前の項目   次の項目        目次   図表目次   年版選択
 平成 2年版 犯罪白書 第1編/第2章/第6節/3 

3 精神障害のある犯罪者の特色

 昭和60年から平成元年までの5年間に,検察庁で不起訴処分に付された被疑者のうち,精神の障害のため心神喪失又は心神耗弱と認められたものは,合計3,601人であり,第一審裁判所で心神喪失を理由として無罪になった者及び心神耗弱を理由として刑を減軽された者は,合計394人である。法務総合研究所では,法務省刑事局が精神障害のある犯罪者の実態を知るために調査,収集した上記総計3,995人についての資料を分析し,精神障害のある犯罪者の特色を見ることにした。なお,本項においては,特に傷害致死を傷害から区別して取り扱う。

I-46表 罪名・精神障害名別人員(昭和60年〜平成元年の累計)

(1) 罪名・精神障害名
 I-46表は,前記対象者3,995人の犯した罪名と精神障害名との関係を見たものである。総数で見ると・別では.殺人(835人,20.9%),傷害(608人,15.2%),放火(521人,13.0%)などが多く,精神障害名別の構成比では,精神分裂病が59.9%と最も高く,以下,アルコール中毒の10.5%,そううつ病の7.3%,覚せい剤中毒の4.0%の順になっている。精神分裂病は,いずれの罪名を見ても構成比が高く,殺人では59.2%,強盗では71.6%,傷害では64.8%,傷害致死では68.8%,強姦・強制猥褻では62.3%などとなっている。
(2) 処分結果
 I-47表は,前記対象者3,995人について,罪名別及び精神障害名別に,不起訴処分理由及び裁判結果を見たものである。検察庁及び裁判所で心神喪失と認められて不起訴又は無罪となった者の合計は2,052人であり.罪名別では,殺人691人,放火401人,傷害265人などとなっており,精神障害名別では,精神分裂病1,442人,アルコール中毒162人,そううつ病140人などとなっている。
(3) 本件罪名と直近前科前歴の罪名
 前記対象者3,995人中1,773人が前科前歴を有するが,このうち直近の前科前歴となった犯行(以下「直近事件」という。)の際にも精神障害が認められた者は639人である。I-48表は,この639人について,本件罪名と直近事件の罪名との関係を見たものである。本件罪名と直近事件の罪名が同じ者は,殺人で49人中8人(16.3%),強盗で31人中8人(25.8%),傷害で115人中29人(25.2%),強姦・強制猥褻で12人中3人(25.0%),放火で47人中13人(27.7%)などとなっている。なお,他人の生命,身体に対して危害を加える犯罪である殺人,傷害,傷害致死の3罪名を包括してみると,本件罪名と直近事件の罪名が合致する者は170人中37人(21.8%)となっている。

I-47表 罪名・精神障害名別処分結果(昭和60年〜平成元年の累計)

I-48表 件罪名・精神障害に係る直近前科前歴名別人員(昭和60年〜平成元年の累計)

(4) 犯行時の治療状況
 I-49表は,前記対象者3,995人中,本件犯行時において治療を受けていたかどうかが明らかな者3,642人について,犯行時までの治療状を見たものである。犯行時において現に治療中であった者は,総数では1,235人(33.9%)であり,残りの2,407人(66.1%)は治療を受けておらず,そのうち1,179人は,犯行前5年間に治療歴がありながら犯行時には治療を受けていなかった者である。犯行時に治療中であった者の比率を罪名別に見ると,殺人で40.0%,強盗で42.6%,傷害致死で56.8%,強姦・強制猥褻で37.5%,放火で30.9%などとなっている。

I-49表 罪名別犯行時の治療状況(昭和60年〜平成元年の累計)

(5) 犯行前の入院歴・措置入院期間
 前記対象者3,995人中,重大犯罪と認められる殺人,強盗,傷害,傷害致死,強姦・強制猥褻及び放火を犯した者の合計は259人であるが,このうち,入院歴のある者は1,221人で,措置入院歴者は182人(入院歴者総数の14.9%)となっている。この措置入院歴者の入院回数は,1回の者が145人,2回の者が23人,3回以上の者が14人で,その延べ回数は248回である。そこで,この182人の延べ248回の措置入院について,入院の期間を見るとI-50表のとおりである。総数では,6月以下が118回(47.6%)と多数を占め,1年を超えるものは66回(26.6%)にすぎない。精神障声名別では,6月以下の比率が高い主要なものは,そううつ病(80.0%),覚せい剤中毒(76.9%)であり,精神分裂病においては6月以下は43.2%で,1年を超えるものは28.6%となっている。

I-50表 措置入院歴者の措置入院期間(昭和60年〜平成元年の累計)

(6) 入院歴がある者の退院時の病状及び退院から犯行までの期間
 I-51表は,前記対象者3,995人中,入院歴がある者のうち,本件犯行前に退院した2,057人について,直近退院時における病状及び直近退院時から本件犯行時までの期間を見たものである。この中で,病状不明の者が649人おり,これを除く病状の明らかな者は1,408人である。そのうち,29.3%に当たる412人が,直近退院時に未治癒のまま退院している。

I-51表 入院歴者の直近退院時の病状及び犯行までの期間(昭和60年〜平成元年の累計)

 直近退院時に未治癒であった者を罪名別に見ると,殺人82人(直近退院時の病状が明らかな者に占める比率は31.5%),強盗23人(同41.1%),傷害52人(同23.3%),傷害致死8人(同30.8%),強姦・強制猥褻11人(同40.7%),放火63人(同37.1%)となっている。また,措置入院歴者に限って見ると,殺人では1人(同5.9%),強盗では2人(同25.0%),傷害では3人(同8.1%),放火では3人(同33.3%)が,それぞれ直近退院時に未治癒となっている。
 直近退院時から本件犯行までの期間を見ると,総数では,6月以下の者が648人(31.5%),6月を超え1年以下の者が327人(15.9%)で,退院後1年以内に本件犯行に及んだ者は47.4%となっている。これを措置入院歴者に限って見ると,6月以下が37.7%,6月を超え1年以下の者が17.4%で,1年以下の者の合計は55.1%となっている。このように,未治癒で退院している者が約3割もある上,退院後1年以内に犯行に及んでいる者が約5割もあるということは,犯罪防止の面から見て注目を要するところである。
(7) 犯行後の精神保健法による取扱状況
 I-52表は,前記対象者3,995人の本件犯行後の治療状況を,罪名別及び精神障害名別に見たものである。罪名別に見ると,措置入院となった者は,殺人543人(65.0%),強盗73′人(51.8%),傷害314人(51.6%),傷害致死39人(50.6%),強姦・強制猥褻42人(54.5%),放火273人(52.4%)などであるが,一方,本件犯行後全く治療を受けていない者が,殺人で22人(2.6%),傷害で30人(4.9%),放火で27人(5.2%)に上っている。
 次に,精神障害名別に見ると,措置入院となった者は,精神分裂病で1,351人(56.5%),アルコール中毒で134人(31.8%),ううつ病で103人(35.5%),覚せい剤中毒で68人(42.2%)などとなっている。

1-52表 罪名・精神障害名別犯行後の治療状況(昭和60年〜平成元年の累計)

I-53表 矯正施設収容中の精神障害者数(昭和63年,平成元年各12月20日現在)