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 平成11年版 犯罪白書 第5編/第1章 

第5編 犯罪被害者と刑事司法

第1章 序  説

 近年,我が国では,犯罪被害者の問題について国民の関心が高まっている。昭和49年8月に発生した過激派集団による無差別爆破事件を契機に,このような爆弾事件やいわゆる通り魔事件の被害者が,実質的にほとんど救済されていなかったという実情から,犯罪被害者や遺族に対する国による対応を求める世論が高まり,55年には犯罪被害者等給付金支給法が制定され,生命・身体を害する犯罪によって死亡した被害者の遺族又は重障害を受けた被害者に対して,一定の範囲で国家による給付金の支給を行う制度が導入された。さらに,平成7年3月20日に発生した地下鉄サリン事件等を契機に,被害者が犯罪による直接的な被害のみならず,精神面,生活面,経済面等において様々な被害を受けていることについて国民の認識が深まるとともに,その後の刑事司法過程において,いわゆる二次的被害を受けて被害者の精神的被害が更に深くなる場合があることなどが問題とされ,被害者の保護・支援に対する関心が高まっている。
 このような状況の下で,近時,刑事司法機関等においても,犯罪被害者の保護等の観点から様々な取組が行われている。警察では,平成8年2月に,被害者対策に関する基本的事項をとりまとめた被害者対策要綱が制定され,11年6月には,犯罪捜査規範が改正されて,被害者の心情を理解し,その人格を尊重することとする規定のほか,被害者に対する捜査経過等の通知,被害者の身辺の保護を行うこととする規定などが設けられた。また,検察庁においても,同年4月から,事件処理結果,公判期町判決結果等を被害者等に通知する被害者等通知制度が全国的に統一して実施されている。さらに,法務省においては,刑事手続における犯罪被害者の保護等に関する法整備に向けた検討が行われている。
 他方,総理府に設置された男女共同参画審議会では,平成11年5月27日,女性に対する暴力に関する基本的方策に係る初めての答申を行っているが,同答申では,女性に対する暴力の被害者に対する援助・救済の充実の必要性などが指摘されている。
 また,被害者支援の民間ボランティア組織が各地に誕生して,被害者支援ネットワークを作って活動している。
 諸外国においても,1960年代から犯罪被害者に対する国家補償制度が導入されるようになり,1970年代には,各国で民間ボランティアを中心とした犯罪被害者支援組織が活動を開始した。さらに,1980年代以降,刑事司法手続における被害者の保護及び法的地位の確立に関する法律の制定など,被害者支援のための様々な施策が行われており,1985年には,国連総会において,1犯罪及び権力濫用の被害者に関する司法の基本原則の宣言」が採択されている。
 このように,近年,犯罪被害者の問題に対する社会的関心が高まり,刑事司法機関等においても被害者支援のための各種の施策がとられており,犯罪被害者をめぐる問題は,現下の刑事政策上の重要な課題の一つであるといえる。
 このような状況を踏まえ,本特集では,犯罪被害の実態を明らかにするとともに,刑事手続における被害者に対する配慮及び被害者救済の実情を紹介し,併せて,諸外国における被害者施策を概観することとした。
 本編の特集は,「第1章 序説」のほか,「第2章 犯罪被害とその国家的救済」,「第3章 犯罪被害の実態と被害者の捜査・裁判に関する認識・要望等」,「第4章 犯罪被害の回復等の実態」,「第5章 加害者が長期刑で受刑中の犯罪被害者等の意識」,「第6章 犯罪被害に対する加害者の意識」,「第7章 諸外国における被害者施策」及び「第8章 むすび」の全8章で構成されている。
 この特集に当たっては,各種の公刊されている統計資料等のほか,被害の実態や被害者等の意識,刑事司法機関に対する要望等を把握するため,平成9年1月1日から11年3月31日までの間に有罪判決の言渡しがあった事件の被害者等に対する特別調査及び9年9月30日現在で加害者が長期刑で受刑中の生命・身体犯の被害者等に対する特別調査を実施したほか,加害者の犯罪被害及び被害者に対する意識・感情等を明らかにするため,全国の刑務所及び少年院に収容されている者に対する特別調査を実施しており,これらの結果については,第3章,第5章及び第6章で紹介している。さらに,法務省刑事局が実施した「犯罪被害の実態調査」の結果に基づき,被害回復状況等やこれらと処分内容との関係についても分析を行っており,その結果は第4章で紹介している。