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 平成11年版 犯罪白書 第5編/第7章/第6節/2 

2 刑事司法における被害者の法的地位及び被害者施策

 (1)被害者の権利
 犯罪被害者の権利に関しては,憲法上,裁判手続における陳述権及び救助請求権についての規定が定められており,刑事被害者は,法律の定めるところにより,事件の裁判に際して陳述することができ(憲法27条5項),他人の犯罪行為により,生命又は身体に対する被害を受けた場合は,法律の定めるところにより,国家から救助を受けることができる(同30条)とされている。
 (2)被害者に対する情報提供
 犯罪被害者への情報提供についての包括的な規定はないが,刑事訴訟法の規定により,被害者は告訴することができ,告訴のあった事件に関し,検事が公訴を提起し,又は公訴を提起しない処分等をしたときは,7日以内に書面で告訴人にその旨を通知しなければならず,さらに,検事は,告訴のあった事件に関して公訴を提起しない処分をした場合において,告訴人から請求があるときは,7日以内に,告訴人にその理由を書面で説明しなければならないとされている。
 また,「訴訟促進等に関する特例法」(本節2(5)参照)に基づき,犯罪被害による賠償を法院(我が国の裁判所に当たる。)に申請した被害者及び代理人は,訴訟を顕著に遅延させない範囲内で,裁判官の許可を得て,訴訟記録を閲覧できる。なお,家庭内暴力処罰法に基づいて,被害者の保護のために行為者に対して隔離などの臨時措置がとられた場合は,家庭保護事件を管轄する法院は,被害者にその旨を通知するほか,審理期日,保護処分の決定等を通知しなければならないとされている。
 (3)被害者の刑事司法への関与
 刑事訴訟法上,犯罪による被害者は告訴することができるが,告訴の制限として,自己又は配偶者の直系尊属については告訴することができないとされている。しかし,性暴力犯罪処罰法上の性暴力犯罪及び家庭内暴力処罰法上の家庭内暴力犯罪については,刑事訴訟法上の規定にかかわらず,被害者は,自己又は配偶者の直系尊属を告訴することができる。また,刑事訴訟法上,親告罪の告訴期間については6か月と規定されているが,この期間が,性暴力犯罪については1年に延長されている。
 犯罪被害者は,検事の不起訴処分に対して不服があるときは,管轄高等検察庁の長への抗告及び検事総長への再抗告をすることができ,検事総長への再抗告が棄却され,これに不服であるときは,憲法上保障された基本権の侵害を理由として,憲法裁判所に憲法訴願審判を請求することができる。また,公務員による職権濫用等の罪については,管轄高等法院に,その当否に関する裁定を申請することができる。
 なお,家庭内暴力処罰法では,検事が家庭内暴力犯罪について,家庭保護事件として処理し,あるいは法院が事件を家庭保護事件の管轄法院に送致する場合には,被害者の意思を尊重しなければならないとされている。また,被害者は,同法の規定による保護処分の執行に行為者が応じない等の事由があるときは,保護処分を取り消して事件を対応する検察庁に送致するよう請求することができるが,行為者の性行が矯正され,正常な家庭生活が維持できるようになったときは,保護処分の終了を請求することができる。さらに,被害者は,同法に基づく行為者に対する不処分の決定が著しく不当であるときは,抗告することができる。
 一方,犯罪被害者は,憲法上,裁判手続における陳述権が認められており,刑事訴訟法においては,被害者は,裁判において陳述することを申請することができ,その場合,法院は,被害者を証人として尋問し,当該事件についての意見を陳述する機会を与えなければならないと定められている。
 なお,家庭内暴力処罰法による家庭保護事件においては,被害者は,弁護士,法定代理人・配偶者・直系親族・兄弟姉妹,戸主,相談所等の相談員又はその長をして,代理に意見を陳述させることができる。
 (4)刑事司法における被害者に対する保護
 刑事訴訟法上,証人の陳述の自由を確保するために,法廷外での尋問及び被告人又は特定の在廷人の退廷に関する規定が定められている。さらに,性暴力犯罪処罰法の対象となる事件では,被害者は,公判期日に出廷して証言することが著しく困難な事情があるときは,検事に対し,判事に証拠保全請求を行うよう要請することができる。また,同法の規定する特殊強盗強姦等の犯罪の被害者について,捜査機関が調査をするときは,被害者の申請により,被害者が指定する者を同席させることができ,法院が証人尋問を行う場合は,検事又は被害者の申請により,被害者と信頼関係にある者を同席させることができる。
 一方,被害者や証人の身辺等の保護に関しては,1990年に制定された,基本的倫理と社会秩序を侵害する,殺人,強盗などの凶悪犯罪に対する処罰と手続に関する特例を規定した「特定強行犯罪の処罰に関する特例法」(以下「特定強行犯罪特例法」という。)の規定により,特定強行犯罪事件の被告人が,被害者その他事件の裁判に必要な事実を知っていると認められる者等の生命,身体,若しくは財産に害を加えるおそれがあると信ずるに足りる十分な理由があるときは,法院は,職権又は検事の請求により,決定で保釈又は拘束の執行停止を取り消すことができるとされている。また,検事は,事件の証人が,被告人その他の者から生命,身体に害を受け,又は受けるおそれがあると認められるときは,管轄警察署長に証人の身辺安全のために必要な措置をとるように要請しなければならず,証人及び裁判長は,そのような措置をとるよう検事に要請することができる。検事から要請を受けた警察署長は,直ちに,証人の身辺安全に必要な措置をとらなければならないとされている。なお,この証人の身辺安全の措置に関する規定は,性暴力犯罪に関しても準用されている。
 家庭保護事件においては,判事は,被害者の保護等のため必要なときは,行為者に対して,[1]被害者の住居からの退去,[2]被害者の住居,職場等から100メートル以内に近づくことの禁止,[3]医療機関その他療養所への委託,[4]警察の留置場への留置等の臨時措置をとることができる。
 なお,「特定犯罪加重処罰等に関する法律」(1966年制定)に,自己若しくは他人の犯罪についての捜査,又は裁判での証言,資料提做等に対する報復として殺人,傷害,暴行,逮捕監禁又は脅迫の罪を犯した者に対する加重処罰の規定が設けられている。
 さらに,被害者のプライバシーの保護に関しては,性暴力犯罪処罰法及び家庭内暴力処罰法の規定により,法院は,性暴力犯罪に対する審理及び家庭保護事件の審理に際しては,私生活の保護等のために必要と認めるときは,審理を非公開とすることができ,被害者及びその家族は,非公開を申請することができるとされている。また,特定強行犯罪特例法,性暴力犯罪処罰法及び家庭内暴力処罰法は,被害者の個人情報の秘匿について規定しており,被害者を特定できるような事項,写真等の新聞等出版物への掲載及び放送が禁止されている。
 (5)刑事司法における被害救済・被害回復
 刑事手続における被害救済・被害回復の制度としては,1981年3月1日に施行された「訴訟促進等に関する特例法」に基づく賠償命令の制度がある。これは,刑法犯のうち傷害,重傷害,傷害致死,暴行致死傷,過失致死傷,窃盗・強盗,詐欺・恐喝,横領・背任及び損壊の罪について有罪の宣告がなされる場合,法院は,職権又は被害者の申請に基づき,被告事件の犯罪行為によって発生した直接的な物的被害及び治療費損害の賠償を命じることができるとするもので,上記の特定の罪及びそれ以外の罪に対する被告事件において,被告人と被害者との間で損害賠償額に関する合意が成立している場合にも,当該賠償額について賠償を命じることができるとされている。
 V-90表は,1988年から1997年までの10年間における賠償命令事件の申請 及び処理状況を示したものである。賠償命令申請件数は,制度発足直後には 年に1,000件以上に上り,1985年には2,259件に達したが,その後は減少し, 1990年は521件となっている。近年,申請件数は,1,000件前後で推移してい る。処理件数に対する認容件数を示す認容率は,30%から40%前後で推移している(韓国犯罪白書による。)。
 なお,家庭内暴力処罰法にも,被害者の損害回復についての規定が設けられており,被害者は,家庭保護事件が係属した法院に対して,賠償命令を申請することができることとされており,法院は,保護処分を宣告する場合,行為者に対し,[1]被害者又は家庭構成員の扶養に必要な金銭の支払,[2]事件により発生した直接的な物的被害及び治療費損害の賠償を命じることができる。

V-90表 賠償命令事件の申請及び処理状況

 (6)その他の法的保護
 性暴力犯罪処罰法では,性暴力犯罪の被害者に対する不利益処分の禁止に関する規定が設けられており,被害者が被害を受けたことによって更に不利益を被ることのないよう,被害者を雇用している者は,性暴力犯罪と関連して被害者を解雇し,又はその他の不利益を与えてはならないとされている。