前の項目   次の項目        目次   図表目次   年版選択
 平成14年版 犯罪白書 第5編/第5章 

第5章 むすび

 近年の犯罪動向を見ると,刑法犯の認知件数は平成8年以降,6年連続して戦後最高を更新し続け,13年の認知件数は前年より32万5千件増加し358万件に達している。このうち,一般刑法犯が273万5千件,一般刑法犯の中で最も多い窃盗が234万件を記録した。一方,検挙件数は138万8千件,検挙人員は119万5千人に達し,検挙人員は前年よりも増加したが,検挙をはるかに上回る犯罪が認知されたこともあって,検挙率は約4ポイント下がり,38.8%,一般刑法犯の検挙率は19.8%と戦後最低となった。
 こうした戦後最高を更新し続けている犯罪を見ると,窃盗,交通犯罪,薬物犯罪,来日外国人による犯罪などのほか,今回特集として取り上げた強盗,傷害,暴行,脅迫,恐喝,強姦,強制わいせつ,住居侵入,器物損壊など,暴力的色彩の強い犯罪が目立つ。このうち,器物損壊,暴行,住居侵入,強制わいせつ,強盗の5罪種の認知件数は,対前年比が20%以上増加している。暴力的9罪種は,すでに述べたように,身近で発生しうる犯罪であり,平穏な日常生活を脅かし社会不安を増大させる犯罪である。
 そこで,前記のとおりこれら犯罪の現状と動向をつぶさに分析してきた結果をもとに,増加を続ける暴力的9罪種の近時における特質を見ることとする。もとより,入手することのできた資料に基づく分析であり,詳細な解明は今後の研究を待たなければならないが,統計に表れた傾向からその特質を分析することも意義のあることと思われる。
[1] まず,犯罪の内容面における特質を見ると,以下の2点が指摘される。
 その1は,強盗,恐喝など,物取りを目的とした犯罪が増加していることである。バブル経済が崩壊し,先行き不透明で依然として景気の停滞が続く経済状況,金融機関・上場企業などこれまでは考えられなかった一部大企業の倒産,進行するリストラ,完全失業率の増加などの社会・経済的要因やモラルの低下を背景として,短絡的に金品を獲得しようとする犯罪が増大していることが推測される。
 その2は,コンビニ強盗,路上強盗,金融機関における強盗など,模倣性の高い犯罪が増加していることである。いずれもマスコミで報道されるほか,金融機関における強盗を除き,検挙率が低いのが特徴である。コンビニ強盗などは被害金額が比較的少額であり,被害店側も加害者を捕まえようとして負傷するよりは,少額であれば見逃す傾向もあり,犯行が容易なだけに模倣されるおそれも強いと推測される。
[2] 犯罪の態様面における特質としては,下記のことが指摘される。
 その1は,犯罪の凶悪化傾向と集団的犯行の増加である。強盗,恐喝,傷害,強姦及び強制わいせつにおいては,死傷被害者数が増加している。特に,強盗においては,死亡・重傷者数,軽傷者数のいずれも増加し,凶器を使用する犯行も依然として半数以上を占めているほか,他の罪種に比較して1件当たりの死傷者数が多く,犯行自体に死傷者を伴いやすい凶行性を帯びる傾向が見られる。また,一般刑法犯の動向として,少年,成人ともに,平成11年以降の共犯形態による犯罪の比率の増加が指摘される。とりわけ強盗,住居侵入においては,共犯者数5人以上の形態の犯罪が増加し,多人数による集団的犯行が目立っている。
 その2は,暴力的9罪種の犯行形態の特徴を見ると,犯罪経験のない初犯者が,路上において,さしたる凶器を持たず,面識のある被害者に対しても犯行に及んでいることが指摘される。これらを総合すれば,衝動的,短絡的な犯罪が増加していることが推測される。少年非行においては,「キレる少年」の存在が指摘されているが,最近においては,成人においても,衝動的,刹那的,短絡的と表現されるべき犯罪が増加し,「キレる大人」の存在が推測される。家族の絆の崩壊,蓄積されたストレス,経済不安と失業に対する不安など,大人を取り巻く生活環境も,大きく変化しているのではないかと思われる。
[3] 犯罪者の属性に注目すると,次のことが指摘される。
 その1は,高齢者による犯罪が増加していることである。これらの高齢者は,財産犯罪のみならず,強制わいせつなど従来の統計では比較的目立たなかった性犯罪にも関係している。高齢者による犯罪の多様化は,高齢化社会における刑事司法の在り方を考える上で,大きな課題になると思われる。
 その2は,来日外国人による強盗等の凶悪犯罪が依然として多発していることである。我が国の国際化の進展に伴って,この20年間に来日外国人による犯罪は7倍以上の増加を示し,とりわけ殺人,強盗等においてその増加が目立っている。特に,凶悪犯罪である強盗においては,検挙人員に占める来日外国人の割合は7.5%と高く,また殺人においては5%弱を占めるに至っている。来日外国人による強盗等の事犯は,模倣性の観点を加味すると,我が国の同種犯罪における先駆的役割を演じかねないおそれが指摘される。
[4] 犯罪の主体に関して,次のことが指摘される。
 犯罪を起こす者が,これまで犯罪経験のなかった一般市民にまで拡散しつつあることが懸念されることである。かねて我が国における犯罪の主たる担い手は,暴力団等の不法集団構成員あるいは前科歴を有する犯罪経験者等であり,これら特定の犯罪者に焦点を当てた対策を講じることが有効な施策であったが,最近においては,これまで犯罪経験のなかった一般市民による犯罪が増加傾向を示しており,これらをも視野に入れた新たな施策を講ずる必要があると思われる。
[5] 最後に,地域の特性の観点から見ると,犯罪における地域性が希薄になりつつあることが推測される。金融機関強盗はもはや都市型犯罪の典型例ではなくなり,粗暴犯の中核をなす傷害が全国的規模で急増を示しているように,犯罪現象が全国に拡散されつつあることが指摘される。
 以上,暴力的9罪種の最近の特質を見たが,その背景として,伝統的な犯罪抑止要因の機能が低下しているのではないかと考えられる。大衆社会の出現によって,大都市における匿名性,相互の関心やモラルの低下が叫ばれて久しいが,こうした影響は,大都市のみならず地方都市にも拡散しているものと思われる。地域社会における相互の監視と関心は,伝統的に犯罪を抑止する要因として機能してきたが,犯罪における地域性が乏しくなり,今後は,暴力的9罪種の増加は,特定地域に限らず,拡大していくことが危惧される。さらには,家庭・学校における教育機能が低下するなど,我が国の伝統的な犯罪抑止要因の機能が低下していることが,近年の増加する犯罪の背景となっていると思われる。
 こうした,犯罪情勢に対しては,公的機関の対応のみでは限界があり,官民の協力体制の構築が重要である。社会の諸情勢の変動に伴って,犯罪も複雑・巧妙化,多様化していくと思われ,また,国際化,少子高齢化の進展,科学技術の加速度的な発達などにより,従来の価値観や枠組みでは想像できない犯罪の出現なども視野に入れる必要がある。こうした,近未来の犯罪情勢をも想定し,今後の対策を確立する必要がある。地域社会,刑事司法機関,犯罪防止に関わる民間組織などが,その連携と相互の理解を深めながら,安定した社会を築くための努力が求められている