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 平成16年版 犯罪白書 第2編/第4章/第1節/2 

2 行刑改革会議

 平成14年から15年にかけて明らかになった名古屋刑務所における一連の受刑者死傷事案により刑務官の逮捕が相次いだことは,我が国の行刑への国民の信頼を大きく揺るがすものであった。この問題は国会審議においても取り上げられ,その過程で,行刑施設における医療体制の問題,行刑運営に対する透明性の確保の問題等が指摘された。
 法務省においては,従来の革手錠の廃止と代替品への移行等同種事案の再発防止を図るための方策を定めたが,行刑改革が重要かつ広範な課題であることにかんがみ,広く国民の叡知を集めて,国民の視点に立って検討することが必要であると考えられたことから,平成15年3月31日,法務大臣が委嘱した有識者から成る「行刑改革会議」が開催され,以降,幅広い観点から行刑の在り方について議論が行われた結果,同年12月22日に法務大臣に対して「行刑改革会議提言〜国民に理解され,支えられる刑務所へ〜」が提出された。

(1) 「行刑改革会議提言〜国民に理解され,支えられる刑務所へ〜」の骨子

 この提言は,大きく分けて,[1]受刑者の人間性を尊重し,真の改善更生及び社会復帰を図るための諸改革[2]刑務官の過重な負担を軽減するための諸改革[3]国民に開かれた行刑を実現するための諸改革の,三つの柱から成っている。
 さらに,改革への道すじと題して,まず,当面の改善策として,すぐにでもできることから,即座に,順次取り組んでいくべきであり,また,明治時代にできた監獄法(明治41年法律第28号)を,その後の時代の変化などに見合ったものになるよう全面的に改正すべくあらゆる努力をすべきであると指摘されている。

(2) 提言の具体的内容

 主要な提言の要旨は,次のとおりである。

ア 受刑者の人間性を尊重し,真の改善更生及び社会復帰を図るための諸改革

 受刑者の特性に応じた処遇を実施することについては,懲役受刑者に対して一律に1日8時間の作業を行わせているため,処遇の内容の硬直化を招いている。個々の受刑者が真に必要とする処遇が実施できるような分類と収容の在り方を検討し,刑務作業以外の処遇内容をより充実させるべきである。
 特に,処遇困難者や薬物依存者については,これらの者を集めて収容し,作業以外の処遇方法を充実させることができる収容環境及び指導体制を整えるべきである。
 また,現行の累進処遇制度の形式的な運用を改め,受刑者の改善更生の意欲を喚起させる報奨制度を設けるべきである。
 行刑施設における規律の在り方については,受刑者の安全で秩序ある生活と処遇環境を確保するという目的を越えて,いたずらに事細かな規制をしたり,受刑者の人間としての尊厳を傷つけたり,社会通念に照らして著しく合理性を欠くようなものであってはならず,行刑施設の諸規則をこの観点から再検討すべきである。
 外部交通の拡大については,受刑者の改善更生及び円滑な社会復帰を促進するために有益な場合には,外部交通の相手方を親族のみならず友人や知人にも広げ,また,一定の基準の下に電話の使用が行えるよう検討すべきである。
 人権救済制度の整備については,懲罰や外部交通の不許可などの処分に対する不服申立制度と,処分に限らず被収容者が受けるすべての取扱いに対する苦情の申立ての二つの制度を設ける必要がある。前者の制度では,まず,矯正管区長に対して書面で審査の申立てをして,さらに,法務大臣に対して再審査の申立てができることとするが,法務大臣は,被収容者の不服に理由がないと判断しようとするときは,独立性を有する人権救済機関が設置されるまでの間は,矯正を担当する部局等から独立した第三者から成る審査会の議に付することとすべきである。
 職員の人権意識の改革については,効果的な研修の実施や人事異動制度の見直しが必要である。

イ 刑務官の過重な負担を軽減するための諸改革

 職員による被収容者に対する実力行使の根拠規定が存在しないという現行監獄法の不備を改正して,職員の職務権限を明確化すべきである。
 また,いわゆる処遇困難者の処遇については,これまでのように担当職員個人に過重な負担を強いるのではなく,専門的知識を有する民間人等の活用による担当職員のサポートや担当職員の複数配置などの組織的な対応を検討すべきである。
 行刑施設の人的物的体制の整備として,現在計画が推進されているPFI手法による施設整備・運営は妥当な方向である。また,今後,過去3年間と同様のペースでの被収容者の増加を見込むとすれば,大幅な増員などが不可欠である。
 職員のメンタルヘルスの問題については,カウンセリングを実施するとともに,矯正管区又は矯正局に相談窓口を設けるべきである。

ウ 国民に開かれた行刑を実現するための諸改革

 これまで行刑に関する情報は積極的に公開されてこなかったが,「国民に理解され,支えられる刑務所」を実現するために,主要訓令・通達,処遇関連情報及び被収容者の全死亡事案を公表すべきである。
 また,行刑運営を市民の目に触れさせ,その透明性を確保することに加えて,適正な運営を援助し,行刑施設と地域社会との連携を深めることを目的とした刑事施設視察委員会(仮称)を設置すべきである。

(3) 改革に向けた取組

 法務省矯正局では,行刑改革会議での議論や提言を踏まえ,行刑運営についての以下のような様々な改革に着手したが,今後も,監獄法の改正を始めとする抜本的な行刑改革が求められているといえる。

ア  受刑者の人間性を尊重し,真の改善更生及び社会復帰を図るための取組

 適正な職務執行を検証する観点から,被収容者を保護房(被収容者の鎮静及び保護のために設けられた相応の設備及び構造を有する独居房をいう。以下同じ。)に収容する場合において,その保護房収容の開始から終了までの状況及び職員による実力行使の状況のビデオ録画を義務化した。
 受刑者処遇の充実のため,処遇に困難を伴う受刑者に対して心理技官等の専門職員によるカウンセリング等を実施している。
 医療の充実という観点から,一定の年齢の受刑者に対するC型肝炎のスクリーニング検査及び肝機能指標を含む一般血液検査を実施することとした。また,行刑施設における医師の確保や地域医療機関との連携体制の構築のために関係機関との協議を開始した。
 そのほか,受刑者が死亡した際の通報や記録に関する手続の整備,法務省部内における被収容者からの不服申立ての処理体制の強化,内部監査の頻度の増加などの改善策を講じた。

イ 刑務官の過重な負担を軽減するための取組

 法務本省及び矯正管区等に職員からの相談を受け付ける窓口を設けたほか,職務改善意見をメールで矯正局に直接提出することができる制度の運用を開始した。また,人権研修の充実の観点からも,被収容者が暴力行為に及ぶことを未然に防止することを目的とした研修を導入した。

ウ 国民に開かれた行刑を実現するための取組

 行刑運営の実情に対する国民の理解を得るために,行刑施設の収容人員等の処遇関連情報,逃走等の特殊事案及び被収容者の病死を含む死亡事案の全件数を公表することとした。
 そのほか,法務省のホームページ上での被収容者との面会等の外部交通の取扱要領の公表や広報のための行刑施設見学を開始することとした。