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 平成11年版 犯罪白書 第5編/第7章/第7節/2 

2 刑事司法における被害者の法的地位及び被害者施策

 現行の刑事法典においては,犯罪被害者の保護や支援に関して,次のような規定が設けられている。
 (1)被害者の刑事司法への関与等
 治安判事(justice of the peace)等は,保釈を許可する際の条件として,加害者に対し,証人等特定の者と接触したり,特定の場所へ行くことを禁止する命令を発することができる。法律上は,保釈手続において考慮すべき事項として,犯罪被害者については言及されていないが,各州の運用では,特に性犯罪の場合等においては,警察官や検察官を通して,被害者の意向が反映されている。なお,1999年改正法では,保釈の審理において被害者の安全を考慮すべきことが明確にされるなど,公判開始前の段階における被害者の保護が強化されている。
 また,被害者は,書面により,その被った被害の影響に関する陳述(Vic-timimpactstatement,以下,本節において「被害影響陳述」という。)を裁判所に提出することができる。1988年の刑事法典の改正により,この制度が導入された当初は,量刑に当たってこれを考慮するかどうかは裁判所の裁量に任されていたが,1995年の同法典の改正により,被害影響陳述が提出されている場合には,量刑の際に必ず考慮に入れなければならないこととなった。ただし,どの程度考慮するかは,裁判所の裁量にゆだねられており,書面の様式や具体的な手続は,州により異なっている。
 書面によらず口頭で陳述を行った場合に,これを考慮するかどうかは,従来は裁判所の裁量に任されていたが,1999年改正法では,口頭による陳述等も認めることとされている。また,従来,被害影響陳述は,裁判所に提出された時点で加害者側にも開示されていたため,本来は量刑のための判断材料であるにもかかわらず,有罪か否かを決めるために被告人側からの反対尋問の対象となってしまう懸念があったが,同改正法では,加害者の有罪が確定した後に開示されることに改められたほか,被害者が被害影響陳述を準備するために,裁判の手続を延期させることが認められている。
 なお,被害影響陳述の制度は,1995年の少年犯罪者法(Young Offenders Act)の改正により,少年裁判所(youth court)においても導入されている。
 (2)刑事司法における被害者に対する保護
 通常,刑事裁判は公開の法廷で行われるが,裁判官は,公衆道徳,秩序の維持又は司法の適正な執行に資すると判断するときは,審理手続の一部又は全部について,公衆(public)を法廷から排除することができる。性犯罪に関し,証人が14歳未満の場合には,検察官は裁判官に対して,公衆を排除する命令を出すよう申請することができ,裁判官は,これを拒否する場合にはその理由を示さなければならない。
 性犯罪及び暴力犯罪に関しては,原則として,被告人は,14歳未満の証人に対して直接反対尋問をすることはできず,反対尋問を行うための弁護人を裁判官が任命する。また,裁判官は,証人が14歳未満の場合には,検察官又は証人の申請に基づき,補助者の臨席を許可することができる。
 性犯罪,暴力犯罪等については,告訴人若しくは証人が18歳未満又は会話に障害のある者である場合には,裁判官は,スクリーンを設けて,又はテレビ(ciosed circuit TV)により法廷外で証言することを許可することができるほか,犯行後妥当な期間内に作成されたビデオテープで犯罪行為について供述しているものを証拠として採用することができる。
 被告人が,性犯罪,売春,恐喝等,一定の犯罪で起訴されている場合,裁判官は,告訴人又は証人を特定し得る情報の公刊又は放送を禁じる命令を発することができる。特に,18歳未満の告訴人又は証人に対しては,裁判官は,この命令の発出を求める権利があることを必ず教示することとされており,告訴人,検察官又は証人から申請があった場合には,命令を発することが義務づけられている。この命令に違反した場合には,略式手続による処罰(summary conviction)の対象となる。
 なお,犯罪の捜査や裁判等の過程で情報や証拠の提供を行った,又は提供することに同意した犯罪被害者等を,そのことによって生じる危険から守るために,「証人保護プログラム法」(WitnessProtectionProgramAct)が設けられている。同法は,捜査や裁判に関与した者で保護を求めるものに対し,その安全の確保等のため,一定の要件の下に,相談や経済的援助のほか,転居,宿所の提供等を行うことを定めている。
 (3)刑事司法における被害救済・被害回復
 刑事法典には,刑罰の基本的な目的として,違法行為に対する非難,犯罪の抑止,犯罪者の隔離及び社会復帰の援助と並んで,被害者又は地域社会が受けた被害の回復(reparations)と,犯罪者に責任感並びに被害者及び地域社会が受けた被害についての認識を深めさせることが挙げられている。
 具体的な被害救済・被害回復の手段として,被害者のための付加罰金(Victim fine surcharge,以下,本節において「付加罰金」という。)及び被害弁償命令(restitution order,以下,本節において,「弁償命令」という。)がある。
 付加罰金は,刑事法典又は規制薬物法(Control1ed Drug and Substances Act)に規定する罪を犯した者に対し,他の刑罰に加えて,犯罪被害者支援のための基金として一定の額の納付を科するものである。付加罰金は各州の歳入となり,被害者への援助のために支出される。付加罰金の上限は,罰金が科される場合には罰金額の15%,罰金が科されない場合には35カナダドルである。ただし,付加罰金を科することが加害者に過度の困難をもたらす場合には,裁判所は,これを科さないこともできる。
 刑事法典に定められている付加罰金とは別に,州法で規定する犯罪について,独自に付加罰金を科している州も多い。州レベルにおける被害者支援プログラムの多くは,その予算の一部を付加罰金から得ている。
 1999年改正法では,付加罰金の額について,罰金が科される場合の上限を15%としていたものを,一律15%に,また,罰金が科されない場合の上限を,35カナダドルから,略式手続犯罪の場合は50カナダドル,正式起訴犯罪の場合は100カナダドルに,それぞれ引き上げる(場合により,更に加算することも可能である。)こととされている。
 また,判決を言い渡す裁判所は,検察官の申請に基づき,又は自らの判断により,加害者に対し,他の刑罰に加えて被害者に対する弁償命令を科することができる。弁償命令は,当該犯罪によるものであることが確実な財産的被害と,当該犯罪による身体的被害の結果もたらされたことが確実な金銭的損害に関して発することができる。配偶者や子どもに対する身体的被害のケースであっても,住居の移転,一時的な住居の確保,子どもの世話等のために被った支出について,弁償の対象となり得る。
 弁償命令は,他の刑罰に加えて科することができるほか,保護観察命令(probationorder)を科する場合の遵守事項とすることもできる。
 裁判所は,弁償命令と併せて没収(forfeiture)又は罰金を科そうとする場合には,弁償命令を優先し,その上で,没収又は罰金を科するか否か,科する場合には金額をどうするかを決めることとされている。
 裁判所が指定した期間内に弁償が履行されない場合には,弁償を受けることとされた者は,その命令書を民事裁判所に提出することができる。その場合には,刑事手続によって出された弁償命令は,民事裁判所による判決と同様の効果を有することとなり,銀行口座の差し押えや財産についての先取特権(lien)の設定等,加害者に対する強制的な執行が可能となる。
 このほか,カナダでは,1970年代から,被害者加害者和解プログラム(Victim-Offender Reconci11ation Program)が実施されてきている。これは,比較的軽微な犯罪で,加害者と被害者の双方が同意した場合に,調停者の出席の下で,被害者が受けた影響や加害者の採るべき措置等についての話し合いを行うものであり,最近は,被害者加害者調停プログラム(Victim-Offender Mediation Program)と呼ばれることが多い。こうした制度については,現在も,刑事法典上明確な規定は設けられていないが,1995年の刑事法典の改正により,状況から判断して妥当又は合理的と思われる場合には,すべての犯罪者,とりわけ先住民(aborigina1 0ffenders)について,拘禁刑以外の制裁が考慮されるべきであるとの規定が設けられたことで,ある程度の位置づけがなされている。
 (4)その他
 裁判所は,14歳未満の者に対して性犯罪を犯した者について有罪とするときは,公園,学校,遊び場,コミュニティセンター等,14歳未満の者が集まる場所に出入りしたり,有給か無給かにかかわらず,14歳未満の者に対して保護責任や権限を有する仕事に就くことを禁止する命令を出すことができる。
 また,合理的な根拠に基づき他人からの傷害又は財産的損害の恐怖を感じている者は,治安判事等に告発状を提出することができ,提出を受けた治安判事等は,当事者を呼び出し,証拠により告発者の恐怖に合理的な根拠があると判断した場合には,被告発者に対し,12か月を超えない一定期間,平穏を保ち(keep the peace),善行を保持する誓約を行うことを命ずることができる。その際,必要に応じ,告発者やその家族が生活する一定の地域への立ち入りを禁止したり,直接的又は間接的に接触することを禁止する遵守事項を加えることもできる。この誓約に違反したり,誓約を拒否した場合には,12か月を超えない範囲で,刑務所に収容することができる。