2 刑事司法における被害者の法的地位及び被害者施策 (1)被害者の刑事司法への関与 ドイツにおける犯罪被害者の刑事手続への関与に係る制度としては,[1]私人訴追,[2]訴訟参加,[3]附帯私訴等の制度があるほか,すべての被害者に[4]任意的な手続関与権(FakultativeBetei11gungsrecht)が認められている。 私人訴追制度は,住居侵入罪,侮辱罪,信書の秘密に対する侵害罪等一定の軽微な犯罪について,検事局(Staatsanwaltschaft)が公訴を提起するかどうかにかかわらず,被害者が訴追することができるとする制度である(刑事訴訟法374条)。私人訴追の手続においては,公訴における検察官の地位を私人訴追者が引き受けることとなるが,私人訴追者及び被告人の出頭義務は軽減されており,弁護士の代理が認められている。検事局は,私人訴追者とは別に自ら公訴を提起する権限を有しているが,私人訴追の対象となる犯罪については「公共の利益」が存するときに限り公訴を提起することができるとされている。また,私人訴追者は,訴訟費用の予納義務を負い,裁判所は,行為の責任が軽微であると認めたときは,いつでも手続を打ち切ることができ,手続が打ち切られたときの訴訟費用は,私人訴追者が負担することとされている。 なお,1997年のドイツの司法統計によると,全国の区裁判所における刑事第一審事件の処理件数81万8,587件のうち,公訴に係るものが57万3,486件,検事局による略式命令(Strafbefehl)請求に係るものが17万9,575件,私人訴追に係るものが1,791件等となっている。 訴訟参加制度は,一定の犯罪について公訴が提起されたとき,被害者がこれに参加人(Nebenkl且ger)として加わることができる制度である(刑事訴訟法395条1項本文及び同法397条)。被害者保護法による刑事訴訟法の改正以前は,訴訟参加し得る範囲は私人訴追が行える者に限定されていたが,この改正によって,その範囲が,[1]保護者,監督者等による性的乱用(sex一ue11erMiBbrauch),強姦,性的強要等の犯罪の被害者,[2]侮辱,悪評流布,ひぼう等の犯罪の被害者,[3]遺棄,傷害,虐待等の犯罪の被害者,[4]人身奪取,ら致,誘拐,人質等の個人的自由に対する犯罪の被害者,[5]謀殺未遂及び故殺未遂の被害者,[6]違法行為による死者の親族等に広げられた。訴訟参加人は,証人として尋問される場合であっても,公判に在廷する権限を有しており,私人訴追者の地位に関する刑事訴訟法の規定が準用されるほか,[1]裁判官又は鑑定人を忌避する権限,[2]質問権,[3]裁判長の命令及び質問に対する異議申立権,[4]証拠を申請する権限,[5]陳述権に加え,弁護士を付けるための訴訟費用援助(ProzeBkostenhilfe)も認められる。 附帯私訴制度は,被害者又はその相続人が,犯罪から生じた,被告人に対する財産権上の請求を刑事手続において行うことができるとする制度である(刑事訴訟法403条)。附帯私訴においては,被害者は公判に関与する権限を有しているが,訴訟参加人に認められているような権限は有しておらず,また,裁判所は,附帯私訴の申立てが刑事手続において処理するのに適当でないとき,特に申立てについての審理が手続を遅延させるおそれがあるとき,又は申立てが不適法なものであるときなどには,申立てに関する裁判をしないこととすることができるとされている。なお,被害者保護法による刑事訴訟法の改正により,申立てをした被害者に対する訴訟費用援助が認められた。 このほか,被害者保護法による刑事訴訟法の改正により,すべての被害者に対して任意的な刑事手続への関与権が認められ,その具体的内容として,[1]訴訟結果等の通知を請求する権利,[2]記録の閲覧権,[3]弁護士の援助を受ける権利が規定された(刑事訴訟法406条dからh)。訴訟結果等の通知に関しては,被害者の請求があれば,裁判所の手続が被害者に関係しているものである限り,その結果を通知しなければならないとされている。また,記録の閲覧については,弁護士は,そのことに正当な利益がある旨を立証する場合に限り,被害者のために,裁判所に提出された記録又は公訴提起の場合に裁判所に提出されることになる記録を閲覧し,職務上保管されている証拠物の閲覧をすることができるとされているが,記録の閲覧が,被疑者,被告人その他の者の保護に値する優先的利益に反する場合,記録閲覧により捜査目的が阻害されるおそれがある場合,又は記録閲覧により手続が著しく遅延すると思われる場合には,閲覧の許可をしないことができることとされている。さらに,被害者は,刑事手続において弁護士の援助を受けることができ,又は弁護士に代理させることができるが,その費用については被害者自身が負担することとされている。 なお,これらの権限の行使の要否及び行使する場合の範囲については,被害者の自由意思にゆだねられている。 (2)被害者の保護 裁判所は,公判段階において,犯罪被害者を保護するため,被害者の個人的な生活領域に関する事柄が話題となり,公判手続の公開による利益が,その公開によって損なわれる保護に値する利益に優越しない場合に限り,あるいは,16歳未満の者が尋問されるときは,公判手続を非公開とする旨の決定をすることができるとされており(裁判所構成法(Gerichtsverfassungs一gesetz)171条b及び172条4号),また,被告人の面前での尋問が,16歳未満の証人について,その福祉に重大な不利益をもたらすおそれがある場合,又はその他の証人について,その健康に重大な不利益をもたらす切迫した危険がある場合は,裁判所は当該証人の尋問中被告人の退廷を命じることができるとされている(刑事訴訟法247条)。 一方,証人尋問が性犯罪など一定の犯罪を対象とする場合において,証人に弁護士の立会人(anwalt11cherBeistand)がなく,証人が尋問に際して自己の権限を自ら行使することができず,かつ,その証人の保護に値する利益を他の方法では考慮し得ないことが明白であるときは,検事局の同意を得て,弁護士である立会人を付き添わせることができるとされている(刑事訴訟法68条b)。さらに,公判における在廷証人の尋問が,証人の福祉に重大な不利益を与える明白な危険があり,被告人の退廷や裁判の非公開によってこの危険を除去できないときには,裁判所は証人が尋問の間,他の場所に滞在することを命じることができ,証言の映像及び音声は,テレビカメラを利用して同時に法廷に送られる(同法247条a)。また,被害者が16歳未満の場合,又は証人について公判で尋問し得ないおそれがあり,記録することが真実究明にとって必要な場合には,証人尋問をビデオテープに記録することができ(同法58条a),強姦,性的強要等の性的自己決定(sexue11e Selbst-bestimmung)に対する犯罪,被保護者虐待,生命に対する犯罪について,16歳未満の証人を尋問する場合においては,被告人及び弁護人が参加の機会を与えられたときに限り,裁判官が事前に行った尋問を記録したビデオの上映によって,証人の尋問に代えることができる(同法255条a)。 また,証人の不名誉となるおそれのある事実又はその個人的生活領域に関する質問は,それが必要やむを得ない場合に限り行えることとされている(刑事訴訟法68条a)。 (3)刑事司法における被害救済 犯罪被害者の被害回復に資する制度としては,軽非につき,検事局は被疑者に対し,損害の弁償のために一定の給付を行うこと等の賦課条項を課して,公訴提起を見合わせ,被疑者がこれを履行等したときは手続を打ち切ることができ,既に公訴が提起されている場合には,裁判所も同様の処理を行うことができるとされている(刑事訴訟法153条a及び同条b)。また,裁判所が量刑に当たり考慮すべき事項として,加害者の行為後の態度,特に,損害を弁償をするための努力のほか,被害者との和解を達成させるための加害者の努力が挙げられており(刑法46条),加害者が被害者との和解の達成に努める過程で,その行為による損害のすべてあるいは大部分を弁償し,又は弁償しようと努力した場合には,刑を軽減・免除できる(同法46条a)。さらに,裁判所は,保護観察のために,刑の執行の延期を決定するに当たり,損害回復のための努力を考慮すべきこととされ(同法56条),保護観察のために,刑の執行の延期を言渡すに際し,損害回復に役立つ遵守事項を課することができる(同法56条b)。 このほか,被害回復に資する制度として,前記の附帯私訴制度があるほか,罰金刑の執行の結果,有罪判決を受けた者の財産状態が悪化し,被害者の損害回復が著しく困難となる場合は,執行官庁は,罰金刑執行の緩和(支払猶予又は分納)を許可できることとされている(刑事訴訟法459条a)。 また,加害者又は共犯者が違法行為の公開の叙述に関して第三者に対して取得する債権上に,損害賠償請求権を担保するための質権が存在するものとされている(被害者民事請求法1条)。 さらに,ドイツでは,明文の規定はないものの,成人である加害者と被害者との和解プロジェクトが各地で実施されている。その手続の概要は,検察官において,担当する事件が加害者と被害者との和解に適すると判断した場合は,事件を必要な事件記録と共に,和解を行う機関に移送し,和解を行う機関においては,加害者と被害者に面接するなどし,両者が損害回復の方法について合意に達して,加害者が取り決められた損害回復を行った場合には,検察官にその旨報告し,その結果,検察官が,裁判所の同意の下に,刑事手続の打ち切りを行うことができるというものである。 和解プロジェクトは,ドイツ連邦司法省発行の資料によると,1989年には約2,100件,1992年には約5,100件,1995年には約9,100件行われている。
|