに,仮出獄後の簡易尿検査によって断薬努力をフォローするというような,柔軟な発想による新たな処遇方法の開発も求められるであろう。 また,行刑改革会議提言を踏まえ,監獄法の全面的改正が速やかに実現するよう努力を継続することも必要である。我が国の行刑は,下位規範の積み重ねによって,受刑者の改善更生・社会復帰に向けた処遇の質の向上を図ってきたが,監獄法は,被収容者の権利義務関係あるいは行刑施設職員の職務執行権限について法律上明確にしておらず,国際的な行刑理念にもそぐわなくなってきている上,より積極的な処遇を展開しようとしても,法律上,規定がないため,実施できないことも少なくない。治安再生に役立つ犯罪者の処遇が求められている今日,監獄法のこのような問題点が,処遇の多様化を難しくしているとすれば,残念であるといわねばならない。 6.今ひとつの重要な課題として,国民に開かれた犯罪者の処遇の実現が挙げられる。行刑改革会議提言は,真に改善更生と社会復帰に資する行刑運営を実現するためには,行刑施設が世間から孤立したものであってはならず,できる限り国民に情報を明らかにして理解を得るとともに,行刑運営の在り方などについて,社会の常識が十分に反映されることを確保しなければならないと指摘している。現在,PFI手法を活用した新設刑務所の整備・運営に向けた作業が進められているが,それは,効率的・効果的に刑務所という治安インフラを整備するとともに,官民協働運営による透明度の向上,地域との共生などを通じて,「国民に理解され,支えられる刑務所」という行刑改革の理念を実現しようとするものでもある。 また,国民に理解され,支えられることは,更生保護においても同じく重要である。むしろ保護司及び更生保護施設を重要な担い手とし,社会内において処遇を行うことを任務とする更生保護の分野においては,国民の支持と理解は,処遇が所期の成果を挙げるための不可欠の前提であるとすらいえるであろう。 本年の特集は,国民に開かれた犯罪者の処遇を実現する一助として,成人犯罪者の処遇の実情とその変遷について,刑事政策的観点からできるだけ分りやすく説明し,有益な情報を国民に向けて発信することをねらいとしている。個別の行刑施設における収容定員及び収容人員,行刑施設における二段ベッドの設置状況,覚せい剤受刑者の覚せい剤取締法違反による再入状況,罪名別仮出獄率,刑期層別及び初入・再入別の刑の執行率など,一般には余り紹介されたことのないデータを多数取り上げているのも,そのような意図に基づくものである。 治安の再生が重要な課題とされる今日,犯罪者の処遇が身近な問題として関心を持たれ,取り分け,更生保護の分野において,これまで以上に積極的な協力と参加がなされることを期待したい。 7.最後に,より積極的かつ効果的な処遇を行うためには,それにふさわしい基盤整備が必要であることを指摘したい。 現在,我が国の行刑施設は,深刻な過剰収容を余儀なくされている。収容人員に応じた収容施設・設備を確保して,これを解消する必要があることはいうまでもないが,同時に,人的体制の整備も欠かすことはできない。どれほど科学が進歩しようとも,犯罪者の処遇は,結局のところ,「人」対「人」のかかわり合いを通じた働き掛けが基本となるからであり,受刑者の特性に応じた処遇を推進し,各種の処遇類型別指導,職業訓練等の充実を図っていくためには,業務の合理化,外部委託の推進などの努力を継続する一方で,刑務官はもとより,各種専門スタッフの確保が必要不可欠であると思われる。 また,人的体制の整備が重要であるのは,更生保護の分野においても同様である。我が国は,犯罪者の改善更生・社会復帰を助け,社会に再統合していくための処遇の担い手として,5万人近い保護司という貴重な社会的資源を有しているが,定年制の完全実施により,多くの者が退任年齢を迎えようとしている。それとともに,年齢層の若返りを図りつつ,行動力や柔軟な処遇能力を備えた適任者を幅広い層から確保していくことが課題となっており,今後は,そのための具体的な方策の検討が必要になると思われる。そして,保護司の入れ替わりに伴って新任保護司が増加すれば,これに対応するため,保護司との間で処遇指導や相談を十分に行い得るだけの保護観察官の人員を確保するなどして,両者の協働態勢を充実させていくことも要請されるであろう。 犯罪者の改善更生・社会復帰のための処遇を行うことは,安全で住みよい社会を実現するための重要な施策であり,これに伴うコストは,最終的には国民の利益として還元されるものである。 8.今日,「世界一安全な国,日本」を復活させるために,幅広く検討が進められ,各方面で様々な取組が行われているが,これら「治安再生に役立つ犯罪者の処遇」,「国民に開かれた犯罪者の処遇」,「犯罪者処遇のための基盤整備」を,他の分野における各種施策及び社会全体による様々な取組と有機的に連動させることができれば,その実現のための大きな力となるであろう。
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