2 刑事司法における被害者の法的地位及び被害者施策 (1)被害者の権利 1980年代初めから,アメリカの各州で,犯罪被害者に対し,刑事司法において,公正で,かつ,被害者の尊厳とプライバシーを尊重した取扱いを受ける権利,手続その他に関する情報提供を受ける権利,公判手続に在廷する権利,加害者からの威迫・報復等からの保護を受ける権利,被害弁償等を受ける権利等を認め,これを被害者の権利の章典(Victims′ Bi11 0fRights)という形で,法律に制定する動きが拡大し,連邦でも,1990年の犯罪統制法により,被害者の権利の章典とされる規定が設けられた。 さらに,1982年以降,州憲法を修正して被害者の権利を規定する動きが各州で進展し,1998年末現在,32州(州最高裁判所で,被害者権利規定が違憲とされたオレゴン州を除く。)に及んでいる。連邦では,1982年の委員会報告の中で,被害者の権利規定を被告人の権利規定である修正6条に付加する憲法修正案の提示が行われ,その後,1996年に初めて,憲法修正案が議会両院に提出されたが,1999年6月末現在,未成立である。 なお,これら被害者の権利は,連邦法及び州憲法の多くでは,権利が認められなかった場合に訴訟原因(cause of action)となるものではないとするなど,その執行力(enforceabi11ty)を制限する規定が置かれているが,州によっては,その実現状況に関する監査制度やオンブズマン制度を設けているところもあり,連邦法では,各法執行機関は,規定されている被害者の権利を実現するため最大限の努力を払わなければならないとされ,毎年1回,司法長官に対して,その努力の状況に関する報告書を提出することとされている。 (2)被害者に対する情報提供 犯罪被害者に対する情報提供は,被害者の権利の中で,最も基本的なものの一つと位置づけられている。連邦では,各法執行機関は,被害者・証人援助を担当する職員(以下,本節において「担当職員」という。)を指名しなければならず,担当職員は,被害申告の受理後速やかに,緊急の医療・社会サービス,カウンセリング等の支援プログラムや被害の弁償又は補償等を受ける権利のあること並びに上記サービス・プログラムの所在地・連絡先及び弁償又は補償の申請方法を被害者に通知しなければならないとされ,また,加害者に係る刑事司法手続に関しても,捜査の進行状況,逮捕,起訴,裁判日程,身柄の状況,事実認定の結果,判決の量刑,仮釈放可能時期,判決後の仮釈放の聴聞日程,逃走・ 一時帰休・釈放・死亡等を通知しなければならないとされている。なお,各州においても,これらと同様の情報について,被害者に通知を受ける権利を認め,通知機関を規定する州が多い。 (3)被害者の刑事司法への関与 犯罪被害者が刑事司法手続に出席し,意見を陳述することは,被害者の尊重のために重要な手段であると考えられている。アメリカの刑事司法制度では,量刑手続が事実審理手続と分離されているが,量刑手続において,被害者が,その被った被害の影響に関する陳述(Victimimpactstatement)を行う権利を認めている州もあり,被害者が被った被害の影響に関する証拠(Victim impact evidence)を量刑前報告書(presentencereport)に登載することとされている州も含めると,すべその州において,量刑に際し,被害者が被った被害の影響について考慮する手続がとられている。連邦では,量刑前報告書に,被害者への経済的,社会的,心理学的及び医学的影響に関する評価を記載することとされているほか,暴力犯罪・性的虐待に係る事件又は死刑求刑事件の被害者に対しては,量刑手続において,量刑に関連する陳述・情報の提示又は死刑を科すべき加重事由に関連する被害の影響等に関する陳述を行う機会が,それぞれ認められている。 また,多くの事件が検察官側と被告人側の答弁取引(pleabargaining)によって実質的に終結することから,この過程において,被害者の意見を求めたり,検察官が被害者と協議し,説明するなど何らかの被害者の関与の権利を認めている州も多い。もっとも,この権利は,被害者に答弁取引に関する決定権を与えるものではない。また,連邦では,検察官は,答弁取引に関する被害者の意見を考慮するよう努力を払うこととされている。 このほか,保釈手続,仮釈放の聴聞手続,恩赦の聴聞手続等において,被害者に意見陳述の権利を認めている州も多い。連邦では,家庭内暴力に係る事件において,公判前の保釈の決定に関し,被害者が加害者の危険性について陳述することが認められている。 なお,被害者が公判手続に在廷する権利を認めている州も多いが,被告人の権利と抵触しない限りにおいてという限定を付す州も多い。連邦では,被害者は,事実審理手続において他の証言を聞くことによって,被害者の証言が影響されるおそれがある場合を除いて,すべての公判手続に在廷する権利を有し,量刑手続において意見陳述する可能性があることを理由として,事実審理手続から排除されてはならないとされている。 (4)刑事司法における被害者に対する保護 犯罪被害者や証人を加害者による威迫から保護することは,刑事司法への協力を得るために重要であることから,半数以上の州で,被害者に加害者からの保護を受ける権利を規定しており,また,被害者に対し,加害者からの保護の方法その他の情報を通知しなければならないとする州も多い。このほか,被害者に対する危険を理由に公判前の保釈を却下することを認めるなど,その要件を厳しくする法改正を行ったり,裁判所において,加害者側との待合室の分離を規定する州も多い。このような法律上の手段以外に,法執行機関や検察官は,一般的な証人保護プログラムを運用しており,被害者の転居等を含め,加害者による威迫・報復の危険を減少させるための援助を行っている。連邦では,担当職員は,被害者を加害者側から保護するために必要な措置を講じなければならないとされており,また,被害者,証人及び情報提供者に対する証言等の妨害や報復を目的とする殺人,傷害,脅迫行為等の加重処罰規定を設けている。なお,組織犯罪又はその他の重大な犯罪に係る手続において,連邦又は州政府のための証人又は証人となる可能性のある者等に対し,転居及びその他の保護を与える証人保護プログラムが,連邦執行官(United States Marshals)によって実施されている。 このほか,児童である被害者に関しては,種々の保護規定を設ける州も多く,連邦でも,身体的・性的虐待等の被害者及び証人で18歳未満の者(以下,本節において「児童被害者」という。)に関する種々の保護規定が設けられており,氏名その他の情報等を手続上秘匿すること,児童被害者が恐怖のために証言できないなどの要件の下での,テレビ(c10sed circuit tele-Vision)による証人尋問やビデオテープによる証言の録画,証言の際に成人の付添いを受けることなどが認められている。 (5)刑事司法における被害回復 アメリカでは,刑事裁判において,刑の宣告猶予やプロベーションの条件等として,被告人に,被害回復,賠償等を含む被害弁償命令(restitution order,以下,本節において「弁償命令」という。)を科することが,比較的古くから行われてきたが,1982年の委員会報告は,犯罪被害者が経済的損失を被った事案においては,連邦及び州の裁判所等は,この弁償命令を原則として言い渡さなければならず,言い渡さない場合にはその理由を記録に明確にすることとするよう勧告した。その後,弁償命令が,被害者の刑事司法に対する満足度に重大な影響を及ぼす要因の一つであり,また,犯罪者に対する更生の効果をも持つという認識が広まり,現在では連邦及びすべての州において,弁償命令に関する規定が設けられ,さらに,弁償すべき損害・被害者の範囲の拡大及びその命令・執行方法に関する改善が行われている。 現在,各州における弁償命令には,弁償を求め得る者の範囲について,犯罪による直接的な身体的被害・経済的損失を被った被害者本人に限らず,その家族,被害者への援助を行った支援団体等を含むものもあり,弁償すべき損害についても,精神的治療や社会復帰のための治療の費用,逸失利益,引っ越し等の費用や犯罪被害に伴う旅費,葬儀代等まで拡大されてきているが,弁償命令が必要的かどうかについては,州によって規定が分かれている。また,賠償額の算定に資するため,損害額又は被告人の支払能力に関する情報を量刑前報告書に含めることとする州も多いほか,弁償命令の執行に資するため,41州(1995年末現在,全米犯罪被害者センターの資料による。)で弁償命令に基づく民事執行を認めている。また,矯正施設における刑務作業賃金による支払いによって弁償命令を履行させるとする州,被害者援助団体を含む私的団体に回収を請け負わせる州などもある。 また,連邦では,裁判所は,すべての事件において弁償命令を科する権限を有し,性的虐待や暴力犯罪等の一定の犯罪の場合は,原則として弁償命令が必要的とされている。弁償命令を科するに当たっては,プロベーション・オフィサーが弁償命令に必要な情報を提供する。また,弁償命令は,民事執行が可能であり,支払のない場合には,プロベーションの取消し等多様な措置が執られる。 このほか,被害弁償に関しては,州以下のレベルで行われている被害者加害者和解プログラム(Victim Of fender Reconci11ation Program)がある。これは,いわゆる修復的司法(restorativejustice)の考え方に基づくもので,中立の第三者として助言する調停者の参加の下に,被害者と加害者が直接話し合い,相互の感情を吐露しつつ,被害弁償その他の合意を形成するプログラムとして,主に軽微な財産犯等の事件で導入されている。
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