第7章 むすび 戦後における少年非行の動向の推移を見ると,少年の刑法犯検挙人員は,昭和26年及び39年を頂点とする波を形成しながら増加傾向をたどり,58年に約32万人を記録して戦後最高となったが,その後,減少傾向に転じ,平成元年には,約26万人となっている。また,10歳以上20歳未満の少年人口1,000人当たりの少年の刑法犯検挙人員の比率(人口比)は,昭和22年に最低の6.1を記録したが,その後は増加傾向をたどり,56年及び57年に17.2と戦後最高を記録した。その後,減少傾向に転じたものの,平成元年には14.0と依然高い比率を維持している。さらに,刑法犯検挙人員に占める少年の比率(少年比)は,昭和37年の35.2%の最高から,47年の19.6%の最低までの間で変動を示しながら推移し,平成元年には27.3%となっているが,交通関係業過を除く刑法犯検挙人員の少年比は,昭和48年から上昇傾向にあり,平成元年には57.4%(触法少年を除いても52.7%)と,過去20年間で最も高い数値となっている。 一方,少年非行の特質を見ると,昭和41年以降の少年の交通関係業過を除く刑法犯検挙人員の年齢層別の人口比は,46年以降,年少少年の人口比が非常に高く,次いで,中間少年,年長少年の順位で毎年推移してきており,非行の低年齢化現象が続いている。また,平成元年における少年の刑法犯検挙人員約26万人中,56.6%に当たる約15万人が窃盗(このうち,42.9%が万引き,25.2%がオートバイ盗,11.4%が自転車盗),24.6%に当たる約7万人が交通関係業過,8.5%に当たる約2万人が横領(このうち99.9%は占有離脱物横領)であり,少年非行の約9割は,比較的軽微な事犯であるこれらの3罪で占められている。 昭和63年の交通関係業過及び虞犯を除く一般保護事件の家庭裁判所の処理状況を見ると,73.6%が審判不開始,16.1%が不処分,7.3%が保護観察,2.2%が少年院送致となっており,刑事処分相当として検察官に送致されたものは0.4%にすぎない。 今回,法務総合研究所においては,[1]少年非行に関する国際比較,[2]少年鑑別所収容少年の実態調査,[3]一般少年及び少年鑑別所収容少年の生活と価値観に関する意識調査を実施した。 まず,[1]の少年非行に関する国際比較については,交通関係業過を除く刑法犯検挙人員中18歳未満の少年の人口比を見ると,我が国の少年人口比は,西ドイツ,イギリス及びアメリカほど高くはないが,フランスに近く,韓国より高いことが明らかとなった。したがって,人口比で見る限り,我が国の少年非行は,諸外国と比較してそれほど深刻化しているとは認められないものの,少年比がかなり高く,なお,問題を含んでいる。 次に,[2]の少年鑑別所収容少年の実態調査と一般非行少年に関する法務省の特別調査等をもとに,両者を対比することにより少年非行の解明に努めた。 平成元年における非行少年の家庭環境を見ると,法務省の特別調査に係る一般非行少年は,実父母がそろっている者が71%であり,親の生活程度が「中」以上の者が90%,「下」以下の者が9%である。家庭裁判所の一般保護事件終局処理人員では,実父母がそろっている者が70%であり,保護者の生活程度が「普通」以上の者が88%,「貧困」の者が12%である。少年鑑別所初入少年では,実父母がそろっている者が55%であり,保護者の生活程度が「普通」以上の者が79%,「貧困」の者が18%である。少年院収容少年では,実父母がそろっている者が48%であり,保護者の生活程度が「普通」以上の者が69%,「貧困」の者が29%となっている。すなわち,一般非行少年においては,「非行の一般化」という現象が現れているが,非行性が進むにしたがって,保護者の構成や経済状態などの,家庭の基本的な条件に問題のある少年がかなりの割合を占めるに至っていることが明らかとなった。 親の養育態度を見ると,一般非行少年では,「放任」が47%,「甘やかし・過保護」が22%を占めている。少年鑑別所初入少年では,「普通」である者は,約2割であり,約8割の少年の親は,「放任」,「一貫性なし」,「溺愛」など,養育態度に問題を有している。すなわち,一般の非行少年も,非行性の進んだ非行少年も,少年に対する基本的な保護的・教育的機能が低下していると思われる家庭が少なくなく,親の養育態度に問題があることが認められた。 少年鑑別所初入少年は,約9割の者が家庭内に問題を抱えており,具体的には,「親の指導力不足」が男子で52%,女子で55%,家族間の「交流不足」が男子で36%,女子で47%,「家庭におけるしつけ不足」が男女共に35%などとなっている。また,非行化要因が「家族間葛藤」にある者が,男子の28%,女子の44%を占めている。 少年鑑別所収容少年のうち,約3割が再入少年であり,初入少年であっても,その約9割の者は非行歴を有しており,また,過去に種々の問題行動歴を有するものも少なくない。初入少年の問題行動歴を見ると,男女共に,「家出」,「万引き」,「シンナー等の濫用」の経験を有するものが多い。これらの問題行動の常習者は,再入率が高く,軽微な非行を繰り返すうちに,非行性が深まり,ついには,凶悪な非行に至る少年が少なくない。 少年鑑別所収容少年の初発非行年齢を見ると,13歳から15歳の中学生の年代が約6割で最も多い。一方,小学生の年代に非行が始まっている者が,男女共に1割程度おり,しかも,12歳以前に初発非行があった者の再入率は高くなっている。 さらに,[3]の一般少年及び少年鑑別所収容少年の生活と価値観に関する意識調査によれば,一般群が父親・母親と密接な関係を維持し,同性を友達としている者が多いのに,非行群は,親子関係で様々な難点を示し,異性を友達にもっている者が非常に多く,親子関係において愛情に満たされていると感じないため,友達関係,特に,異性の友達関係において満足を得ようとする傾向が見られた。また,余暇利用については,一般群が各種の趣味やスポーツを楽しみ,勉強や習いごとをし,教養的色彩が認められるのに対して,非行群では,ゲームセンターで遊んだりバイクや車で出かけたりするなど,遊興的色彩が強いことが認められた。 これら[2]と[3]の調査では,家庭,交友及び地域社会と少年非行との関係を主眼として調査したが,その結果を総合する限りにおいては,非行に陥る少年の多くが,家庭環境に問題をもっており,非行の一般予防にとって,良好な家庭環境の維持,特に,保護者と少年との心的交流の維持が重要であることが認められた。非行要因の一つとしてしばしば指摘される学校,職場等と少年非行との関係については,今後の研究課題である。 法務総合研究所は,本白書において,以上のような特別調査を実施することにより,少年非行及び非行少年の処遇をめぐる問題の所在を立体的・多角的に明らかにすることに努めたが,今後とも,これらのアプローチを続け,今回取り上げた韓国,西ドイツ,フランス,イギリス,アメリカ以外の諸外国との国際比較,あるいは非行性がいまだ進んでいない少年を対象とした前同様の実態調査及び意識調査等を実施するとともに,更に新たなアプローチの開発に努め,少年施策の充実に資したいと念願している。
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