前の項目   次の項目        目次   図表目次   年版選択
 平成 4年版 犯罪白書 第1編/第4章/第4節 

第4節 外国人の日本における犯罪

 昭和50年代後半ころから顕著となった来日外国人の増加傾向は,その後も衰えず,平成3年に至るまで,ますます著しくなっている。その状況を,最近の5年間について,新規入国者数と出国者数とを対比して示したものが1-13図であり,国籍別に見れば,特にアジア諸国からの入国者数が急増しており,しかも,それに対応する出国者数が各年次とも入国者数をかなり下回っていることが分かる。
 これらの来日外国人の大多数は,観光・商用等の短期滞在,興行,研修等,入管法が認めている各種の活動を目的として適法に入国し出国しているが,他方,不法に就労することを目的とし観光客等を装って入国する者も急増しており,また,法務省入国管理局の推計によれば,不法残留(許可された在留期間を経過しても出国せず,本邦に残留すること)している者の数は,平成3年5月1日現在約16万人に,さらに,同年11月1日現在約21万6,000人に達している。
 入国審査官は,外務省から法務省に対して査証申請に係る協議があった段階における事前審査及び我が国に入国しようとする外国人に係る在留資格認定証明書の交付申請があった段階における審査を厳格に行うとともに,出入国港(外国人が出入国すべき港又は飛行場として法務省令で定めるもの)における上陸審査の段階においても,厳格な審査を励行し,上陸の条件に適合しないと認める外国人に対しては上陸を拒否する措置を採っている。最近の5年間に入国審査官が出入国港において上陸を拒否した外国人の数は,I-63表のとおりであり,昭和63年以降,毎年1万人を超えており,平成3年には前年の約2倍と急増し2万7,000人強となっている。
 また,入国警備官は,入国,上陸又は在留に関する違反事件の調査を厳格に行い,退去強制事由に該当する外国人の摘発を積極的に行っている。最近の5年間に地方入国管理局によって摘発された外国人の数は,I-64表のとおりであり,昭和63年までは1万人台であったが,平成元年には2万人台に増加し,2年及び3年には3万6,000人前後となっている。そのうち,明らかに不法に就労していたと認められる者の合計は,昭和62年の約1万1,000人から平成3年の約3万3,000人へと,5年間で約3倍に激増している。法務省入国管理局の資料によれば,不法に就労していた者のほとんどは,アジア諸国から来日した者であり,我が国での就労職種別に見ると,最近,男子では,建設作業員又は工員をしていた者が,また,女子では,ホステス又は工員をしていた者が多い。

I-13図 外国人新規入国者数及び出国者数の推移

 出入国管理行政に携わる職員数は,入国審査官及び入国警備官のみならず法務省入国管理局等において入国管理行政に携わるその他の職員数まで含めても,平成3年において約1,850人であり,入国審査官及び入国警備官は,2か所の入国者収容所,8か所の地方入国管理局,4か所の支局及び98か所の出張所において,不法に就労しようとする外国人等上陸の条件に適合しない外国人の上陸防止及び不法に就労した外国人等退去強制事由に該当する外国人の退去強制に努力を傾注しており,さきに述べたように,3年には,合計6万3,000人を超える外国人に対して,上陸を拒否し又は退去強制を実施しているのである。しかし,不法に就労することを目的に来日しようとする外国人が,外務省の査証発給担当者や法務省の入国審査官に対して入国目的を偽り,査証あるいは上陸許可を得ようとする手段・方法は,かなり悪質化しており,例えば,既に多数回来日し不法に就労したことや退去強制されたことがある者の中には,あえて偽造旅券,変造旅券又は他人名義旅券を使用して入国する者までいるし,我が国に入国するために査証を要する者の中には,我が国が査証免除協定を締結している国の国民になりすまし,偽造旅券を使用して観光客を装い入国する者までいるのである。入国警備官が違反調査の過程において偽造・変造旅券又は他人名義旅券を使用して入国した事実を確認し又はその疑いがあると認めた件数は,近年増加傾向にあり,法務省入国管理局の資料によれば,3年には1,098件に達しているほどであって,入国審査官及び入国警備官は,我が国の法を無視して入国し資格外活動に従事しようとする外国人の審査・摘発に忙殺されている現状にある。
 もっとも,このように外国人が不正な手段を用いてでも来日し不法に就労しようとするのは,いわゆるブローカーあるいは一部の雇用主等,就労資格のない外国人を来日させる推進力又は吸引力として作用する者の存在が大きな要因となっているからである。そこで,入管法の一部改正により,同法73条の2に,不法就労助長罪が新設され,平成2年6月1日から施行された。

I-63表 上陸拒否者数

I-64表 退去強制事由別摘発人員

 同条は,[1]事業活動に関し,外国人に不法就労活動をさせること,[2]外国人に不法就労活動をさせるためにこれを自己の支配下に置くこと,[3]業として,外国人に不法就労活動をさせる行為及び[2]の行為に関しあっせんすること,を禁止し,これに違反した者を最高3年の懲役及び200万円以下の罰金に処することとしている。法務省刑事局の資料によれば,3年中,日本人126人,外国人47人合計173人が同条によって起訴されるとともに,34法人が同条の両罰規定によって起訴されている。
 以上述べたような状況を背景として,最近,来日外国人による犯罪が増加する傾向にある。警察庁の統計によって,交通関係業過を除く刑法犯の来日外国人検挙人員を見ると,昭和57年には1,031人にすぎなかったものが,平成3年には4,813人と,10年間で4.7倍に増加しているのである。そこで,最近の5年間における来日外国人検挙人員を,刑法犯及び特別法犯のそれぞれについて,主な罪名別及び国籍別に見ると,I-65表からI-68表までのとおりであり,刑法犯では窃盗が,また,特別法犯では入管法違反が,それぞれ最も多く,かつ,検挙された者の多くがアジア諸国の出身者であることが分かる。
 来日外国人犯罪者が急増したことにより,捜査,裁判及び犯罪者処遇の各機関においては,多様な言語の通訳を確保しなければならないなどの問題が生じている。
 ところで,前述のとおり来日外国人検挙人員中罪名で最も多いのは窃盗であるが,来日外国人で窃盗により起訴される者は東京都23区内が多いので,法務総合研究所では,平成元年及び2年に東京都23区内の裁判所(東京地方裁判所及び12簡易裁判所)において窃盗により有罪の判決を受けた来日外国人と日本人の確定訴訟記録を調査し,両者を比較する各種の量刑調査を行った。
 本件調査における調査対象者は,法律上執行猶予が可能であった来日外国人ほぼ全員の合計222人(うち,実刑に処せられた者は56人,執行を猶予された者は166人)と同じく法律上執行猶予が可能であった日本人サンプル合計191人(うち,実刑に処せられた者は10分の3のサンプル調査により68人,執行を猶予された者は11分の1のサンプル調査により123人)であった。
 このことから,来日外国人の実刑率が25.2%であるのに対し,日本人の実刑率は推計で14.3%(68÷(68+123×11×0.3)×100)であり,両者に大きな差のあることが認められる。
 そこで,法律上執行猶予判決が可能であったが実刑判決を受けた来日外国人56人と日本人68人(10分の3のサンプル)の量刑事情を比較すると,以下のとおりである。
 すなわち,犯罪の手口,被害金額,共犯者の有無等多数の量刑因子について該当率を算出し,来日外国人と日本人との間においてポイント数で2倍以上の格差がある因子のみについて該当率を比較すると,I-69表のとおりであった。
 これらの因子のうち,「犯罪目的で来日した」というのを「職業犯性」のメルクマールの一つとしたのは,言葉の通じない日本に罪を犯す目的で赴くことは,相当の決意を要すると思料される点で単なる国内犯よりも犯罪性が高いと認められるし,さらに,現在,日本の各国際空港では,不法就労外国人の入国を食い止めるために厳しい入国審査が行われているので,入国審査官をだましてこれをかいくぐり,観光客を装って上陸するには,入国審査官から提示を求められた場合に備えて往復の航空券と滞在費に見合う見せ金を準備しなければならず,それゆえ,日本に潜り込めた暁には,投下資本を回収するだけでなく,相当の収益を上げるまでは犯罪を反復累行する決意を固めて来るものと推定されるからである。

I-65表 来日外国人の刑法犯検挙人員

 I-69表から読み取れる,来日外国人で実刑に処せられた者の特徴は,
[1] 手口がすり,パチンコ球盗の者の比率が高い
[2] すりには被害者のバッグやポケットに手を差し入れた瞬間に現行犯逮捕される未遂犯が多いので,被害名目金額がO円の者の比率が高い
[3] 説明のつかない多額の現金・預金を持っていたり送金したことがある者の比率が高い
[4] 共犯者のある者の比率が高い
[5] 道具を使用したり,賍物を故買屋に売却した者の比率が高い
[6] 犯罪目的で来日した者及び入国して1月にもならないうちに犯行に及んでいることから犯罪目的で来日したと推定される者の比率が高い
[7] 法廷で否認・弁解し,又は共犯者の氏名を供述しない者の比率が高いなどである。

I-66表 来日外国人の特別法犯送致人員

I-67表 来日外国人の国籍別刑法犯検挙人員

I-68表 来日外国人の国籍別特別法犯送致人員

I-69表 量刑因子該当率の比較

 これらのデータと個々の事件の確定訴訟記録を調査して得たその他のデータとを総合すると,来日外国人で実刑に処せられた者は,およそ2種類に大別できる。すなわち,その一つは,自国にいる時から仲間と日本ですり・侵入盗等の窃盗を多数回敢行することを共謀し,観光客を装って来日し,来日すると直ちに集団で犯行に及ぶ者で,他の一つは,不法残留しながら合いかぎ等を用いて(やはり,しばしば集団で)パチンコ球の窃盗を行う者である。
 人数の面では,第1の種類の方が多く,しかも金品をすり取る目的で手を被害者のポケットやバッグの中に差し入れたところを逮捕されるケースが多いので,被害名目金額はO円の場合が多いが,すりという手口からすれば,事案は決して軽微なものではない。そして,これら第1の種類の者は,否認・弁解し,捜索を免れ余罪発覚を防ぐため,宿泊中のホテルの名称を供述せず,また,逃走した共犯者が逮捕されないよう,その氏名を黙秘することが多いので,勢い情状酌量されることがなく,そのため実刑に処せられる傾向にあると考えられる。
 第2の種類のパチンコ球盗は,事件として浮上している現行犯逮捕に係る窃盗事件のパチンコ球そのものの価格からすれば一見軽微な犯罪のように見えるかもしれないが,犯行の手口に習熟した者がいわゆる幕と実行犯とに役割分担して終日連続的に敢行し入手した景品を換金するという方法で1日に数十万円の収益を上げている事例があり,検挙された場合に,自己の犯行は認めても合いかぎの入手先についてはこれを秘匿するためいずれもあいまいな供述に終始していることからすれば,背後に計画的な犯罪者集団の存在もうかがわれるのであり,その犯罪形態から見ても軽視し得ないものがあると言わざるを得ない。
 以上のことから,日本人と来日外国人との間で実刑率に差があるのは,上記のような各種量刑因子の存否によるものにすぎないことが判明した。