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この白書は,昭和61年を中心とした最近の犯罪動向と犯罪者処遇の実情を概観するとともに,特集として,犯罪及び犯罪者処遇についての国民の意識を取り上げている。
最近における我が国の犯罪情勢は,一部において,例えば,食品関係の企業等に対する恐喝事件や一攫千金をねらう現金強奪事件,さらには,過激派各派による時限発射装置等を用いた不法事犯など,今後とも警戒を要するものがあるとはいえ,全体として見れば,ほぼ平穏に推移していると認められる。我が国の社会の安全がおおむね良好に維持されているのは,我が国の文化,伝統,国民性,立地条件等の様々な要因によるところが大きいと考えられるが,そのほかにも,広い意味での刑事司法に携わる諸機関の関係者による努力,すなわち,犯罪の的確な検挙,公正な裁判の実現,犯罪者に対する適切な施設内及び社会内処遇の実施等へ向けた種々の努力にも負うところが少なくないと思われる。 ところで,我が国の刑事政策が今後とも有効性を維持し続けるには,刑事司法全般にわたって引き続き国民の理解と協力を得ていくことが不可欠であると考えるが,そのためには,広く刑事司法に携わる者が,その時代における犯罪や犯罪者処遇についての国民の意識を探り,これを踏まえた上で,それぞれの分野に対する国民の信頼と期待に応えるべくその職分を果たすことが要求されるであろう。このような観点から,本書では,内閣総理大臣官房広報室が昭和61年7月に実施し,同年10月に公表した「犯罪と処遇に関する世論調査」の結果及び法務総合研究所がこの世論調査と同一の質問により独自に実施した受刑者と受刑者の家族に対する各意識調査の結果等に基づき,犯罪と犯罪者処遇についての国民の意識及び犯罪者の検挙・処罰・処遇に関与する司法関係機関等に対する国民の信頼と期待がどの程度のものであるかなどを探り,これらの調査結果を分析して紹介することとした。 これらの意識調査では,刑事政策上,大方の関心を呼ぶと思われる様々な問題について,一般国民,受刑者及び受刑者の家族に回答を求めており,詳細については本文によって承知されたいが,回答結果のうち際立っている二,三の事項を摘記すると,例えば,スナックで隣り合わせた客と口論し,ビールびんで殴り,全治10日くらいの打撲傷を負わせた者に対する処分に関し,「処罰しないで許す」を支持した者の率は,一般国民では21.7%であるのに受刑者では54.4%と半数以上に上っていること,現在の裁判における量刑の評価について,「軽すぎると思う」とする者は,一般国民で18.7%存在するのに比し受刑者では1.1%にすぎず,逆に,「重すぎると思う」とする者は,一般国民でわずかに1.0%にすぎないのに対して受刑者では22.4%にも達すること,保護司の活動は犯罪者の立ち直りに役立っているかどうかについて,「そう思う」とした者の率は,一般国民では40.3%であるが,受刑者の家族の場合は62.0%の高率になっていることなどが挙げられる。その他,親殺し・子殺しの処罰について示された国民各層の意識などについても,いろいろの問題が集約され,考えさせられるものを多く含んでいるように思われる。これらの調査結果が,今後の刑事政策推進に何らかの資料を提供し得ることとなれば幸いである。 終わりに,本書を作成するに当たって,法務省各部局はもとより,最高裁判所事務総局,警察庁その他の機関から協力と援助を受けたことに深く謝意を表し,併せて,本書に関する責任は,専ら当研究所にあることを明らかにしておきたい。 昭和62年9月 井 上 五 郎 法務総合研究所長 |