ここで,これまで見てきたところを取りまとめると,以下のとおりである。
1 凶悪犯罪の動向と特質
戦後の我が国の凶悪犯罪の動向を認知件数の推移で見ると,殺人は,昭和29年の3,081件を頂点とする戦後の高原状態の下で,24年から30年までは2,700件台から3,000件台で推移した上,31年から63年にかけては2,600件台から1,400件台に減少し,平成に入ってからも,戦後の最低件数を更新し続け,3年には1,215件を示した。しかし,4年以降,漸増に転じ,7年には1,281件(前年比0.2%増)となった。
強盗の認知件数は,昭和23年の1万854件をピークに,戦後混乱期の21年から23年までは9,000件台から1万件台で推移した上,24年から59年にかけて,8,000件台から順次,2,000件台にまで減少し,60年以降も2,000件台を割って減少を続け,平成元年には1,586件と,戦後最低の件数を示した。しかし,2年以降は増加に転じ,特に6年にはこの25年来のピークとなる2,684件を記録するなどもしたが,7年にはわずかに減少して2,277件(前年比15.2%減)となった。
このように,殺人については平成4年以降,強盗については2年以降,再び増加の兆候を示している。さらには,来日外国人による凶悪事犯は5年をピークとして減少してはいるものの,依然として高い水準で推移している上,深夜スーパーマーケット及び金融機関を対象とした強盗事件の認知件数は,いずれも7年には前年に比べ減少しているが,10年前と比較すると依然として高い数値を示している。また,銃器の発砲を伴う強盗事件が,4年以降,わずかずつではあるが増加している上,最近においては,銃器を使用した冷酷・残忍な強盗殺人事件やサリンを発散させての無差別大量殺人事件などの発生も見られるなど,凶悪事犯が新たな様相を呈してきている。
ここで,凶悪犯罪の特質について,平成7年における検挙人員を基に,殺人と強盗との比較の上で見てみると,犯行時の年齢層別構成比は,殺人では20歳代から30歳代で全体の半数近くを占めるが,強盗では約4割を20歳未満の者が占めている。女子の占める比率は,殺人では20%に近いのに対し,強盗では約4%にすぎない。犯行の動機・原因を見ると,殺人では,えん恨に基づく本のが最も多いが,薬物の作用等によるものも多く,特に女子については,この比率が男子の3倍以上である。強盗の動機・原因は,遊興費充当,生活充当及びその他の利欲で全体の約8割を占める。共犯形態を見ると,殺人では約9割が単独犯であるのに対し,強盗では約6割である。来日外国人の犯罪の加害態様を見ると,殺人では同国籍の外国人に被害を加えたものが約4割を占めているが,強盗では日本人を被害者とするものが8割を超えている。また,この特質を7年における検挙件数を基に,被害者の側から見ると,殺人の被害者は40歳代の者が比較的多く約2割を占めるが,強盗の被害者は20歳代の者が最も多く約3割を占める。被害者と被疑者の関係を見ると,殺人では親族等が約4割,知人・友人等が3割近くを占めるが,強盗においては,面識のない場合が約9割である。
2 検察における凶悪事犯の捜査・処分状況等
検察における凶悪事犯の処理状況を見ると,起訴人員の起訴人員と起訴猶予人員の合計中に占める比率は,最近5年間について,殺人はおおむね95%前後を,強盗致傷等は94%台から96%台の間を,強盗はおおむね89%台から94%台の間を,それぞれ推移している。同じ期間に,すべての事件についてのこの比率は63%台から70%台の間を,交通関係業過を除く刑法犯についてのそれは62%前後を,それぞれ推移していることと比べると,凶悪事犯が起訴される率は極めて高い水準にある。
なお,平成7年を例に取れば,殺人における起訴猶予人員35人は,殺人予備による者及び自殺関与による者などであり,強盗における同人員60人は,準強盗(事後強盗又は昏睡強盗)による者及び強盗予備による者などである。
最近5年間の不起訴処分人員を理由別に見ると,殺人については,強盗及び強盗致傷等と比較して,嫌疑なし又は心神喪失を理由とする不起訴処分の人員が多い。前者が多いのは,告訴・告発に係る事件中には,告訴人又は告発人の主張が十分な根拠に基づいてなされていないものも含まれていることなどによる。
心神喪失を理由とする不起訴処分に関して,平成3年から7年までの5年間に,すべての事件の累計で1,957人の精神障害者が同処分理由に基づく不起訴処分を受けているが,このうちの614人が殺人の被疑者である。
3 裁判所における凶悪事犯の科刑状況等
(1) 科刑状況及び審理期間等
昭和30年以降の40年間の通常第一審における死刑言渡し人員の累計は423人であり,そのうち殺人,が129人,強盗致死は287人である。平成6年について,罪名別に見た有罪判決言渡し人員総数中に占める死刑言渡し人員の比率は,殺人では総数583人中の0.3%(2人),強盗致死では強盗致傷等の総数386人中の1.6%(6人)である。
昭和60年以降の10年間の通常第一審における無期懲役刑言渡し人員の累計は385人であり,そのうち殺人は115人,強盗致傷等は254人である。平成6年について,罪名別に見た有罪判決言渡し人員総数中に占める無期懲役刑言渡し人員の比率は,殺人では総数583人中の2.2%(13人),強盗致傷等では総数386人中の8.3%(32人)である。
平成6年に終局した(移送によって終局したものを含む。)凶悪犯罪に係る第一審公判事件の審理期間を見ると,殺人では約51%,強盗致傷等では約53%,強盗では約88%が,いずれも6月以内に審理を終えている。公判開廷回数を見ると,殺人,強盗致傷等,強盗共に3回のものが最も多く,10回以上の公判開廷を重ねているものは,殺人については約17%,強盗致傷等については約13%,強盗については約2%である。
(2) 凶悪事犯の実態及び量刑に関する特別調査結果
法務総合研究所では,いわゆる永山事件第一次上告審判決(昭和58年7月8日第二小法廷判決)言渡しの日から平成6年9月末日までの間に,殺人又は強盗致死(強盗強姦致死を含む。)により,死刑又は無期懲役刑の確定判決を受けた者について,これら判決の判決書写しを調査対象資料として,その犯行の実態と量刑の実情を明らかにするための特別調査を実施した。
この調査結果によると,死刑又は無期懲役刑を選択されるほどに凶悪重大な殺人又は強盗致死事犯の実態については,行為者の大多数が犯行時20歳代ないし40歳代の男子であること,確定的殺意を有するもの,殺害についての計画性を有するものの比率が高いこと,殺人では被殺害者が複数のものが過半数を占めているが,強盗致死では被殺害者が1人のものが90%を超えていること,被殺害者の遺族の被害感情は,ほとんどすべての例において犯人の極刑・厳罰を求めていること,多少なりとも被害弁償・慰謝の措置がなされたものは,殺人では約27%,強盗致死では約18%であることなどが判明した。
また,上記凶悪重大事犯の量刑に関して,裁判所がいかに死刑と無期刑を選択しているかを分析すると,殺害された者の数,殺意・計画性の有無及び強弱,犯行の動機,犯行態様,被殺害者の年齢,同種前科の有無,被殺害者と犯人との関係における犯人側に酌むべき事情の有無など個別的具体的な事件の諸事情を考慮し,上記凶悪重大事犯の中でも特に悪質な事件についてのみ死刑が選択され,極めて慎重かつ謙抑的に適用されている状況が看取されるものである。
4 凶悪事犯被収容者の処遇等
(1) 行刑施設における処遇
受刑者の執行刑期が8年以上の者(無期刑の者を含む。)は「収容分類級」の上で「L級」と分類されるが,平成7年の新受刑者中L級と分類された者のうち,殺人・強盗の罪名の者は87.0%を占めている。7年末現在のL級受刑者数は3,082人である。
長期刑受刑者の処遇に当たっては,長期的展望に立った計画により,集団生活に適応させ,社会復帰の目標を持たせるように努め,将来の希望を失わないよう柔軟に,かつ,厳格に接することとしている。
長期刑受刑者は,受刑生活の中心を占める刑務作業において,習熟に数年を要する質の高い製品の製作に従事することもあるし,殺人等による長期刑受刑者の中には,しょく罪の気持ちから,宗教行事に関心を寄せる者も多く,宗教教誨も活発に実施されている。
死刑判決が確定した者は,その執行に至るまで,拘置所又は刑務所の拘置区の個室に収容される。死刑確定者には作業は科されないが,願い出により室内において簡単な作業を行う者もおり,また,希望により,教誨師による宗教教誨及び篤志面接委員による指導・助言も行われている。
(2) 凶悪事犯長期刑受刑者の実態に関する特別調査結果
法務総合研究所では,矯正当局の協力を得て,罪名が殺人,強盗,強盗致死傷又は強盗強姦・同致死のいずれかである男子長期刑受刑者のうち,平成6年9月1日から同年10月末日までの間に,刑期起算日から10年以上を経過している者355人を調査対象者として,受刑者の処遇の実態及び受刑者の意識等についての特別調査を実施した。
この調査の結果,[1]長期刑受刑者は,在所期間が長期化するにつれて,親族との面会回数が格段に減少していること,[2]在所期間が10年を超える有期刑受刑者と無期刑受刑者を比較すると,所内規律違反を起こす傾向は有期刑受刑者の方がやや強いこと,[3]無期刑受刑者は,有期刑受刑者に比べて,職員や他の被収容者に対する暴行・殺傷等を起こす平均回数がやや多いこと,[4]有期刑受刑者はさほど仮釈放を期待していないのに対し,無期刑受刑者の多くが仮釈放を切望していることなどが明らかになった。
これらの調査結果は,長期刑受刑者の処遇に当たって,親族との面会回数の変化や仮釈放に対する期待に伴う受刑者の心情の変化に十分留意する必要があることを示唆しているといえよう。
(3) 少年に対する処遇
昭和57年以降の少年鑑別所新収容人員総数は,59年をピークにほぼ一貫して減少を続けているが,凶悪事犯に係る少年は63年を底(370人)として平成6年までほぼ一貫して増加し,同年にはこの14年間で最高の560人に上った。7年は6年よりやや減少しているが,この14年間で2番目に高い数値を示している。また,5年以降,強盗致死傷事犯の少年の増加が著しい。
(4) 凶悪事犯少年の特質に関する特別調査結果
法務総合研究所では,矯正当局の協力を得て,最近の凶悪事犯に係る少年の属性,少年による凶悪事犯の被害者の属性等を把握するため,平成7年に全国の少年鑑別所を出所した殺人及び強盗(強盗のほか,強盗致死傷及び強盗強姦を含む。)事犯に係る少年中の486人を対象とした特別調査を実施した。
この特別調査の結果をまとめると,[1]殺人事犯に係る少年は19歳の者が約半数を占め,強盗事犯に係る少年は16歳から18歳の者が約7割を占めていること,[2]強盗事犯に係る少年の3人に1人は学生・生徒であること,[3]殺人の被害者の約3割は親族であり,中でも,父母や祖父母が被害者となる比率が高いことなどが判明した。
5 凶悪事犯と更生保護
(1) 仮出獄の状況等
凶悪事犯による受刑者の仮出獄申請に対する棄却率は,かねてから,申請のあった受刑者全体に係る棄却率をかなり上回っている。
地方更生保護委員会は,凶悪事犯による長期刑受刑者の仮釈放審理に当たって,昭和54年4月から実施している長期刑受刑者に関する特別な施策の下,被害者の感情を含めた関係事項について周到な調査と審理を尽くすとともに,本人に対する指導・助言,帰住予定地の環境調整等に格別の配慮をしている。また,長期刑受刑者が仮出獄する場合には,本人の同意を得て,その大半の者に施設生活と社会生活の橋渡しをする「中間処遇」を実施している。
凶悪事犯に係る仮出獄者については,仮出獄後の受入れ環境が不良な者や帰住先のない者も多く,これらの者の帰住先として,また,中間処遇施設として更生保護施設が活用されていたが,新たに公布・施行さ五た「更生保護事業法」及び「更生保護事業法の施行及びこれに伴う関係法律の整備等に関する法律」の下での,更生保護事業の一層の充実が期待される。
(2) 保護観察対象者の処遇と保護観察の成り行き
凶悪事犯に係る保護観察対象者の処遇に当たっては,「分類処遇」に基づき,「A分類」に該当するものとして,保護観察官による処遇を積極的に行い,また,「類型別処遇」により,対象者の抱える問題性に応じた働き掛けを行うなど,慎重な処遇を実施している一方で,不安定な行状が認められる者については,遵守事項違反の状況に照らし,仮出獄取消し等の措置を速やかに執ることとしている。
凶悪事犯に係る保護観察対象者については,少年院仮退院者及び仮出獄者共に,保護観察終了時に成績良好であった者の比率は,仮退院者又は仮出獄者全体に占める成績良好者の比率よりも高く,この種事犯の保護観察対象者の成り行きが良好であることがうかがえる。
6 凶悪犯罪の被害者
(1) 犯罪被害救済の実情等
我が国の犯罪被害者に対する国家的救済制度の中心的役割を果たしている犯罪被害者等給付金支給法は,人の生命又は身体を害する犯罪行為により不慮の死を遂げた者の遺族又は失明などの重障害を受けた者に対し,国が給付金を支給することについて定めている。給付金には,被害者が死亡した場合に遺族に対して支給される遺族給付金及び被害者が重障害を負った場合に当該被害者に対して支給される障害給付金の2種類がある。
被害者救済に対する新しい動向として,警察庁では,最近,被害者対策の基本方針を策定し,「犯罪被害者対策室」を設置した。また,近年,犯罪被害者を支援する民間組織・団体が設立され,被害者の抱えている悩みごとなどの相談,精神的被害を被っている被害者に対するカウンセリング活動や各種情報の提供等の援助・支援活動を始めている。
(2) 犯罪被害者の遺族に関する特別調査結果
法務総合研究所では,検察当局の協力を得て,死亡被害者が発生した事件により無期懲役刑が確定した者382人に係る被害者遺族382人の被害感情等の実態を明らかにするための総合的な実態調査を実施した。
この調査結果によると,調査対象期間が判決の確定前の一時期に限定されていることに留意する必要があるが,[1]遺族が被る日常生活面の影響の内容は多岐にわたり,多くの遺族が精神的被害を被っていること,[2]遺族の加害者に対する処罰感情は厳しく,多くの遺族が死刑及び無期懲役刑等の厳罰によって処罰されることを望み,また,意見が不詳な者を除いた238人の遺族のうち約8割が加害者の社会復帰には反対していること,[3]多くの遺族は加害者側からの慰謝の措置を受けていないことなどの実態が明らかになった。
7 我が国と諸外国の凶悪犯罪の動向等
本白書では,入手し得た公的資料の範囲内において,アメリカ,連合王国,ドイツ,フランス及び韓国における凶悪犯罪の現状等について概観した。
既に第9章の冒頭においても記述したとおり,各国の刑事司法制度が異なり,各国における統計の取り方にも差違があることなどから,我が国の状況と諸外国のそれとを正確に比較することは困難である。しかし,このことを前提として,諸外国の最新の統計数値を入手することができた1994(平成6)年における凶悪犯罪の現状等について,我が国との一応の比較を試みることとすると,同年における各国の殺人及び強盗の認知件数,発生率及び検挙率を見たのがIII-107表である。
III-107表 殺人及び強盗の認知件数・発生率・検挙率 (1994年)
殺人の認知件数については,我が国とは異なる統計の取り方をする韓国の発生件数は我が国よりも少ないが,他の4か国は我が国よりも多い。殺人の発生率は,我が国が最も低く,検挙率では,韓国を除くと,我が国が一番高い。
一方,強盗については,認知件数では我が国が最も少なく,発生率でも,我が国が最も低い。また,検挙率では,韓国を除くと,我が国が最も高い。
これらの統計数値を見る限りでは,我が国は,凶悪犯罪の発生率は他の国よりも低く,検挙率も欧米諸国のそれを相当に上回っている。
なお,アメリカにおいては,1994年に,殺人や強盗等の重罪で有罪となった者が過去に重罪で2回以上有罪とされている場合には仮釈放のない無期刑を科すことを内容とする,いわゆる「三振法」を連邦及び多くの州が制定し,連合王国においても,同年に,「刑事司法及び公共秩序法」を成立させて,凶悪犯罪に対し,より厳しい罰則を定めるなど,諸外国の中には,増加する凶悪犯罪に対処するため,罰則の強化を図る方向での法律改正の動きも見受けられる。また,各国では,それぞれに国による損害補償制度等の被害者対策を実施している。
8 おわりに
既に述べたところによると,凶悪犯罪のうち殺人については平成4年以降,強盗については2年以降,再び一般的に増加の兆しを示してはいるものの,昭和20年代から30年代と比較すればはるかに低い水準を維持し続けているし,凶悪犯罪の発生率も欧米諸国との間の較差は相当に開いており,警察等の捜査機関は欧米諸国と比較してもはるかに高い検挙率を維持し,検察庁での起訴処分や裁判所の科刑も適切に運用され,矯正・更生保護等の関係機関においては,適正で効果的な犯罪者処遇がなされていることに加えて,近年の犯罪一般の情勢を見ても全体としては顕著な変動はないことなどに照らせば,我が国は依然として「世界で最も安全な国の一つ」との評価もなされ得るのかもしれない。
しかしながら,第1章において述べたとおり,近年の凶悪事犯の中には前例を見ないほどに残忍・凶悪な様相を呈しているものもあることなど,犯罪の質的変化が見受けられることに加えて,現在の我が国が抱えている政治,経済,教育その他各方面にわたる困難な問題や,不安定な事態などからは,犯罪抑止要因の減少をもたらしかねない社会情勢にあると思われ,今後の犯罪情勢には警戒を要すべき点も多い。このような状況下にあって,我が国刑事司法諸機関としては,一般市民と手を携えながら,社会の健全な発展と安全で住み良い社会の維持のために,良好な治安を図るための不断の努力を傾けることが要請されているといわなければならない。