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 平成16年版 犯罪白書 第5編/第5章/第4節/2 

2 覚せい剤対象者の自発的意思に基づく簡易尿検査の導入

 保護観察所においては,平成16年4月から,覚せい剤取締法違反により受刑して仮出獄した者に対し,本人の自発的意思に基づく簡易尿検査を活用した処遇を実施することとした。

(1) 自発的意思に基づく簡易尿検査導入の背景及び目的

 覚せい剤事犯者は,同種再犯に至る危険性が高く(本編第3章第2節4(2)オ参照),その再犯を防ぐための処遇の強化が積年の課題とされてきた。行刑施設内においても多くの施設で覚せい剤乱用防止教育が行われており,保護観察の実施に当たっても類型別処遇制度の改正,引受人会の実施などの様々な方策が採られているが,保護観察処遇は,受刑中と異なり,「手に入れようと思えば覚せい剤が手に入る」,「かつての覚せい剤仲間との接触の可能性がある」など,誘惑要因の多い環境の中で実施されることから,いかにして覚せい剤に対する本人の渇望を克服させるかが重要な鍵となる。
 また,保護観察対象者が,覚せい剤を使用しないように努力していても,かつての乱用の様子を知る家族らが,「再び隠れて覚せい剤を使用しているのではないか」と疑心暗鬼に陥り,そのため,対象者が「どんなに努力しても,家族すら信じてくれない」と投げやりになって再犯に至るケースも少なくないといわれる。
 そこで,保護観察対象者に対して,断薬に向けた強い動機付けを与え,その自主的な努力を支援するため,努力の成果が目に見える形で確認できる簡易尿検査が導入されることとなった。
 依存者にとって,最初から,「一生涯,覚せい剤を使用しない」という課題を,単なる建前としてでなく,現実的なものとして設定することが困難であるとしても,次回の検査までの短期間の断薬であれば,明確な課題として取り組むことが可能となり,また,覚せい剤仲間からの誘いなどによって決意が揺らぎかけたときにも,「もうすぐ検査があるから,ここで手を出してはいけない」という心理的ブレーキが働くことが期待できる。そして,本人が,簡易尿検査という目標に対する達成感を経験し,陰性の結果を積み重ねるうち,覚せい剤がなくてもやっていけるという自信を持つようになり,覚せい剤に対する渇望を自ら克服していくことが期待されるのである。また,客観的な検査結果を示すことによって家族らの無用な疑念を取り除き,保護観察対象者と家族らとの信頼関係を回復させる助けともなる。
 このように,簡易尿検査は,監視あるいは取締りのためのものではなく,保護観察対象者の断薬に向けた自主的努力を支援するための処遇方法として実施されるものである。

(2) 自発的意思に基づく簡易尿検査の実施方法等

 簡易尿検査は,監視又は取締りのためのものではなく,本人の断薬努力を支援するためのものであるから,その目的,意義等を保護観察官から十分に説明し,保護観察対象者がこれに同意した場合に,その自発的意思に基づいて実施される。また,陰性の結果を出すことを達成課題として努力させることに意味があるから,いわゆる抜き打ち検査は適当ではなく,実施日時は事前に対象者に伝えておくこととされている。
 今後は,簡易尿検査の目的及び性質についての理解を広めるとともに,その効果が最大限に発揮されるよう運用の努力を積み重ね,定着を図っていくことが必要であると考えられる。
簡易尿検査ってどう役立つの?
 本文で説明したとおり,簡易尿検査は,監視や取締りを目的とするものではなく,目に見える目標を与えることによって,覚せい剤をやめようという本人の自主的な努力を支えることをねらいとしています。人によっては,簡易尿検査を受けるために仕事を休まねばならない場合もありますし,保護観察所に出頭するのが負担となることも考えられます。それなのに,なぜ保護観察対象者は簡易尿検査に同意するのでしょうか。それはまず,刑務所に入って仮出獄した人の多くは,覚せい剤と縁を切りたいと思っており,今度こそ健全な社会生活を全うしたいという決意を持っているからであろうと考えられます。また,中には,家族を安心させるために簡易尿検査に応じる人もいるでしょう。
 いずれにしても,簡易尿検査は,本人の努力が目に見える形で明確に現れる点が重要であり,それが本人の断薬意思を支えることにつながります。また,陰性の結果が出れば,保護観察官は本人と共に喜び合うことができ,家族も安心して本人の生活を見守っていくことができます。そして,陰性の結果を繰り返しているうちに,覚せい剤と縁が切れ,そのまま保護観察期間の満了を迎えるというのが理想的な形であるといえます。この新しい処遇方法の趣旨が正しく理解され,広く定着して成果を挙げるようになることが望まれます。