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 平成15年版 犯罪白書 第5編/第7章/第3節 

第3節 結語―凶悪犯罪の少ない住み良い社会を求めて―

 以上「変貌する凶悪犯罪の特質と背景・要因」や「対策と課題」について縷々述べてきたが,凶悪犯罪の増加の要因は複雑で様々な要素が絡み合っており,特効薬のような即効性ある唯一の対策は存在しない。しかしながら,治安に対する国民の意識が「安全」から「不安」へと大きく変化しつつある今日,急速な犯罪情勢の悪化に対する適切な対策が今ほど望まれている時期はない。安全で安心できる生活は与えられたものではなくて国民自ら得るものであり,また治安対策にはそれ相当のコストを要することを認識しなければならないであろう。そのことを前提に本特集で分析検討した結果に基づき考察すると,現下の犯罪情勢に適切に対応するには,何よりも,刑事司法の充実を図ることが重要である。そのためには,まず出入国・在留管理体制の強化を含め,犯罪の防止活動から犯罪者の検挙,起訴・裁判等を経て犯罪者を更生の上社会復帰させるという法執行に携わる刑事司法機関等の人的・物的体制の整備を図ることが必要である。それとともに,犯罪は全て検挙され適正な処分の下に効果的な処遇がなされなければならないことは刑事司法の基本であることにかんがみ,検挙から処遇に至る刑事司法システムの質を維持し,その信頼と権威を高め続ける必要がある。
 次に,しつけと教育の問題を挙げなければならないであろう。少年犯罪対策は,国政上重要課題の一つであり,その基盤をなすものはしつけと教育の充実である。成績を偏重して人間性を軽視する風潮は,落ちこぼれ組を生み出すだけでなく,精神の荒廃を招きかねず,享楽的風潮やIT遊戯機器の普及,子ども同士の心のふれあいの希薄化とあいまって,社会への帰属意識を持たない浮遊する少年を生み出しているおそれがある。その意味において,先に指摘した強盗少年の意識の変容は重要であり,人の痛みを知らしめ,思いやりの心と規範意識をかん養することを,少年犯罪対策を考える上で基本に据える必要があろう。また,少年の心身に悪影響を与え,非行に走る一因ともなる児童虐待や配偶者からの暴力(ドメスティック・バイオレンス)の問題も重要であり,これらの対策をしっかり行い,その防止を図る必要がある。国の将来を担う少年の健全な育成は全ての犯罪対策の出発点でもあることを忘れてはならない。
 第3に,社会環境の整備が求められている。防犯活動の強化の観点から,治安の悪化の先鋒をいく窃盗の徹底した取締りと検挙は最も重要であり,そのためには,地域社会や住民の協力が不可欠である。また,地域社会の絆の復活と環境の整備は,家庭における家族の絆の回復と教育,学校における校内暴力の阻止と生徒に対する指導教育等の問題とも密接に関連している事柄でもあるといえよう。
 いずれにしても安全で安心できる社会の実現のためには刑事司法だけでは解決困難な問題が少なくない。従って,刑事司法に携わる諸機関が中心となり,関係官庁等,さらには,家庭・学校・職場・地域社会,ボランティア団体等,すべての組織・個人が,凶悪犯罪の少ない住み良い社会を目指して,お互いの垣根を越えて一致協力し,様々な観点から知恵を出し合いながら,凶悪犯罪を防止する根本的な対策を樹立し実行して行く不断の努力を続けていくことが肝要ではなかろうか。