2 刑事司法における被害者の法的地位及び被害者施策 (1)被害者の権利 ビクトリア州には,犯罪被害者の権利について包括的に規定した法律又は章典はない。ただし,ビクトリア州暴力対策地域評議会の勧告を契機として,被害者は刑事司法機関からプライバシーを守られ,また尊厳と思いやりをもって扱われるとともに,刑事手続の結果について情報を受ける権利を有すること,また,被害回復のために必要な支援を受ける権利を有していることが関係機関によって確認され,被害者支援・仲介サービスが発行している犯罪被害者のための案内(Information for Victims of Crime)等各機関が発行する書類には,これらの権利が明記されている。また,これらの権利と同時に,被害者は,警察の捜査や裁判に協力する責務(responsibi11ty)を負うことも確認されている。さらに,被害者には,1991年量刑法(Sentenc ing Act1991)によって,被害の影響を裁判において陳述する権利が認められている。 また,ビクトリア州警察では,1989年,独自に「犯罪被害者のための権利宣言」(Declaration of Rights for Victims of Crime)を定め,事件処理に関する情報提供等,被害者に対して警察が行う支援について規定している。 (2)被害者に対する情報提供 ビクトリア州では,犯罪被害者は事件の処理状況について情報を得る権利を有しているが,情報を提供する刑事司法機関の窓口は一本化されておらず,刑事司法の各段階において,被害者が各機関に情報を求めることになる。被害者が最初に接触する刑事司法機関である警察においては,被害届を出した被害者に情報を提供する警察官の氏名と連絡先が記載された「被害者へのお知らせ」(Notice to the Victim)が手渡され,その後の情報提供は,その警察官を窓口として行われる。被害者に提供される情報の内容は,訴追の有無,起訴事実及び保釈に関するものが主なものとなっている。また,警察本部には被害者助言担当室(Victim Advisory Unit)が設けられて,被害者連絡官が置かれており,事件処理に関することや犯罪被害者援護に関する相談を行うこともできる。被害者助言担当室は,警察における被害者対策の中心であり,被害者に対するサービスの企画・運営,職員研修のほか,緊急の場合には,被害者に対する一時的な援助(practical assistance)も行っており,前述の被害者支援・仲介サービスと,その活動内容が重複している部分もある。 警察により訴追が行われ,事件が治安判事裁判所(magistrate court)に係属した場合には,裁判に関する情報提供は,警察によって行われる。刑事裁判所である郡裁判所(county court)に事件が移送された場合には,検察庁で事件を担当している検察官(Crown Prosecutor)又は検察庁の証人支援サービス(Witness Assistance Service)によって情報提供が行われる。提供される情報は,加害者の罪状認否,起訴事実及び裁判結果(有罪・無罪の別及び量刑)である。加害者が刑務所に収監された場合に,その釈放に関する情報の入手を希望する場合には,矯正長官事務局の被害者情報管理官に問い合わせることができ,また,仮釈放決定に関する情報については,仮釈放委員会に問い合わせることができる。さらに,刑務所における一般的な犯罪者処遇について知りたい被害者に対しては,刑務所を見学する機会を与える試みが行われている。 (3)被害者の刑事司法への関与 ビクトリア州警察の「犯罪被害者のための権利宣言」には,警察による訴追が行われ,被告人が保釈を申請した場合には,犯罪被害者は,保釈申請の結果や保釈条件等について知る権利があると記されている。また,被告人が保釈される場合に,被害者が安全の確保に対して特別な配慮の必要性を感じている場合には,警察が検察官を通して保釈を決定する機関に対して被害者の意見を伝えることも明記されている。 なお,警察の訴追又は検察官の訴追の取消しについて,被害者が意見を述べる機会は与えられていない。 被告人の有罪が確定した段階で,被害者は,その被った被害に係る物理的損害・心理的被害・経済的損害の程度及びその影響に関する陳述(Victim impact statement,以下,本節において,「被害影響陳述」という。)を行う機会が与えられる。この陳述は,任意であり,陳述する場合は,検察官を通して書面によって提出され,法廷で被害者によって読み上げられるか,又は裁判官によって読み上げられる。被告人側は,この内容について,被害者に対して,反対尋問(cross examination)をすることができる。また,被害者が希望する場合には裁判を傍聴することができるが,被害者が証人として証言することが予定されている場合には,証言に際して予断をもたないようにするため傍聴することができない。 加害者が刑務所に収監された後,仮釈放申請がなされた場合,仮釈放委員会は,被害者又はその代理人の意見を考慮することになっている。 (4)刑事司法における被害者に対する保護 「犯罪被害者のための権利宣言」には,犯罪被害者は被疑者等からの不必要な接触から守られる権利を有していることも明記されており,被害者からの要請があった場合,警察は何らかの保護措置を講ずる必要があるとされている。被害者の住所等についての情報は,裁判所が開示の必要性を認めない限り秘匿される。また,被害者等が裁判の証人となり,又はなった場合で,ビクトリア州警察長官が証人又はその家族の安全に重大な危険があると判断したときには,1991年証人保護法(Witness Protection Act1991)により,証人は警察の保護下に入り,保護の必要性に応じて,警察が管理する住居への転居,新しい身分(new identity)の取得等が可能となる。 治安判事裁判所において被害者が証人として出廷する場合は,警察によって裁判に関する情報提供が行われるほか,民間の裁判所ネットワーク(Court Network)により,裁判手続に関する情報提供,裁判所の下見,付添い等のサービスが提供される。また,性犯罪に関する事件について,治安判事裁判所で行われる予備審理(committal hearing)は非公開である。性犯罪被害者や児童虐待の被害者等が,加害者と法廷で対じすることに不安を感じる特別な理由がある場合は,ビデオ・リンク(audio Visual link)を利用した証言等の措置がとられる。郡裁判所では,前述の裁判所ネットワーク又は検察庁の証人支援サービスが,証人に対する情報提供や支援を行い,証人が安心して証言できるように配慮する。また,証人支援サービスでは,裁判で証言する性犯罪被害者等に対しては,特別な配慮を払うことになっている。裁判に証人として出廷した者に対しては,休業補償を含め必要経費が支払われる。 (5)刑事司法における被害救済・被害回復 刑事裁判においては,被害回復を命ずる制度として弁償命令(restitution order)及び賠償命令(compensationorder)がある。弁償命令は盗罪に対して言い渡されるもので,盗まれた物品を返却させ,又はそれに相当する対価を有罪となった加害者に支払わせること等によって被害回復を命ずるもので,実被害を超えた賠償を命ずるものではない。これに対して,賠償命令は,犯罪によって生じた被害(lossordestructionordamage)や苦痛(painandsuffering)に対する賠償を命ずるものである。ただし,物理的被害の回復については,実際の被害額を超えるものではなく,賠償金額は裁判所によって決定される。これらの命令は,判決に対する付加的な処分と考えられており,犯罪被害者等の要請によって裁判所が考慮するもので,被害影響陳述の際に併せて申請される場合もある。また,裁判所がこれらの命令を科した場合,その最終的徴収責任は裁判所にあり,これを執行するために財産没収法(Confiscation Act1997)を適用することもできる。 オーストラリアには,刑事手続における被害者と加害者の和解プログラムとして,重大犯罪以外の犯罪を対象として,首都特別区を中心に被害者,加害者及び地域の代表者によるカンファレンス(協議会)方式の解決方法がダイバージョンとして行われている。 ビクトリア州では,被害者が加害者に対して民事訴訟を起こした場合,被害者が,加害者の支払能力を証明することが可能で,かつ賠償請求金額が訴訟費用を超える等一定の条件を満たせば,この民事訴訟を州政府が被害者に代わって行う制度がある。
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