前の項目   次の項目        目次   図表目次   年版選択
 平成11年版 犯罪白書 第5編/第7章/第9節/2 

2 刑事司法における被害者の法的地位及び被害者施策

 (1)被害者の権利
 1987年犯罪被害者法において,同法の対象となる犯罪被害者が定義されるとともに,被害者の権利が規定されている。この法律によると,犯罪被害者とは,単に身体的傷害を負ったり,物理的な損失を被った者だけでなく,心理的な傷害を負った者や死亡した被害者の遺族も含まれることが明記され,これらの被害者は,被害回復のための支援を受ける権利,刑事手続に関して知る権利及び刑事手続に参加する権利を有することが明記されている。
 (2)被害者に対する情報提供
 ニュー・ジーランドにおいても,第8節で紹介したビクトリア州とほぼ同様の内容の情報が犯罪被害者に対して提供される。事件が訴追され,裁判所に係属するまでは,警察によって情報提供が行われ,それ以降の手続については裁判所の職員である被害者アドバイザー(victim adVisor)によって情報提供が行われる。この被害者アドバイザーは,事件の処理状況だけでなく,裁判手続及び被害回復に関する情報提供やそのほかの被害者支援プログラムへの仲介も行う。暴力犯罪や性犯罪の加害者が刑務所に収監された場合に,加害者の釈放に関する情報提供を希望する被害者は,警察及び矯正局によって共同運営されている被害者通知登録(Victim Notification Register)を行うことによって,一時釈放,仮釈放審査,釈放及び逃走に関する情報提供を受けることができる。
 (3)被害者の刑事司法への関与
 ニュー・ジーランドでは,被告人の保釈が審理される際,事件が性犯罪又は重大な暴力犯罪で,犯罪被害者が保釈について何らかの不安を有している場合には,そうした情報が,検察官又は警察を通して裁判官に伝えられる。また,加害者が有罪を認め,刑事司法手続以外の方法で取り扱われるような,いわゆるダイバージョン・プログラムに移行する場合には,被害者の承認が必要とされている。
 被告人の有罪が確定した段階で,被害者は,その被った被害に係る物理的損害・心理的被害・経済的損害の程度及びその影響に関する陳述(Victim impact statement)を行う機会が与えられる。ただし,この陳述の内容は,被害者が被った被害の程度や影響に限られ,被告人について言及することや,その処分に関する意見を含むことはできない。この陳述は,任意であり,警察によって作成され,法廷で検察官によって読み上げられるか,又は書面で裁判官に提出される。
 加害者が刑務所に収監された後,仮釈放申請がなされた場合,被害者は仮釈放条件等について意見を述べることができる。
 (4)刑事司法における被害者に対する保護
 1987年犯罪被害者法は,安全に不安のある犯罪被害者に対しては,保護的措置について説明が行われると規定している。また,裁判所による特別な判断がない限り,被害者の住所は秘匿され,また,被害者を含め裁判の証人を脅して,公正な証言を妨害した者に対しては特別な罰則規定がある。さらに,裁判所の職員である被害者アドバイザーは,被害者に対し,被害者支援プログラムへの仲介を行う。また,被害者が証人として出廷する場合には,付添人と共に特別な待合室を確保することができ,被害者が証言する際にも付添人と共に出廷することが許可される。また,性犯罪被害者の場合には,証言に当たって被告人と対面しないように特別な配慮が行われる。性犯罪被害者の氏名等は秘匿しなければならず,これに違反して氏名を公表しか者は罰金刑に処する旨規定されている。裁判所は,性犯罪以外の被害者についても,被害者を特定できるような情報の公開を制限することができる。また,性的虐待の被害者である児童が証人として出廷する場合は,証人席にスクリーンを用いたり,ビデオ録画による証言又はテレビ・リンク(Closedcir-cuittelevisionsystem)を利用して証言を行わせることができる。裁判所に証人として出頭した場合には,必要経費が支払われる。
 (5)刑事司法における被害救済・被害回復
 ニュ一・ジーランドには,刑事裁判に付帯して民事訴訟を起こす制度はないが,刑事裁判において,被害回復を命ずる制度として弁償命令(restitu-tionorder)及び賠償命令(reparationorder)があり,また,罰金による被害補償がある。弁償命令は,盗非に対して言い渡されるもので,盗まれた物品の返却を命ずるものである。これに対して,賠償命令は,犯罪によって生じた被害(Ioss or damage to property)や心理的傷害(emotionalharm)に対する賠償を命じるものである。第8節で紹介したビクトリア州と異なり,これらは独立した処分として言い渡すことも可能であり,裁判官は,すべての事件について,その適用を検討する義務を負う。また,裁判官は,賠償命令を言い渡すに当たり,被害程度や被告人の資産等を調査する必要がある場合には,保護観察官等に命じて,賠償調査を実施させることができる。賠償調査に際して,保護観察官等は,できる限り被害者と被告人の示談交渉を進め,示談の成立を図ることが求められている。なお,賠償命令の執行は,罰金に優先する。V-94表は,1997年における賠償命令の科刑状況を示したものであり,財産犯の約20%に対して賠償命令が言い渡されている。

V-94表 財産拍における賠償命令の科刑状況

 一方,身体的傷害(physical harm)については,この賠償命令を言い渡すことはできないが,罰金を命じ,その一部又は全部を被害者の被害補償に当てることができる。
 これら賠償金等の徴収は,裁判所によって執行され,裁判所は,そのために加害者の財産や給料を差し押さえることもできる。また,受刑中の加害者が,釈放準備のための就業プログラムに参加した場合には,その賃金は矯正局長に支払われ,矯正局長がその中から上記賠償命令による賠償金又は罰金を支払うことができる。
 刑事手続における被害者と加害者の和解を含んだダイバージョンとしては,少年に対するファミリー・グループ・カンファレンスがある。これは,犯罪を犯した少年に対して裁判所で処分を言い渡す代わりに,少年及び少年の家族,学校や地域の代表者並びに被害者及びその家族が参加する協議会を開き,そこで,調整官の下,被害回復を含めた少年の処遇について話し合うことで犯罪を解決しようとする修復的司法の一つの試みである。さらに,成人に対しては,警察段階におけるダイバージョンとしての警告処分等がある。これは,裁判所によって訴追が正式に受理される前の段階に行われるもので,加害者に処分歴がなく,罪を認め,被害者に対する何らかの慰謝の措置が講じられ,かつ被害者がそうした処分に同意していることが条件となっている。また,前述の保護観察官等による賠償調査の際の示談交渉も,刑事和解の一つの試みである。
 なお,ニュー・ジーランドには,加害者側から被害者に対して,何らかの慰謝の措置があった場合には,これを量刑に当たって考慮することが1985年刑事裁判法によって規定されている。これはマオリ族等の先住民族の犯罪解決方法を刑事司法制度に取り入れようとした例であり,被害者が十分な補償を得たと考えている場合には,最低刑が法律によって定められていない事件について,それ以上処分を言い渡さないことも可能であるが,現実の運用は各裁判官の裁量に任されている。