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 昭和37年版 犯罪白書 第一編/第七章/七/4 

4 わが国における生命犯に対する法定刑と刑の量定の変遷

 わが国における一般の殺人の法定刑は,死刑または無期もしくは三年以上の懲役とされている。有期懲役の刑期は,一月以上一五年以下であるが,累犯その他の一定の加重の要件のある場合には二〇年に至ることができる。この殺人は嬰児殺を含むが,別に尊属殺の規定があり,自己または配偶者の直系尊属を殺した者は,死刑または無期懲役に処するものとされている。また強盗についても,強盗殺人を含めて強盗致死についての法定刑は,死刑または無期懲役である。次に傷害致死についての法定刑は,二年以上の有期懲役であるが,尊属に対するものは,無期または三年以上の懲役である。
 このようにわが現行法は,一般の殺人については懲役三年から死刑までという世界にも例の少ない大幅の法定刑を定めている。しかしわが国も明治四一年九月まで施行されいた旧刑法当時は,むしろ英独等の欧米の多数の国と類似の形の規定となっていた。すなわち,計画的な殺人,残酷な方法による殺人等の一定の殺人を謀殺として法定刑は死刑とし,その他の殺人は故殺として法定刑は無期徒刑としていた。このような沿革もあるので現行刑法施行後の科刑の推移の状況をみるために,明治末から昭和一五年までの科刑の表を掲げると付録-8表のとおりである。この表によって明治四二年以降の一〇年平均と昭和六年以降の一〇年平均とを比較してみると,無期懲役,一五年以上等の重い刑はいずれも四分の一から五分の一前後に減少し,法定刑以下である三年未満の刑は,一七%から三八%にと激増している。すなわち,刑は大幅に緩和されているが,この傾向は今次大戦後は戦前よりさらに顕著となっている。刑の量定が時代によって変化する性質を有することは前記のとおりであるが,元来量刑は文化が進歩し社会の治安が安定するとともに緩和される傾向があり,英独等においても同じような傾向が認められるのであって,この緩和傾向自体は是認してさしつかえない。しかしこの傾向は必ずしも合理性の認められる範囲にとどまらず,いわば惰性によってそれ以上に大幅に緩和されることもあり得る。したがって,この点について反省するためにも外国の刑の量定と比較することに意味がある。また,わが国の生命犯の発生率は前記のとおり(四〇頁以下参照),英独両国と比較して高いので,この点とも関連させて考察する必要が感ぜられる。