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 平成 元年版 犯罪白書 第4編/第3章/第3節/3 

3 保護観察

 本節の1,更生保護制度の形成で述べたように,我が国の更生保護制度は,明治・大正における民間人による釈放者保護事業から,昭和に至り制度化された少年保護事業(第4章第2節参照)や司法保護事業の実施を経て,戦後の昭和24年7月に犯罪者予防更生法の施行により新しい制度としてスタートすることになった。ここでは,新しい更生保護制度における保護観察事件の推移とそれに伴う保護観察処遇の展開を見ることとする。
(1) 保護観察事件の推移
 IV-37図は,昭和24年から63年までの保護観察事件の種類別新規受理人員の推移を見たものである(付表17表参照)。新規受理人員は,犯罪者予防更生法が施行された年の翌25年に5万9,739人となり,27年には刑務所の過剰拘禁に影響された仮出獄者の増加並びに少年非行の激増を反映した保護観察処分少年及び少年院仮退院者の増加により7万7,999人の多きを数えるに至ったが,28年に仮出獄者が大幅に減少したことにより5万8,237人となった。しかし,29年から保護観察付執行猶予者が,まだ,32年から保護観察処分少年がそれぞれ増加したため,新規受理人員は35年に7万1,720人となり30年代におけるピークに至るが,その後多少の起伏はあるものの仮出獄者の減少と,43年以降の少年院仮退院者の激減により,49年には4万4,310人と25年以来最少の受理人員を記録することとなった。しかし,50年から保護観察処分少年の増加により再び新規受理人員が増加し,58年に10万19人と初めて10万人の大台に乗ったが,63年には9万5,736人となり10万人を割っている。52年以降の新規受理人員の増加の主な理由は,52年4月に交通短期保護観察が導入されたためであり,翌53年には既に交通短期保護観察の新規受理人員は約2万人となり,その後増加を続け,62年には4万5,565人となったが,63年には,道路交通法の一部改正(62年4月1日)による反則通告制度の適用範囲の拡大に伴い4万4,099人に減少している。このように,新規受理人員の推移は,犯罪動向やこれに対処するための処分・処遇内容の変化を反映しているものといえよう。

IV-37図 保護観察事件種類別新規受理人員の推移(昭和24年〜63年)

(2) 仮出獄者の保護観察
 IV-60表は,昭和31年,35年からの5年ごとと63年における仮出獄者の新規受理人員の主要罪名別構成比を見たものである。窃盗は,常に最も高い比率を示しているが,その割合は低下傾向を示しており,31年に56.3%であったものが,63年には31.6%となっている。また,業過は,45年及び50年はいずれも15%台にあったが,その後減少傾向を示し,63年には6.6%となっている。詐欺も31年及び35年には10%台であったがその後減少し,63年には6.1%となり,強盗も31年及び35年には5.7%であったものが逐年減少し,63年には2.3%となっている。これに対し,覚せい剤取締法違反は35年から45年までは1%以下であったものが,55年以降急増し6C年に28.1%,63年には28.9%となって窃盗に近接する割合にまで増加している。
 仮出獄中の者は,仮出獄の期間中保護観察を受けることになるが,IV-38図は,昭和41年から5年ごとと63年における仮出獄者の保護観察期間別の構成比を見たものである。保護観察期間が1月以内の者を見ると,41年及び46年は30%台であったが,その後,56年16,9%,63年2.6%と大幅に減少し,逆に3月を超え6月以内の者は41年に15.7%であったものが,56年に22.4%,63年に30.4%に増加している。また,6月を超え1年以内の者は41年以来おおむね10%程度であったが,61年17,9%,63年19.3%に増加している。このことは,昭和59年以降,仮出獄者の保護観察期間を確保するために,仮出獄の早期化が図られていることを示すものであるといえよう。
 IV-39図は,昭和31年から63年までの仮出獄者の保護観察終了時における成績別構成比の推移を見たものである。成績が普通で終了した者は,31年から36年までは60%を超えていたが,その後逐年減少し,53年には46.2%となった。一方,成績が良及び稍良で終了した者は31年から37年までは20%台であったものが徐々に増加し,49年には49,7%となった。しかし,54年に成績評定が4段階から3段階に改正され,以後再び成績普通が急増して良好が減少して,63年には,良好が31.2%,普通が56.9%となっている。また,成績不良で終了した者は,31年から63年までおおむね10%程度で推移している。
 IV-40図は,昭和24年から63年までの仮出獄者の仮出獄終了事由別人員の推移を見たものである(付表18表参照)。仮出獄者で仮出獄期間を満了で終わった者は常に90%を超えているが,仮出獄が取り消されたことにより終結した者は,27年には1%程度であったがその後上昇し,30年代及び40年代にはおおむね4%台で推移し,仮出獄者がやや増加してきた58年から仮出獄取消人員も若干増加し,63年には8.6%となっている。

IV-60表 仮出獄者新規受理人員の主要罪名別構成比の推移(昭和31年,35年,40年,45年,50年,55年,60年,63年)

IV-38図 仮出獄者新規受理人員の保護観察期間別構成比の推移(昭和41年,46年,51年,56年,61年,63年)

IV-39図 仮出獄者の保護観察終了時における成績別構成比の推移(昭和31年〜63年)

IV-40図 仮出獄者の終了事由別人員の推移(昭和24年〜63年)

IV-61表 仮出獄者と満期釈放者の再入所状況(昭和35年,40年,45年,50年,55年,60年,61年)

 昭和35年から60年までの5年ごとと61年について,仮出獄者及び満期釈放者の刑務所への再入所状況を見たものが,IV-61表である。仮出獄者及び満期釈放者の出所当年におけるそれぞれの再入所率を見ると,35年が7.0%,14.5%,45年が3.9%,10.4%,55年が3.8%,12.0%,61年が3.5%,12.3%と,いずれの年も仮出獄者の再入所率が満期釈放者のそれの半分以下である。刑務所出所後第3年次までの累積再入所率を見ると,仮出獄者がおおむね30%であるのに対して満期釈放者はおおむね50%で,いずれも仮出獄者の方が成績良好といえる。また,両者とも,刑務所出所第2年次において再入所率が最も高い。
(3) 保護観察付執行猶予者の保護観察
 IV-37図は,昭和24年から63年までの保護観察事件の種類別新規受理人員の推移を示したものであるが(付表17表参照),そのうちの保護観察付執行猶予者の受理人員を見ると,保護観察付執行猶予制度が整った29年に2,385人であり,以後逐年増加し,33年に8,282人となり,その後はほぼ8,000人台が続くが,42年に7,779人と減少し始め,46年には6,771人となった。しかし,47年以降増勢に転じ,53年に8,501人となったが,54年以降起伏はあるものの再び減少傾向となり,63年には6,076人となっている。
 次に,昭和30年から60年までの5年ごとと63年における保護観察付執行猶予者の罪名別受理人員の構成比の推移を見たものが,IV-62表である。刑法犯については,仮出獄者と同様に窃盗の割合が高く,30年には57.2%を占めるが,その後起伏を見せながら減少傾向を示し,63年には31.3%となっている。また,傷害・暴行も45年に11.0%であったものが,60年に5.3%まで減少し,63年には6.0%となっている。業過は,45年以降おおむね8%ないし10%程度で推移している。特別法犯では,55年以降は,覚せい剤取締法違反の割合が最も高く20%台で推移しており,次いで道路交通法違反であり,10%を超える比率となっている。

IV-62表 保護観察付執行猶予者の罪名別受理人員構成比の推移(昭和30年,35年,40年,45年,50年,55年,60年,63年)

 保護観察付執行猶予者については,地方委員会の決定により,保護観察を仮に解除することができるが,仮解除中の本人の行状により再び保護観察を行うことが相当と認められる場合,地方委員会の決定により仮解除を取り消すこともできる。IV-63表は,昭和30年からの5年ごとと63年における仮解除決定人員及び仮解除の取消人員を見たものである。仮解除決定人員は,35年には370人となり,以後逐年増加し,60年には1,741人となったが,その後は減少し63年には1,376人となっている。また,年末現在の仮解除中の人員は55年に2,220人となり,それ以降2,000人台が続いたが,63年には2,000人を割り,1,926人となっている。仮解除取消人員は,仮解除決定人員にほぼ比例して推移しているが,その数は少なく,63年には114人である。
 IV-41図は,昭和24年から63年までの保護観察付執行猶予者の終了事由別人員の推移を見たものである(付表19表参照)。28年及び29年における刑法の一部改正による成人に対する保護観察付執行猶予制度の実施とその適用範囲の拡大により,新規受理人員が増加したが,これに比例するように終了人員もまた増加し,35年以降およそ7,000人台から8,000人台で推移している。期間満了人員を見ると,32年1,114人,33年2,263人となり,36年から62年まではおおむね5,000人台を推移してきたが,63年には4,864人と若干減少している。執行猶予の取消状況を見ると,31年に1,314人(84.2%)と急増し,33年以降2,000人台が続くが,43年以降1,000人台に減少し,51年から再び2,000人台に増加し,執行猶予の取消率もおよそ30%となって今日に至っている。保護観察付執行猶予者が遵守事項に違反し,その情状が重いときは執行猶予が取り消されることになるが,その人員は少なく,55年の220人が最も多く,最近はおよそ100人前後である。

IV-63表 仮解除決定人員及び取消人員(昭和30年,35年,40年,45年,50年,55年,60年,63年)

IV-41図 保護観察付執行猶予者の終了事由別人員(昭和24年〜63年)

(4) 保護観察処遇の展開
 我が国の保護観察制度は,保護観察官と保護司が協働して保護観察を実施しているところにその特徴があるが,保護観察処遇の実際の場面では必ずしも両者の役割が明らかでなく,昭和24年の制度発足から34年に至る10年間は保護観察処遇の在り方について模索を続けた時代といえる。35年11月に青少年犯罪の凶悪化に伴う保護観察の強化について通達が出され,全国の保護観察所は,凶悪犯罪の再犯に至るおそれがあると認められる対象者に対する処遇を強化するため,「重観察」又は「重点観察」を実施するに至った。これらの過程で,保護観察制度も次第に軌道に乗り,保護観察官の主体性・専門性を志向する傾向が強まり,保護司との役割分担を明確にしようとする動きが活発になってきた。36年から38年にかけて,東京・横浜の両保護観察所において,保護観察官が単独で50件(1号観察から4号観察を含む。)を直接担当するものと,保護司との協働態勢のもとで150件程度を担当するものとの2種類を定め,処遇の在り方や効果についての実験が行われ,この実験を契機に,40年4月東京,大阪,名古屋の3保護観察所で,青少年対象者に対する,いわゆる「初期観察」が実施された。これは,保護観察の開始直後の2月間は保護観察官が直接事件を担当することとし,対象者の保護観察実施上の問題点を明らかにして,その後の処遇の参考に資することとするものであった。この考えは更に進められ,49年4月新たに東京・大阪の両保護観察所に直接処遇班が設置されるに至った。当初は,地域を特定し,かつ,対象を23歳未満の青少年対象者とし,処遇の強化と処遇技法の開発に努めたが,今日では,地域を特定せず,かつ,少年のみならず成人の対象者をも対象として処遇の充実を図っている。
 保護観察強化策の一環として,昭和42年9月には「処遇分類制」が導入された。これは保護観察官と保護司の協働態勢のもとに,保護観察官による処遇活動の関与の度合いに応じた処遇形態なA,B,Cの3種類に定め,処遇効果を挙げようとしたものである。その後,この結果を踏まえて,46年10月に「分類処遇制」が新たに導入された。処遇形態による分類に代えて,処遇の難易により対象者をA-Bの2種類に分類して処遇することに改め,A分類対象者に対しては,保護観察官が計画的かつ積極的に関与し,また,保護司に対する連絡協議をより積極的に行うことにするとともに,この制度の実施地域を都市部から管轄全区域へ拡大した。その後,分類処遇制に関する研究が一層進められ,61年1月に分類基準表を1号・2号観察,3号観察,4号観察の3種類とし,かつ,分類項目数を約半分にして評価点に差を設けるなどの改正が行われて今日に至っている。ところで,分類処遇制を有効に行うための方法に定期駐在制がある。保護観察官が,毎週あるいは毎月定期的に担当保護区の市町村役場等に出向き,一日程度駐在して対象者やその家族と面接したり,保護司と協議を行うものである。また,分類処遇制による分類とは別に,保護観察所は,対象者について,暴力組織関係者,暴走族,シンナー等乱用者,無期刑仮出獄者,精神障害者,覚せい剤事犯者,校内暴力少年等,対象者の問題性あるいは犯罪や非行の態様別の類型により把握し,これに対応した効果的な処遇を行っている。特に,シンナー等薬物乱用者に対する集団処遇は,全国の保護観察所で実施されている。
 交通犯罪や非行の増加に伴って,保護観察の領域においても,これに対する一層効果的な対策が求められるに至った。昭和40年4月道路交通法違反により保護観察処分に付された少年に対する取扱い要領が定められ,それ以外の対象者とは異なった処遇が行われるようになった。これは,遵法精神のかん養,安全運転態度の養成を目指すものであるが,個別処遇の方法に加えて集団処遇の方法を併用しているのが特徴である。幾つかの保護観察所では,座談会方式による集団処遇を実施し成果を挙げてきたが,50年代に至り多くの保護観察所では安全運転に関する手引書等を作成し,これに基づいた面接指導を行うことにより処遇の充実を図った。交通保護観察で注目されるのは,52年4月から実施された交通短期保護観察である。これは,家庭裁判所の処遇勧告に基づき,交通関係の非行性が固定化していない少年に対して,原則として3月以上4月以内の短期間に,保護観察官や特別に指名された交通専門の保護司が集団処遇を中心に実施するものである。受理人員は年々増加し,最近の5年間は毎年4万人を超えている。
 少年に対する新たな処遇制度として,昭和52年5月に導入された短期処遇少年院から仮退院した少年に対する保護観察がある。少年院での矯正教育を踏まえた上で,開始当初において少年及び家族との接触を密にするなど円滑な社会復帰に対する配慮を尽くし,仮退院後6月以内に保護観察を終了させるための退院の措置を採ることができることになった。
 矯正処遇と更生保護とが有機的関連性を深め,被収容者の社会復帰を適正かつ円滑にするための仮釈放準備調査が,昭和41年10月に開始された。地方委員会所属の保護観察官が仮釈放の申請前に矯正施設に赴き,被収容者と面接したり,矯正施設の職員と協議したりして仮釈放の審理のための準備をすることである。この制度は,59年9月に改正され,従来の準備調査に加えて,地方委員会所属の保護観察官を行刑施設に駐在させて,被収容者に対する相談助言や帰住予定先の調整を行うことになった。
 昭和54年4月長期刑仮出獄者の円滑な社会復帰を図るための施策として,中間処遇制度が開始された。長期刑受刑者(無期刑及び執行刑期8年以上の受刑者)が仮出獄する場合に,本人の同意の下に,仮出獄後の一定の期間,更生保護会の施設に居住させ,生活訓練を中心にした指導と職業についての援助等を行うものである。61年6月通達が改正され,その期間が3月から1月に短縮されたが,原則として長期刑受刑者全員が実施対象となった。
 また,非行少年の低年齢化を反映して,更生保護の分野にも中学生など低年齢対象者が増加したことに伴い,昭和58年3月「中学生等低年齢対象者に対する保護観察の充実強化について」の通達が出され,さらに,無期刑仮出獄者の凶悪犯罪の再犯を防止するため,60年12月「無期刑仮出獄対象者に対する保護観察の充実強化について」の通達が発せられ,これらの者に対する処遇の一層の強化が図られている。