昭和59年から63年までの5年間に，検察庁で不起訴処分に付された被疑者のうち，精神の障害のため心神喪失又は心神耗弱と認められたものは合計3,568人であり，第一審裁判所で心神喪失を理由として無罪になった者及び心神耗弱を理由として刑を減軽された者は合計404人である。法務総合研究所では，法務省刑事局が精神障害のある犯罪者の実態を知るために調査，収集した上記総計3,972人についての資料を分析し，精神障害のある犯罪者の特色を見ることにした。なお，本項においては，特に傷害致死を傷害から区別して取り扱う。
(1)　罪名・精神障害名
　I-44表は，上記対象者3,972人の犯した罪名と精神障害名との関係を見たものである。総数で見ると，罪名別では，殺人(841人，21.2%)，傷害(605人，15.2%)，放火(531人，13.7%)などが多く，精神障害名別の構成比では，精神分裂病が59.6%と最も高く，以下，アルコール中毒の11.2%，そううつ病の7.0%，覚せい剤中毒の4.2%の順になっている。精神分裂病は，いずれの罪名を見ても構成比が高く，殺人では58.6%，強盗では70.3%，傷害では64.3%，傷害致死では69.9%，強姦・強制猥褻では63.0%などとなっている。

I-44表　罪名・精神障害名別人員(昭和59年〜63年の累計)

(2)　処分結果
　I-45表は，上記対象者について罪名別及び精神障害名別に不起訴処分理由及び裁判結果を見たものである。検察庁及び裁判所で心神喪失と認められて不起訴又は無罪となった者の合計は2,028人であり，罪名別では，殺人686人，放火407人，傷害264人などで，精神障害名別では，精神分裂病1,414人，アルコール中毒171人，そううつ病140人などとなっている。

I-45表　罪名・精神障害名別処分結果(昭和59年〜63年の累計)

(3)　本件罪名と直近前科前歴の罪名
　前記対象者3,972人中1,756人が前科前歴を有するが，このうち直近の前科前歴となった犯行の際にも精神障害が認められた者は585人である。I-46表は，この585人について，本件罪名と直近の前科前歴となった事件の罪名との関係を見たものである。本件罪名と直近の前科前歴となった事件の罪名が同じ者は，殺人で44人中10人(22.7%)，強盗で29人中10人(34.5%)，傷害で108人中26人(24.1%)，強姦・強制猥褻で13人中2人(15.4%)，放火で46人中12人(26.1%)などとなっている。なお，他人の生命，身体に対して危害を加える犯罪である殺人，傷害，傷害致死の3罪名を包括してみると，本件と直近の前科前歴となった事件の罪名が合致する者は158人中36人(22.8%)となっている。

I-46表　本件罪名と精神障害に係る直近前科前歴名別人員(昭和59年〜63年の累計)

(4)　犯行時の治療状況
　I-47表は，前記対象者3,972人中，本件犯行時において治療の有無が明らかな者3,624人について，犯行時までの治療状況を見たものである。現に治療中であった者は総数では1,188人(32.8%)であり，残りの2,436人(67.2%)は治療を受けておらず，そのうち1,215人は，犯行前5年間に治療歴がありながら犯行時には治療を受けていなかった者である。犯行時に治療中であった者の比率を罪名別に見ると，殺人で39.6%，強盗で44.5%，傷害致死で52.9%，強姦・強制猥褻で32.4%，放火で30.2%などとなっている。

I-47表　罪名別犯行時の治療状況(昭和59年〜63年の累計)

(5)　犯行前の入院歴・措置入院期間
　前記対象者3,972人中，重大犯罪と認められる殺人，強盗，傷害，傷害致死，強姦・強制猥褻及び放火を犯した者の合計は2,279人であるが，このうち，入院歴のある者は1,222人で，措置入院歴者は186人(15.2%)となっている。この措置入院歴者の措置入院回数は1回の者が143人，2回の者が24人，3回以上の者が19人で，その延べ回数は262回である。そこで，この186人の延べ262回の措置入院について，入院の期間を見るとI-48表のとおりである。総数では，6月以下が125回(47.7%)と多数を占め，1年を超えるものは81回(30.9%)にすぎない。精神障害名別では，6月以下の比率が高いものは，精神薄弱(100.0%)，そううつ病(69.2%)，覚せい剤中毒(63.6%)であり，精神分裂病においては6月以下は43.3%で，1年を超えるものは32.5%となっている。

I-48表　措置入院歴者の措置入院期間(昭和59年〜63年の累計)

(6)　入院歴がある者の退院時の病状及び退院から犯行までの期間
　I-49表は，前記対象者3,972人中，入院歴がある者のうち，本件犯行前に退院した2,032人について，直近退院時における病状および直近退院時から本件犯行時までの期間を見たものである。病状不明の者を除くと，直近退院時に未治癒であった者は，総数で1,448人中401人(27.7%)である。同様にして未治癒であった者を罪名別にみると，殺人では280人中85人(30.4%)，強盗では57人中22人(38.6%)，傷害では222人中48人(21.6%)，傷害致死では23人中7人(30.4%)，強姦・強制猥褻では26人中9人(34.6%)，放火では182人中67人(36.8%)となっている。また，同様の方法で措置入院歴者に限って見ると，殺人では22人中3人(13.6%)，傷害では40人中7人(17.5%)，放火では17人中6人(35.3%)がそれぞれ未治癒となっている。
　直近退院時から本件犯行までの期間を見ると，総数では6月以下の者が654人(32.2%)，6月を超え1年以下の者が299人(14.7%)で，退院後1年以内に本件犯行に及んだ者は46.9%となっている。これを措置入院歴者に限ってみると，6月以下の者が38.9%，6月を超え1年以下の者が14.6%で1年以下の者の合計は53.5%となっている。このように未治癒で退院している者が27.7%もある上，退院後1年以内に犯行に及んでいる者が，総数で5割近くもあり，措置入院歴者が5割を超えているということは，犯罪防止の面から見て注目を要するところである。

I-49表　入院歴者の直近退院時の病状及び犯行までの期間(昭和59年〜63年の累計)

(7)　犯行後の精神保健法による取扱い状況
　I-50表は，前記対象者3,972人の本件犯行後の治療状況を罪名別及び精神障害名別に見たものである。罪名別に見ると，措置入院となった者は，殺人で546人(64.9%)，強盗で77人(52.0%)，傷害で315人(52.1%)，傷害致死で37人(50.7%)，強姦・強制猥褻で41人(50.6%)，放火で283人(53.3%)などであるが，一方，本件犯行後全く治療を受けていない者が，殺人で23人(2,7%)，傷害で30人(5.0%)，放火で29人(5.5%)に上っている。

I-50表　罪名・精神障害名別犯行後の治療状況(昭和59年〜63年の累計)

　次に，精神障害名別に見ると，措置入院となった者は，精神分裂病で1,344人(56.8%)，アルコール中毒で144人(32.4%)，そううつ病で103人(37.1%)，覚せい剤中毒で70人(42.2%)などとなっている。