第3章 おわりに おわりに,我が国における近年の犯罪情勢は,どのように総括されるのか,また,今後の刑事政策上の対応を迫られている課題として,どのようなことが指摘されるべきかについて触れることとする。 近年の犯罪動向を見ると,刑法犯(交通関係業過を含む。)の認知件数は,昭和50年以降,ほぼ一貫して増加傾向を示し,平成8年には戦後の最高数値を更新し,前年比で1.2%増加の約246万6,000件となっているものの,その内訳は,窃盗が64.4%,交通関係業過が26.5%を占めており,この比率は過去10年の間に大きな変動は認められない。また,特別法犯(道交違反を含む。)の検察庁新規受理人員を見ても,8年は前年比で3.9%増加の約113万4,000人となったが,道交違反を除けば前年比で4.1%減少の約9万1,000人となっている上,過去10年間,特別法犯の受理人員中の90%以上は道交違反が占めている。このように,近年の犯罪情勢全般については,統計数値の上から見る限り,全体として顕著な変動はなく,おおむね平穏に推移しているといえよう。しかしながら,内容的には予断を許さないいくつかの犯罪動向も見受けられないではない。 凶悪犯罪に関しては,近年,強盗の増加傾向がうかがえる上,無差別大量殺人事件,銃器を使用した一般市民に対する強盗殺人事件等,従来の我が国においては見られなかったような異質な凶悪犯罪が日常身辺に発生する状況に至っている。また,銃器を使用した殺人事件,金融機関等を対象とした強盗事件も多発し,けん銃が,暴力団勢力以外の一般社会に拡散しつつある傾向がうかがえる。凶悪犯罪に対しては,言うまでもなく,検挙の徹底と厳正な処分,発生要因の分析,再発の防止に向けた関係諸機関の努力が求められるところである。特にけん銃に係る事犯に関しては,けん銃対策を目的とした銃刀法の改正も重ねられてきているが,さらに,けん銃の密輸入の防止という観点からの一層の国際協力も期待されており,暴力団勢力は,けん銃の押収先の中で大きな割合を占め,供給元としてかかわることもあり,暴力団対策は,依然として,けん銃取締りに重要な手段となるものと思われる。 次に,覚せい剤事犯が近時急増するなど,薬物濫用が引き続き大きな社会問題となっている。特に,近年,来日外国人による薬物事犯の増加や覚せい剤事犯の少年を含む社会各層への広がりが目立っているほか,相変わらず暴力団の深い関与も認められる状況にある。さらに,薬物濫用の影響による副次的な犯罪や事故も後を絶たないように思われる。こうした事態に対処するため,麻薬特例法の制定等,立法面での措置をはじめ,さまざまな対策が採られてきているが,今後も,濫用薬物の多様化,事犯の悪質巧妙化・潜在化・国際化が一層進むととが懸念されるなか,総合的な薬物濫用対策の一層の充実に加えて,刑事司法諸機関においては,薬物犯罪に的確な対応が求められているものと思われる。 暴力団に目を向けると,暴力団対策法の制定後,対立抗争事件の発生回数の急減,暴力団組織及び暴力団員の減少等の効果が認められる。しかし, 一方で,大規模団体による寡占化が進み,覚せい剤事犯,恐喝,ノミ行為等の伝統的な資金獲得活動と併せ,暴力団がその威力を背景にした企業経営を行ったり,関与するなどして,資金獲得活動の巧妙化が認められる。こうした情勢の下,平成9年6月には準暴力的要求行為を定めた暴力団対策法の改正が行われたが,この効果が期待されている。 さらに,我が国社会の国際化の進展に伴い,近隣諸国の外国人による集団密航等の不法入国事犯,不法就労等を目的として来日した外国人の不法残留事犯,来日外国人による刑法犯や薬物事犯の増加等は,今日,大きな社会問題となり,国民の間に危機感を抱かせるに至っている。このような犯罪者の面での国際化現象に加えて,犯罪地が外国であったり複数国にまたがったりするなど,犯罪そのものの国際化現象も見受けられる。刑事司法諸機関においては,関係機関と緊密な連携を保ちながら的確な対応を行う必要があるとともに,捜査共助・犯罪人引渡し等についての国際協力,国際組織犯罪の問題(薬物,マネー・ローンダリング等)についての国際連合,サミット等での取組,その他の犯罪防止のための国際的な諸活動等の分野においても,我が国の果たすべき役割の重要性は更に増すものと予想される。 少年非行については,昭和50年代後半には30万人を超えていた刑法犯検挙人員が近年は20万人前後で推移しているものの,殺人・強盗等の凶悪事犯が近年増加の傾向にあり,悪質な事案が後を絶たない。少年非行は,社会全体が大きく変化する中で,そのありようも大きく変化してきており,これに対する取組は,刑事司法諸機関とこれに関係する民間の協力団体だけでは十分に行えるものではなく,教育・福祉機関,更には一般市民を含めた幅広い議論の積み重ねの中で,関係機関等の連携に基づいた,より適切な,時代の要請に即応した具体的な方策を検討していくことが求められているように思われる。 これらに加えて,現在の我が国が抱えている政治,経済,教育その他各方面にわたる困難な問題や不安定な事態などは,一般的に犯罪抑止要因のぜい弱化をもたらしかねないともいえるし,各種犯罪は,複雑・高度化しつつある社会の諸情勢の変動に伴ってますます複雑・巧妙化,多様化の様相を強め,科学技術の進歩に伴う新しい形態の犯罪が出現することも十分に予想されるところである。今後の犯罪情勢には警戒を要すべき点も多い状況下にあって,刑事司法諸機関には,変動する社会情勢の推移と犯罪情勢の変化を十分に把握し,良好な治安を維持するための工夫と不断の努力が求められている。
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