IV―1表は,戦後の我が国における60歳以上の高齢者(高齢者を65歳以上の者とせず60歳以上の者とする理由については,後述する。)の人口の総人口に対する比率と,その上昇の重要な要因の一つである平均寿命とを見たものである。60歳以上の高齢者の人口の総人口に対する比率が昭和41年から平成2年までのおよそ四半世紀の間に約9.8%から約17.5%に上昇していることからも明らかなとおり,現在,我が国においては,世界でもまれにみるほど急速に高齢化が進みつつあり,近い将来必ず迎えることが予測される極めて高度に高齢化した社会を可能な限り充実したものとするため,多くの分野において,いろいろな努力がなされている。
ところで,犯罪の防止及び犯罪者の処遇の分野においては,従来,犯罪というものが主として若年者に特徴的なものであって,少数の累犯者の例外はあるが,一般に犯罪者は年を取るに従い犯罪から「足を洗う」ものであるという先入観があったためか,高齢犯罪者については,一部の人々,特に犯罪者の処遇に携わる人々による問題提起はあったものの,最近に至るまで,社会全体からは,必ずしも十分な注意が払われてはいなかったように思われる。
しかし,成人について,交通関係業過を除く刑法犯の検挙人員,起訴人員,通常第一審有罪人員のいずれを見ても,また,新受刑者数あるいは保護観察新規受理人員のいずれを見ても,最近では,20代,30代の者の構成比が低下する反面,40代,50代及び60歳以上の年齢層すなわち中高年齢層の者の構成比が上昇する傾向にあり,その意味では,高齢化の波は,犯罪の世界にも着実に押し寄せつつある。
その最も分かりやすい例としては,新受刑者の年齢層別構成比の推移を挙げることができる。これをグラフに表したIV-1図からも明らかなとおり,昭和22年から40年までの間は,20代の者が毎年5割台を占めており,40歳以上の中高年齢層の者は1割台にすぎなかったが,この傾向は,40年代,特にその後半から顕著な変化を見せ始め,20代の者の構成比が低下するとともに中高年齢層の者の構成比が上昇し,最近では,20代の者がおよそ4人に1人となっている反面,中高年齢層の者はおよそ2人に1人となりつつある。そしてこのような年齢構成比の変化は,刑務作業,医療,帰住調整から仮釈放後の保護観察の在り方にまで,種々の影響を及ぼしているのである。
IV-1表 60歳以上の高齢者の人口構成比及び平均寿命(昭和21年,31年,41年,51年,61年〜平成2年)
そこで,本白書においては,「高齢化社会と犯罪」という標題の下に,我が国における成人犯罪のうち主として中高年齢層の者による犯罪に焦点を絞り,その動向,特質,背景を明らかにするとともに,このような犯罪者の特質や意識を探り,また,処遇の実情を紹介することとし,あわせて,諸外国の刑務所における高齢受刑者の現況と我が国のそれとを比較することによって,この問題を総合的に把握しようと試みた。
IV-1図 新受刑者の年齢層別構成比の推移(昭和20年〜平成2年)
そのため,法務総合研究所では,公刊されている各種統計資料を分析したほか,最高裁判所から,高齢者の起訴人員が多い窃盗等幾つかの罪名に関し,通常第一審有罪判決を実刑判決と執行猶予判決とに分けた上,それぞれについて年齢層別に人員及び刑期合計を抽出した資料の提供を受け,これを分析した。また,受刑者の年齢層別特質及び生活意識を探るため,全国45か所の行刑施設に入所した約3,000人の新受刑者を調査対象として,これらの行刑施設が把握している犯罪の動機,手ロ,薬物依存・アルコール依存の有無,入所前の家庭状況等の客観的情報を年齢層別かつ初入・再入別に収集するとともに,アンケート方式により,罪の償い,将来の生活等に関する意識などの主観的情報を収集し,これらの独自の調査結果を分析した。さらに,保護観察を終了した50歳以上の保護観察対象者約800人を調査対象として,保護観察中の生活程度,保護観察処遇上の問題点等について情報を収集し,比較的年齢の高い対象者の実態に関する独自の調査をも実施した。
これらの結果を踏まえて,第2章では高齢化社会と犯罪の動向について,第3章では高齢化社会と検察及び裁判について,第4章では上記の特別調査の結果や諸外国との比較を含め高齢化社会と矯正について,第5章では高齢化社会と更生保護について,それぞれ述べることとする。
なお,一般に,高齢者とは65歳以上の者,中高年齢者とはおおむね45歳以上の者とされる場合が多いようであるが,刑事司法関係の古い統計においては年齢区分に制約があることから,本白書においては,高齢者を60歳以上の者,中高年齢層を40歳以上の年齢層と定義してこれらの用語を用いることとした。