死刑と無期刑との選択の基準については,永山一次上告審判決が,「犯行の罪質,動機,態様ことに殺害の手段方法の執拗性・残虐性,結果の重大性ことに殺害された被害者の数,遺族の被害感情,社会的影響,犯人の年齢,前科,犯行後の情状等各般の情状を併せ考察したとき,(その罪責が誠に重大であって,罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむをえないと認められる場合には,死刑の選択も許される」旨判示し,その後の判決における量刑は,これを基準として行われている。そこで,以下においては,永山一次上告審判決後の裁判実務において,同判決の指摘した量刑因子が死刑と無期刑の選択に当たってどの程度重視されているかを大局的に把握するため,調査対象とされた事件(ただし,本項では,昭和60年1月1日血降平成6年12月31日までに確定した事件に限ることとした。以下,この対象期間を「60年代」という。)の判決書を基に,分析を試みた。
なお,法務総合研究所においては,かつて,殺人及び強盗致死の罪名で昭和27年から29年(以下「20年代」という。),37年から39年(以下「30年代」という。),47年から49年(以下「40年代」という。),57年から59年(以下「50年代」という。)に,死刑又は無期刑の判決が確定した全事件(ただし,第一審裁判所が地方裁判所支部であったものを除外した。)について,死刑と無期刑の量刑の実態を検証した調査・研究を行っており(「殺人及び強盗致死事件に見る量刑の変遷と地域間較差」(法務総合研究所研究部紀要30号(1987年)。以下「1987年量刑研究」という。),本項においては,必要に応じて,この「1987年量刑研究」に示された統計との比較も試みることとする。
また,本項においては,60年代において,死刑が選択されながら心神耗弱が認定されたために刑が軽減されて無期刑が科されたもの(5人)については,「1987年量刑研究」と同様に,本項における分析の性質上,死刑判決中,に含めることとする。
(1) 結果の重大性
永山一次上告審判決が判示するように,死刑と無期刑との選択の基準としては,被殺害者の数がとりわけ重要な意味をもつものと思われる。そこで,被殺害者の数と量刑の関係を年代別に見たのが,II-32表である。
III-32表 被殺害者数別人員
60年代の殺人において,被殺害者が1名の場合に死刑を選択されたものは8人(14.0%)である。50年代を除いては,いずれの年代においても,殺人で被殺害者が1名の場合シであっても,死刑を選択された例がある。60年代に,被殺害者が1名であっても死刑を選択された8人は,[1]同種前科で無期刑に処せられ,仮出獄中に犯行に至ったもの2人,[2]少年時代に強盗殺人罪で不定期刑に処せられたことのあるもの1人,[3]身の代金目的の誘拐は際して殺人に至ったもの4人,[4]生命保険金騙取の目的で被保険者とした3名のうちの2名に対する殺人計画が予備及び未遂に終わった後,残り1名を絞殺して保険金請求したもの1人である。60年代の殺人で被殺害者が2名以上の場合について見ると,死刑が選択されたものは21人(29.6%),無期刑が選択されたものは50人(70.4%)である。
60年代の強盗致死においては,被殺害者が1名の場合には7人(3.0%)が死刑を選択されている。この7人の中には,[1]同種前科で無期刑に処せられ,仮出獄中に犯行に至ったもの3人,[2]同種前科等による服役を重ね,強盗に用いるためのけん銃を強取する目的で警察官を刺殺したもの1人などが含まれている。一方,被殺害者が2名以上の場合には16人(72.7%)が,死刑を選択されているが,50年代以前のいずれの年代においても,強盗致死で2名以上を殺害した場合に死刑が選哲された者は,50%以上を占めている。
60年代の強盗致死において,被殺害者が2名以上であっても無期刑が選択された6人(27.3%)の事件を見ると,いずれも被殺害者2名の事件である上,その内容は,[1]主犯者が死刑に処せられたものの,対象者は従属的に犯行に関与したとされたもの,[2]いわゆるノックアウト強盗に係る致死事件で被殺害者2名のいずれに対しても殺意が認められなかったとされたもの,[3]被殺害者のうちの1名に対する犯行時,シンナー吸引によるめいていのため心神耗弱の状態にあったとされたものなどである。
(2) 殺意・計画性
ア 殺 意
対象者の犯行時における殺意の有無を年代別に見たのが,III-33表である。
殺人については,50年代まで,調査対象資料を見る限りでは,死刑は確定的殺意のある場合に限って選択されており,未必的殺意にとどまる場合には,被殺害者が複数であっても,無期刑にとどまっていた。しかし,60年代の殺人においては,未必的な殺意であるにもかかわらず死刑を選択されたものが3人ある。この3人は,いずれも被殺害者が2名以上の事件に係るものであり,その事件内容は,[1]保険金入手目的で大の現住す)る建造物に放火し,睡眠中の6名を焼死させたもの2人,[2]被殺害者2名を強姦するに際し又は強姦しようとして,その頚部を扼して死に至らしめたものなどである。
強盗致死について,未必的な殺意しかない場合については,死刑が選択されたものも20年代には見られたが,30年代以降には見当たらない。
なお,実務の上では,強盗致死罪において,殺意のない場合を狭義の「強盗致死」とし,殺意のある場合を「強盗殺人」と区別しているが,狭義の強盗致死については,いずれの年代においても,死刑が選択された例はない。
III-33表 被殺害者数・殺意の有無別人員
イ 計画性
殺害の計画性の有無と量刑の関係を年代別に見たのが,III-34表である。
殺人については,30年代以降のいずれの年代においても,「殺害の計画性なし」の場合にも死刑が選択されている例がある。
60年代の殺人については,「殺害の計画性あり」の場合に死刑を選択されたものの構成比は20.7%,「殺害の計画性なし」の場合のそれは26.8%であって,この構成比を見る限りでは,計画性のない場合には無期刑よりも死刑を選択される比率が高く,一見すると不合理なようにも思われる。しかしながら,殺害の計画性がなかったにもかかわらず死刑を選択された11人の具体的事件内容について見ると,第一に,被殺害者が1名の場合は4人の対象者があるところ,うち3人は無期刑又は少年時代の強盗殺大罪による不定期刑前科があり,残り1人は身の代金目的の誘拐に伴う殺人に係るもあてある。第二に,被殺害者が2名以上の場合の対象者7人中には,被殺害者が4名,又は3名に係るものが2人含まれている。また,無期刑の同種前科を有し,その仮出獄中に,被殺害者2名に係る犯行に出た対象者が2人いる。残り3人の対象者については,いずれも被殺害者が2名である上,殺害・死体遺棄の手段・方法等が極めて残虐・冷酷・非道と評価し得ると思われるものである。
III-34表 被殺害者数・殺害の計画性の有無別人員
強盗致死については,20年代から50年代までにかけ,殺害の計画性がない場合に死刑が選択される比率は,低下傾向を示していた。
60年代の強盗致死においては,殺害の計画性がなかったものも6人について死刑が選択されている。このうち5人は被殺害者を2名以上とするものであるが,被殺害者が1名であるにもかかわらず死刑を選択された1人は,前に無期刑に処せられて仮出獄中に犯行に至ったものである。
(3) 動 機
対象者が被殺害者を殺害した動機・背景事情と量刑の関係を,60年代について見たのが,III-35表である。
身の代金目的の誘拐に伴う殺人は,被殺害者が1名であっても,7人の対象者のうち4人が死刑を選択されている。この種の殺人で無期刑が選択された3人のうちには,未必の殺意しか認められなかったもの1人及び犯行時の責任能力が低下していたもの1人が含まれている。
生命保険金入手目的のものは,18人のうち7人には死刑が選択されており,この種の殺人についても重罰に処する傾向がうかがわれる。
暴力団抗争については,14人の対象者があり,中には被殺害者が3名に係る事件も見受けられたが,いずれも無期刑が選択されており,死刑が選択された例はない。
III-35表 被殺害者数・殺害の動機別人員(殺人)
(4) 態 様
ア 使用した凶器等の有無・種類
対象者の使用した凶器等の有無と量刑の関係を年代別に見ると,III-36表のとおりである。
III-36表 被殺害者数・使用凶器等の有無別人員
殺人について,50年代以前に凶器を使用しないで死刑を選択されたものは,30年代及び40年代に各1人,いずれも被殺害者を1名とするものが見受けられたが,これらは,いずれも強姦に際して被殺害者を扼殺したものである。60年代の殺人については,凶器を使用しないで死刑を選択されたものが7人ある。そのうちには被殺害者が1名であって死刑を選択されたものも2人あるが,これらは,[1]無期刑の前科があり;仮出獄中に犯行に至ったもの1人と,[2]身の代金目的の誘拐を伴うもの1人である。
強盗致死については,50年代以降には,凶器を使用しないで死刑を選択されたものは見当たらない。
60年代について,使用した凶器等(ここにおいては,凶器には当たらない「手足等の身体部分の使用」によるもの(以下「手足等」という。)を含む構成比を記述する。)の種類別に死刑が選択された者の比率を見ると,殺人では,「刀剣類・刃物」を使用した対象者総数のうちでは死刑を選択されたものが41.7%を占め,以下,「鉄棒・木棒・ハンマー」では30.0%,「ひも・コード・布類」では20.0%,「手足等」では25.0%,「銃砲」では7.7%の対象者が死刑を選択されている。強盗致死においては,使用した凶器等の種類別に死刑が選択されたものの構成比は,「鉄棒・木棒・ハンマー」では16.7%,「銃砲」では16.7%,「刀剣類・刃物」では11.0%,「ひも・コード・布類」では8.1%であり,「手足等」を使用したもののうちには,死刑を選択された対象者は見当たらない。
イ 共犯者の有無・役割
「1987年量刑研究」では,50年代以前について,「共犯者がいる場合は,殺人においても強盗致死においても,従属的立場の者が死刑となった事例は見当たらない。死刑に相当する事件の場合,どの年代においても原則として,主導者が死刑になれば他の者は死刑を免れ,対等であれば殺害への関与度から差異を設けて科刑し,全員が死刑になることは少ないようであり,共犯者が共に死刑にな,たのは50年代に1件2人(対等,被殺害者複数)があるのみである。いずれにしても時代による変化はないようである。」との分析がなされていたが,60年代においては,[1]被殺害者2名の事件において,1名の被殺害者(主たる被殺害者)の関係では従属的に犯行に関与したものの,他の1名の被殺害者の関係では共犯者と対等である対象者が,主犯者と共に死刑を選択された例,及び,[2]資産家から金品を奪った上で殺害するとの完全犯罪をもくろみ,周到な計画の下,資産家を監禁して残虐・冷酷な手段・方法をもって殺害し,死体を海中に投棄した強盗殺人等の事件において,共犯者2人が共に死刑を選択された例がある。
(5) 遺族の被害感情
殺人又は強盗致死の被害者の遺族の感情については,特別の事情が認められない限り,厳罰を望んでいるというのが,経験則の教えるところであり,60年代においても,被害者の遺族が対象者を「宥恕」しているものは殺人で4.7%(対象者128人中の6人),強盗致死で1.2%(同259人中の3人)にすぎない。
被害者の遺族が宥恕していれば,場合によっては,被告人にとって有利な情状となることがあるかもしれないが,被害者本人は殺害されていて被害感情を表明できない上,遺族の宥恕の得られた事例が少ないこともあって,この有無が死刑と無期刑の選択に当たって,どれほどの意味を持ったのかという点,の分析までは困難であった。
なお,60年代には,遺族が宥恕しているにもかかわらず,死刑を選択されたものが1人あったが,この事件は,対象者が,共犯者と共謀の上,対象者の夫をドライブ旅行に連れ出して疲れさせ,同人が熟睡していた部屋に都市ガスを放って一酸化炭素中毒に陥らせて殺害しただけでなく,その3年8か月後にも再び,前の共犯者らと共謀の上,使用人の内縁の夫を埋立て地に誘い出し,睡眠薬を飲ませて眠らせた上で絞頚して殺害し,その死体を遺棄したものであるが,判決において犯情の重いとされた後者の被殺害者の遺族が対象者を宥恕していたものである。
(6) 対象者の犯行時の年齢・前科
ア 対象者の年齢
60年代について,対象者の犯行時の年齢と量刑の関係を見たのが,III-37表である。
殺人においては,犯行時20歳未満の対象者で死刑が選択されたものはなく,無期刑が選択されたのが4人である(当該対象者は,犯行時18歳3月ないし19歳5月であった。)。50年代以前には,犯行時20歳未満の者について死刑が選択されたものが,30年代に1人,40年代に1人ある。
60年代の強盗致死においては,犯行時20歳未満の,対象者で,死刑又は無期刑が選択されたものは6人であり(当該対象者は犯行時18歳1月ないし19歳9月であった。),うち2人が死刑を選択されている。死刑に処せられた2人のうちの1人は,いわゆる永山事件の被告人であり,他の1人は,4回にわたり強盗殺人を犯して4名を殺害したが,そのうち2回が少年時代の犯行であったという事件に係るものである。50年代以前について見ると,犯行時20歳未満の者で死刑を選択されたものは,20年代に4人,30年代に1人あるが,40年代及び50年代には見当たらない。
III-37表 被殺害者数・犯行時年齢層別人員
殺人,強盗致死のいずれにおいても,20歳未満の者については,ほとんどの判決において未成年であることが有利な事情として掲げられている。殺人の対象者に係る判決中には,同人が犯行時少年(犯行時18歳3月)であったこ左を無期刑を選択した唯一の理由としているものもある。
イ 対象者の前科
60年代について,前科と量刑の関係を見ると,殺人では,同種前科がある場合に死刑が選択される比率は42.9%であるのに対し,これがない場合には21.9%である。強盗致死では,同種前科がある場合に死刑が選択される比率は17.2%であるのに対し,これがない場合には8.1%である。このように同種前科のある者については,ない者に比べれば,死刑が選択される率が高いということができる。
これに対し,異種前科のある場合とない場合とでは,殺人においても,強盗致死においても,死刑が選択される率に顕著な差は見受けられない。
(7) 犯行後の情状
殺害行為に伴う罪証隠滅行為の典型である死体遺棄・損壊あるいは放火の有無と量刑の関係を年代別に見たのが,III-38表である。
60年代の強盗致死では,死体遺棄・損壊あるいは放火がなされた場合に死刑が選択されたものの比率は10.5%,なされていない場合に死刑が選択されたものの比率は7.4%である。
20年代には,死体遺棄・損壊あるいは放火を伴った強盗致死の場合に61.5%という高い比率で死刑を選択されたこともあったが,その他の年代や殺人においては,罪証隠滅行為の有無によって死刑が選択される比率に顕著な差は認められない。
III-38表 被殺害者数・罪証隠滅行為の有無別人員
(8) その他
ア 被殺害者の年齢
主たる被殺害者の年齢と量刑の関係を,60年代について見たのが,III-39表である。
殺人では,主たる被殺害者の年齢が10歳未満である場合には,対象者11人中3人(27.3%)が,被殺害者年齢が10歳代の場合には,対象者18人中6人(33.3%)が,いずれも死刑を選択されており,被殺害の年齢が20歳以上の場合の比率20.2%と比較すると,かなり高い率で死刑が選択されているように見受けられる。
殺人において,被殺害者の年齢が10歳未満の殺人で死刑を選択された3人の対象者の事件内容について見ると,[1]同種前科によって無期刑に処せられて仮出獄中に,3歳の幼女に対し,わいせつ行為に出るとともに同女を扼殺し,死体を遺棄したもの1人,[2]身の代金取得の目的で男児を誘拐して間もなく殺害し,園児の生存を装って,その肉親らに身の代金を要求するなどしたもの2人である。
なお,50年代以前に10歳未満の者を殺害した例については,殺人では20年代0人,30年代3人(うち死刑1人),40年代2人(うち死刑1人),50年代3人(うち死刑2人)があり,強盗致死では20年代2人(うち死刑1人),30及び40年代0人,50年代2人(うち死刑1人)となっており,これらの年代においても,死刑が選択される比率は高かったといえる。
III-39表 被殺害者数・主たる被殺害者の年齢層別人員
イ 被殺害者との関係における酌むべき事情
対象者にとっての,主たる被殺害者との関係における酌むべき事情の有無と量刑の関係を年代別に示したのが,III-40表である。
III-40表 被殺害者数・主たる被殺害者との関係における酌むべき事情の有無別人員
殺人においては,犯人側に被殺害者との関係における酌むべき事情が認められる例が少なく,ないが,死刑を選択されるのは,いずれの年代においても,原則としてこのような酌0でき事情がない場合に限られているようである。20年代及び40年代に各1人,対象者に酌むべき事情があったのに死刑を選択された例があるが,いずれも被殺害者複数の場合である。
強盗致死においても,40年代以降には,対象者に酌むべき事情があった事件で死刑を選択された例は見合たらない。