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 平成 元年版 犯罪白書 第4編/第2章/第1節/2 

2 戦後に制定された刑罰法規等

(1) 戦時特別法等の廃止
 戦時に適用されていた国防保安法,治安維持法,兵役法,国家総動員法,戦時刑事特別法などは,終戦後,昭和20年から翌21年にかけて廃止された。
(2) 刑法の改正
ア 昭和22年の改正
 国民主権,基本的人権の尊重,戦争放棄等を定めた日本国憲法が昭和21年11月に公布(翌22年5月3日に施行)されたのに伴い,その制定の趣旨に適合するように,22年10月に刑法の一部改正(同年11月15日施行)が行われた。その主な改正点は,皇室に対する罪,外患罪の一部,安寧秩序に対する罪,姦通罪等が廃止され,公務員職権濫用,特別公務員職権濫用,特別公務員暴行陵虐,暴行,脅迫,名誉毀損,公然猥褻,猥褻文書頒布等の各罪の法定刑が引き上げられ,暴行罪が非親告罪とされ,重過失致死傷罪が新設され,名誉毀損罪につき事実の証明に関する規定が設けられ,刑の執行猶予のできる範囲が拡大され,刑の消滅に関する規定が新設されたことなどである。
イ 昭和28年及び29年の改正
 昭和28年8月公布(同年12月1日施行)の刑法の一部改正においては,犯罪者の改善更生に資するため,刑の執行猶予の要件を緩和するとともに,一定の要件のもとで再度の執行猶予ができるようにし,その猶予期間中は必ず保護観察に付することとされた。また,29年4月公布(同年7月1日施行)の刑法の一部改正においては,初度目の刑の執行猶予についても保護観察を付することかできるなどとされた。
ウ 昭和33年の改正
 昭和33年4月公布(同年5月20日施行)の刑法の一部改正においては,涜職及び暴力行為の実情にかんがみ,その取締りを強化する必要があるため,従来から賄賂罪に関する脱法行為とみられ,また,公務員の綱紀粛正の観点から取締りの必要性が認められていた斡旋収賄罪,いわゆるお礼参り行為である刑事被告事件の証人等に対する強談威迫行為等を処罰する証人威迫罪,2人以上共同して他人の生命等に害を加えることを目的とする凶器の準備を伴う集合行為を処罰する凶器準備集合罪等がそれぞれ新設されるとともに,暴力的凶悪性の強い犯行態様である,二人以上現場で共同して犯した強姦罪,強制猥褻罪等が非親告罪とされた。
エ 昭和35年の改正
 昭和35年5月公布(同年6月5日施行)の刑法の一部改正においては,いわゆる不動産の不法侵害に対処するための取締法規を整備するため,不動産侵奪罪,境界毀損罪等がそれぞれ新設された。
オ 昭和39年の改正
 昭和39年6月公布(同年7月20日施行)の刑法の一部改正においては,38年に発生したいわゆる吉展ちゃん誘拐事件が契機となって,この種事犯に対して適正に対応するため,身代金目的の拐取罪,その予備罪等が新設された。また,暴力団構成員による犯罪が,暴力団の組織の大規模化・広域化に伴う暴力団相互間の対立抗争事件の激化により,悪質危険化する状況にかんがみ,暴力犯罪の取締り及びその科刑を一層適正化する必要性から,39年6月に「暴力行為等処罰に関する法律」の一部が改正(同年7月14日施行)され,持凶器傷害罪が新設され,また,従来の常習的暴力行為に対する法定刑が引き上げられ,さらに,その常習的暴力行為の中に新たに刑法204条が加えられ,傷害を含む常習的暴力行為についてより重い法定刑が定められた。
カ 昭和43年の改正
 昭和43年5月公布(同年6月10日施行)の刑法の一部改正においては,自動車運転に伴う業務上(重)過失致死傷事件のうち,高度の社会的非難に値する悪質重大事犯に対して一層適正な処分ができるようにするため,業務上(重)過失致死傷罪の法定刑の引上げなどがなされた。
キ 昭和55年の改正
 昭和55年4月公布(同月30日施行)の刑法の一部を改正する法律においては,いわゆるロッキード事件のような事件の再発防止の観点から,この種賄賂事犯に対し,事案に応じた適切な科刑を可能にするなどのために,収賄罪及び斡旋贈賄罪の各法定刑がそれぞれ引き上げられた。
ク 昭和62年の改正
 昭和62年6月の刑法等の一部改正(電子計算機に関連する不正行為に対応するための改正規定は,同月22日施行,後記の条約締結に伴う改正規定は同年7月8日施行)においては,コンビュ-タ等の電子情報処理組織が普及し,これに関連する不正行為に適切に対応する必要が生じてきたので,電磁的記録不正作出等の罪,電子計算機損壊等による業務妨害罪,電子計算機使用詐欺罪がそれぞれ新設された。また,権利,義務に関する公正証書の原本たるべき電磁的記録に不実の記録をさせる行為及びこれを使用する行為を現行刑法の公正証書原本不実記載及びその行使と同様に処罰するための改正,公務所の用に供する電磁的記録及び権利,義務に関する他人の電磁的記録を毀棄する行為を現行刑法の文書毀棄罪と同様に処罰するための改正等が行われた。さらに,同一部改正において,外交官の誘拐,殺害その他テロ行為の防圧について国際的な協力体制を充実する必要から,「国際的に保護される者(外交官を含む。)に対する犯罪の防止及び処罰に関する条約」の締結が急がれており,主としてその実施のための措置として,条約による国外犯規定(条約上要請される範囲で刑法各則の罪の国外犯を処罰することとする規定)の新設が行われ,さらに,「人質をとる行為に関する国際条約」の実施のための措置として,「人質による強要行為等の処罰に関する法律」が改正され,人質による強要等の罪が新設され,これについては刑法の国民の国外犯及び条約による国外犯の各規定の例に従うものとされた。その他,「暴力行為等処罰に関する法律」が改正され,同法1条の2第1項及び第2項の罪については,刑法の国民の国外犯の規定に加えて,条約による国外犯の規定の例に従うものとされた。
ケ 罰金額の引上げ
 戦後,インフレーションが急激に進むなどの経済事情の変動があり,刑法規定の罰金額では,罰金刑の実質的効果を保ち得なくなったので,昭和23年12月に罰金等臨時措置法が公布(24年2月1日施行)され,刑法の罪について定められた罰金の多額をそれぞれ50倍に引上げるなどの措置がなされた。また,その後,更に諸物価や国民の収入が上昇することなどにより,罰金刑の実質的効果が低下したことなどから,47年6月に同法の一部改正(同年7月1日施行)が行われ,刑法の罪について定められた罰金の多額を従来より更に4倍引き上げて刑法に定める金額の200倍とするなどの措置がなされた。
コ 刑法の全面改正準備作業
 前述のとおり,現行刑法は明治40年に制定され翌41年から施行されたが,その後における社会情勢及び国民感情の推移,憲法を始めとする法律制度の変遷,刑事判例,刑法学説及び刑事政策思想の発展などから,これを現代の要請に適合したものとするため,刑法の全面的な再検討が行われることになり,昭和31年に法務省刑事局内に非公式の委員会である刑法改正準備会が設けられ,36年に同準備会が改正刑法準備草案を完成してこれを公表した。この準備草案に対して賛否の意見があったが,全体としては同草案を基礎とする刑法の全面的改正に賛同する意見が強かったので,正規の手続で改正作業を進めることに決め,38年に法務大臣から法制審議会に対し「刑法に全面的改正を加える必要があるか,あるとすればその要綱を示されたい。」との諮問が発せられた。法制審議会は約11年にわたる慎重な審議の末,49年に「刑法に全面的改正を加える必要がある。改正の要綱は当審議会の決定した改正刑法草案による。」との結論に達し,法務大臣に答申した。この改正刑法草案による刑法の全面改正については,各方面からの賛否両論が表明されており,法務省では各界の意見を聴きながら刑法改正の準備作業を行ってきた。その後,法務省では51年6月に中間検討結果を発表し,さらに,56年12月に「刑法改正作業の当面の方針」及び「保安処分(刑事局案)の骨子」を発表しているが,昭和の時代には,刑法の全面改正は実現されなかった。
(3) 特別法
 次に,戦後に制定された主な特別法について述べることとする。
ア 終戦直後の特別法
 昭和21年3月に物価統制令(勅令)が施行され,終戦後の事態に対処し物価の安定を確保するため,主務大臣が価格等の統制額を指定することができることや,統制額を超えて価格等を契約し,支払い又は受領することを禁止することなどの規定を定め,これに違反した者を処罰する規定等が設けられた。また,21年6月に,銃砲,火薬類及び刀剣類の所持の禁止規定等を設けた銃砲等所持禁止令(勅令)が施行された。その後,25年11月に,同令及び明治43年公布の銃砲火薬類取締法が廃止されて,銃砲又は刀剣類の所持の禁止,その他の規制を定めた銃砲刀剣類等所持取締令(政令)が施行され,また,同時に,火薬類の製造,販売,貯蔵,運搬,消費等を規制し,その違反者を処罰する規定等を定めた火薬類取締法が施行された。33年4月には,銃砲刀剣類等所持取締令が廃止されて,銃砲刀剣類等所持取締法が施行(40年5月公布の一部改正法により銃砲刀剣類所持等取締法と改題)され,同法では,銃砲・刀剣類等の所持に関する危害予防上必要な規制が定められ,銃砲又は刀剣類等の所持の禁止規定に違反する者等を処罰する規定などが設けられた。
 昭和23年5月には,明治41年制定の警察犯処罰令が廃止され,これに代わって,軽微な犯罪とその処罰を規定した軽犯罪法が施行された。
イ 道路交通法等
 昭和23年1月には,大正8年施行の道路取締令及び自動車取締令が廃止され,これに代って,道路における危険防止及びその他の交通安全のための規制を定め,一定の違反者を処罰する規定等を設けた道路交通取締法が施行された。その後,昭和35年12月に,同法は廃止され,新しい交通事情に応じて道路における危険を防止し,その他交通の安全と円滑を図るための規定を定め,一定の違反者を処罰する規定等を設けた道路交通法が施行された。その後,交通事情の変化等に対処するため,道路交通法は,適宜,その一部改正が行われてきたが,43年7月施行の一部改正で交通反則通告制度が設けられている(同制度等については,本編第3章第1節1(2)ウ(エ)参照)。
ウ 薬物関係取締法
 昭和23年7月,明治30年公布の阿片法が廃止され,(旧)麻薬取締法が施行され,厚生大臣の免許を受けた麻薬取扱者以外の者が麻薬を取扱うことを禁止し,その違反者に対する処罰規定等が設けられた。また,同日,大麻取締法が施行され,大麻取扱者を免許制にし,大麻取扱者でなければ,大麻の所持,栽培,譲受・譲渡等ができないことなどが定められ,その違反者に対する処罰規定等が設けられた。28年4月に,(旧)麻薬取締法が廃止され,麻薬取締法が施行されたが,同法は,旧法で麻薬とされていたものの一部を麻薬から外したこと,麻薬取扱者の種類を調整したこと,麻薬取扱者等の帳簿の記載義務等を軽減したこと,都道府県に麻薬取締員を置き刑事訴訟法の規定による司法警察職員としての職務を行う者としたことなどの点で,旧法と異なるものである。29年5月には,けしの栽培並びにあへん及びけしからの譲渡・譲受,所持等を規制し,その違反者を処罰する規定等を定めたあへん法が施行された。
 昭和22年12月,毒物及び劇物の販売業者を許可制に,その製造業者及び輸入業者を届出制にし,その他毒物劇物営業の取締りに関する規定を定め,無許可営業の違反者等を処罰する規定などを設けた毒物劇物営業取締法が施行さねた。25年12月に,同法は廃止されて,毒物及び劇物取締法が施行されたが,同法では,毒物又は劇物の製造,販売及び輸入の各業者を登録制にし,その他毒物及び劇物についての取締規定を定め,無登録による毒物又は劇物の販売,製造,輸入等をした者などの違反者を処罰する規定などが設けられている。その後,シンナー等を濫用する者が増えたので,47年6月に同法が改正(同年8月施行)され,シンナー等を摂取,吸入などした者や摂取することなどの情を知ってシンナー等を販売するなどした者を処罰する規定等が設けられ,さらに,57年8月の同法の一部改正(同年10月施行)で,シンナー等の摂取,吸入等の禁止規定に違反した罪の法定刑に,これまでの罰金刑のほかに,懲役刑が加えられるなどした。
 戦後,覚せい剤の濫用者が増え,中毒による幻覚・妄想にかられて犯罪行為に至る事例も増加し社会問題となったので,昭和26年7月,覚せい剤取締法が施行され,同法では,覚せい剤の濫用による保健衛生上の危害を防止するため,その輸入,所持,製造,譲渡・譲受,使用などに関して必要な取締りのための規定が設けられ,その違反者に対する処罰規定等が定められた。同法の施行にもかかわらず,その後,覚せい剤の濫用等がますます増加の一途をたどったので,29年6月に同法の一部改正(同月施行)が行われ,覚せい剤の輸入,所持,製造,譲渡・譲受,使用の禁止に違反した罪の法定刑が引き上げられ,新たに営利犯及び常習犯について刑を加重する規定が設けられた。さらに,30年8月に同法の一部改正(同年9月施行)が行われ,新たに覚せい剤原料に対する規制が加えられたほか,覚せい剤の輸出も禁止され,また,営利犯及び常習営利犯について刑を加重する規定等が設けられた。48年10月に同法の一部改正(同年11月施行)が行われ,覚せい剤原料の輸入・輸出,製造,販売等の規制が強化されるとともに,覚せい剤及び覚せい剤原料に関する違反行為に対する罰則の整備と法定刑の引上げが行われ,常習犯及び常習営利犯の規定が廃止された。
エ 風俗営業等取締法
 昭和23年9月に風俗営業を営む者を許可制にすることなど風俗営業に関する取締規定を設け,無許可営業等の違反者を処罰する規定等を定めた風俗営業等取締法が施行された。その後,12回にわたる改正を経て,59年8月に同法の一部改正(60年2月施行)が行われ,風俗営業及び風俗関連営業等に関する規定の整備等がなされ,法律の題名も「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」に改められた。
オ その他の特別法
 昭和22年1月に「婦女に売淫をさせた者等の処罰に関する勅令」が施行され,婦女を困惑させて売淫をさせた者,婦女に売淫をさせることを内容とする契約を結んだ者が処罰されることとなり,27年5月施行の「ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く法務府関係諸命令の措置に関する法律」により法律としての効力をもつこととなった。その後32年4月に,売春防止法が施行(ただし,刑事処分に関する規定は33年4月1日施行)され,33年4月に前記勅令が廃止されたが,同法では売春を行うおそれのある女子に対する保護及び更生の措置が講ぜられるとともに,売春目的の勧誘,売春の周旋,管理売春等の各種の売春を助長する行為を処罰する規定等が設けられた。
 また,公害の実情にかんがみ,事業活動に伴って人の健康に係る公害を生じさせる行為等について,特別の処罰規定を設ける必要が生じ,昭和46年7月に,「人の健康に係る公害犯罪の処罰に関する法律」が施行された。その他の公害に対する規制法としては,43年12月施行の大気汚染防止法,46年9月施行の「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」,46年6月施行の水質汚濁防止法及び「海洋汚染及び海上災害の防止に関する法律」その他のものがある。
 飛行中の航空機の不法奪取(ハイジャッキング)に対する処罰規定を整備するとともに,ハイジャッキングの防止を目的とした国際条約上の要請に応ずるようにするため,昭和45年6月に「航空機の強取等の処罰に関する法律」が施行された。その後,「民間航空の安全に対する不法な行為の防止に関する条約」を締結することとするに際し,業務中の航空機を破壊する行為等の処罰規定などの国内法を整備する必要が生じたことから,49年7月に「航空の危険を生じさせる行為等の処罰に関する法律」が施行された。また,43年ころから過激派の集団暴力事犯の主な凶器として火炎びんが多量に使用されるようになり,火炎びんの製造,所持,使用等を処罰する必要が生じたことから,47年5月に「火炎びんの使用等の処罰に関する法律」が施行された。さらに,一部過激派による航空機の乗っ取り,在外公館の占拠等を手段とする人質による強要事犯が過激化,悪質化する傾向にあったので,この種の強要行為に対する処罰を強化することなどのため,53年6月に「人質による強要行為等の処罰に関する法律」が施行された。
 なお,昭和の時代には,犯罪者の処罰や処遇に関する法規だけでなく,犯罪の被害者の救済を図るためのいくつかの法律が制定されている。すなわち,56年1月に犯罪被害者等給付金支給法が施行されたが,同法は,人の生命又は身体を害する犯罪行為により,不慮の死を遂げた者の遺族又は重障害を受けた者に対し,国が被害者等給付金を支給するための所要の事項を定めたものである。その他,被害者救済に関する法律としては,30年8月施行の自動車損害賠償保障法があり,また,事実上その機能を営むものとして,27年10月施行の「警察官の職務に協力援助した者の災害給付に関する法律」,33年7月施行の「証人等の被害についての給付に関する法律」がある。