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 昭和62年版 犯罪白書 第1編/第2章/第6節/3 

3 精神障害のある犯罪者の特色

 昭和56年から61年までの6年間に,検察庁で不起訴処分に付された被疑者のうち,精神の障害のため心神喪失又は心神耗弱と認められた者は合計4,405人であり,第一審裁判所で心神喪失を理由として無罪になった者及び心神耗弱を理由として刑を減軽された者は合計617人である。法務総合研究所では,法務省刑事局が精神障害のある犯罪者の実態を知るために調査,収集した上記総計5,022人についての資料を分析し,精神障害のある犯罪者の特色を見ることとした。なお,本項においては,特に傷害致死を傷害から区別して取り扱う。

I-45表 精神衛生法による申請・通報件数及び精神障害者数(昭和57年〜61年)

(1) 罪名・精神障害名
 I-46表は,上記対象者の犯した罪名と精神障害名との関係を見たものである。総数で見ると,罪名別では,殺人(1,093人),傷害(731人),放火(722人)などが多く,精神障害名別の構成比では,精神分裂病が55.9%と最も高く,以下,アルコール中毒の12.7%,そううつ病の7.3%,覚せい剤中毒の5.2%の順になっている。精神分裂病は,罪名別に見てもその構成比が高く,殺人で55.4%,強盗で63.8%,傷害で60.7%,傷害致死で54.4%,強姦・強制猥褻で58.6%などとなっている。

I-46表 罪名・精神障害名別人員(昭和56年〜61年の累計)

I-47表 罪名・精神障害名別処分結果(昭和56年〜61年の累計)

(2) 処分結果
 I-47表は,上記対象者について罪名別及び精神障害名別に不起訴処分理由及び裁判結果を見たものである。検察庁及び裁判所で心神喪失と認められて不起訴又は無罪となった者の合計は2,516人であり,罪名別では,殺人886人,放火522人,傷害336人などで,精神障害名別では,精神分裂病1,674人,アルコール中毒234人,そううつ病190人などとなっている。
(3) 本件罪名と直近前科前歴の罪名
 上記対象者中2,224人が前科前歴を有するが,このうち直近の前科前歴となった犯行の際にも精神障害が認められた者は652人である。I-48表は,この652人について,本件罪名と直近の前科前歴となった事件の罪名との関係を見たものである。本件罪名と直近の前科前歴となった事件の罪名が同じ者は,殺人で62人中17人(27.4%),強盗で31人中8人(25.8%),傷害で113人中27人(23.9%),強姦・強制猥褻で21人中8人(38.1%),放火で54人中11人(20.4%)などとなっている。なお,他人の生命,身体に対して危害を加える犯罪である殺人,傷害,傷害致死の3罪名を包括して見ると,本件と直近の前科前歴となった事件の罪名が合致する者は183人中70人(38.3%)となっている。

I-48表 本件罪名と直近前科前歴罪名との関係(昭和56年〜61年の累計)

(4) 犯行時の治療状況
 I-49表は,前記対象者5,022人中本件犯行時において治療の有無が明らかな者4,615人について,犯行時までの治療状況を見たものである。現に治療中であった者は総数では1,472人(31.9%)であり,残りの3,143人(68.1%)は治療を受けておらず,そのうち1,484人は,犯行前5年間に治療歴がありながら犯行時には治療を受けていなかった者である。罪名別に見ると,殺人,強盗,傷害致死といった重大犯罪においては,犯行時に治療中であった者の比率が比較的高く,それぞれ,39.7%,41.9%,44.8%となっている。

I-49表 罪名別犯行時の治療状況(昭和56年〜61年の累計)

(5) 犯行前の入院歴・措置入院期間・出院時の病状・出院から犯行までの期間
 前記対象者5,022人中重大犯罪と認められる殺人,強盗,傷害,傷害致死,強姦・強制猥褻及び放火を犯した者の合計は2,929人であるが,このうち,入院歴のある者は1,527人(52.1%)で,措置入院歴者は231人(7.9%)となっている。この措置入院歴者の入院回数は1回の者が170人,2回の者が31人,3回以上の者が30人で,その延べ回数は341回である。そこで,この231人の延べ341回の措置入院について,入院の期間を見るとI-50表のとおりである。総数では,6月以下が160回(46.9%)と多数を占め,1年を超えるものは109回(32.0%)にすぎず,精神障害名別では,てんかんと覚せい剤中毒において6月以下の比率が高く,それぞれ100.0%,80.0%であり,“精神分裂病においては6月以下は39.9%で,1年を超えるものは35.8%となっている。

I-50表 措置入院歴者の措置入院期間(昭和56年〜61年の累計)

 I-51表は,前記対象者5,022人中,入院歴ある者のうち本件犯行前に退院した2,503人について,直近退院時における病状及び直近退院時から本件犯行までの期間を見たものである。病状不明の者を除くと,直近退院時に未治癒であった者は総数で1,834人中466人(25.4%)である。同様にして未治癒であった者を罪名別に見ると,殺人では393人中105人(26.7%),強盗では66人中19人(28.8%),傷害では281人中68人(24.2%),傷害致死では26人中8人(30.8%),強姦・強制猥褻では44人中11人(25.0%),放火では239人中66人(27.6%)となっている。また,同様の方法で措置入院歴者に限って見ると,殺人では39人中10人(25.6%),傷害では41人中6人(14.6%),放火では23人中6人(26.1%)がそれぞれ未治癒となっている。
 直近退院から本件犯行までの期間を見ると,6月以下の者が809人(32.3%),6月を超え1年以下の者が405人(16.2%)で,退院後1年以内に本件犯行に及んだ者は48.5%となっている。これを措置入院歴者に限って見ると,6月以下が39.9%,6月を超え1年以下の者が16.6%で,1年以下の者の合計は56.5%となっており,措置入院歴者の犯行までの期間が短いことが注目される。このように未治癒で退院している者が25.4%もある上,退院後1年以内に犯行に及んでいる者が,総数で5割近く,措置入院歴者では6割近くもあることは,犯罪防止の面から見て注目を要するところである。

I-51表 入院歴者の直近退院時の病状及び犯行までの期間(昭和56年〜61年の累計)

(6) 犯行後の精神衛生法による取扱い状況
 I-52表は,前記対象者5,022人の本件犯行後の治療状況を罪名別及び精神障害名別に見たものである。罪名別に見ると,措置入院となった者は,殺人で675人(61.8%),強盗で81人(45.8%),傷害で371人(50.8%),傷害致死で31人(34.4%),強姦・強制猥褻で52人(44.8%),放火で377人(52.2%)などであるが,一方,本件犯行後全く治療を受けていない者が,殺人で40人(3.7%),傷害で41人(5.6%),強姦・強制猥褻で12人(10.3%),放火で45人(6.2%)に上っている。次に,精神障害名別に見ると,措置入院となった者は,精神分裂病で1,568人(55.8%),そううつ病で150人(40.9%),アルコール中毒で217人(34.1%),覚せい剤中毒で93人(35.4%)などとなっている。

I-52表 罪名・精神障害名別犯行後の治療状況(昭和56年〜61年の累計)