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 昭和61年版 犯罪白書 第4編/第4章/第2節/1 

第2節 罪名別の要因分析

1 殺  人

 殺人事件は,一般的には,加害者と被害者との人間関係の破たんや崩壊に端を発している場合が多く,そこには,加害者と被害者の相互関係が極めて重要な役割を果たしていると考えられる。ここでは,そうした視点に立って,何が人を殺人行為に駆り立てたか,言い換えれば,何故にある人が殺人の被害者となったかという要因を探っていくこととする。なお,ここでは,対象者を成人と少年,男女別,及び暴力団構成員と非暴力団構成員(以下,本節においては,「非暴力団」という。)とに分けて分析していくこととする。
 今回の調査対象となった殺人の加害者は181人で,その内訳は,男子160人(88.4%),女子21人(11.6%)であり,犯行時の年齢で見ると,成人が171人(94.5%),少年が10人(5.5%)である。なお,暴力団構成員は,男子のうちの54人(うち少年1人)で33.8%を占めている。
 また,これら加害者の前歴等の有無を見ると,保護処分歴のない者は,少年で8人(少年の80.0%),成人で131人(成人の76.6%)の計139人(全体の76.8%),刑務所入所歴のない者は,成人のうち127人(74.3%)で,女子は全員が入所歴のない者となっている。
 次に,加害者と被害者の関係を,男女別及び年齢層別に見たのがIV-17表である。これで見ると,被害者の大半は20歳代から40歳代の,いわば働き盛りの年代層に集中しており,これが被害者のおよそ7割を占めている。なお,男子が男子を殺害したものが114人(全体の63.0%),男子が女子を殺害したものが46人(同25.4%),女子が男子を殺したものが14人(同7.7%),女子が女子を殺したものが7人(同3.9%)となっており,特に,女子が女子を殺害したケースでは,乳・幼児を被害者としているものが半数を超え,女子加害者による被害者の19.0%を占めている。これは,そのほとんどが,発作的に,あるいは心中目的などの理由によって我が子を殺したものであって,女子による殺人事件の特徴ともいえる。

IV-17表 被害者の男女別・年齢層別構成比(殺人)

 IV-18表は,加害者と被害者との関係において,「面識あり」と回答した148人(全体の81.8%)について,その関係を見たものである。これで見ると,肉親など近親者の関係にあったとする者が26.4%(39人)と最も多く,次いで,他の暴力団構成員であったとする者が22.3%(33人)となっている。これを成人の女子と暴力団構成員の両者で見ると,前者では,被害者が肉親などの近親者であったとする者が55.0%,後者においては,被害者も暴力団構成員であったとする者が67.6%と,いずれも過半数を占めている。なお,成人の女子加害者では,被害者が肉親・親戚の関係にあった者と,恋人・愛人の関係にあった者とで,9割を占め,他の区分に比して身近な関係にある者が多く被害者となる傾向を示している。

IV-18表 被害者との関係(殺人)

 ところで,こうした人間関係にあった当事者間に,どのような問題が介在してこのような凶行に至ったかを,加害者の犯行動機から見たのがIV-19表である。成人の暴力団構成員では,一見して暴力団同士の抗争事件がらみの殺人の多いことが認められ,成人の非暴力団男子では,「恨みを晴らす」 ことを動機とした者(20.4%,20人),「激情に駆られたり,発作的な行動」であったとした者(16.3%,16人),「人から依頼されたり,義理にかられたり,あるいは共犯者や仲間を裏切りたくない」という理由でやったとした者(15.3%,15人)などが多い。また,成人女子では,「発作的,激情に駆られて」とした者(40.0%,8人)や,「恋愛関係のもつれやその清算」を動機とした者(35.0%,7人)が,他の区分に比して高い比率を示しており,女子による殺人事犯の特徴を表していると考えられる。

IV-19表 犯行動機(殺人)

 次に,こうした加害者は,被害者の責任の有無・程度についてどのように考えているのであろうか。この点について問うた結果を見ると,「すべて自分が悪い」と答えた者が,成人の非暴力団男子ではその29.6%(29人),成人女子では25.0%(5人)で,「大部分は自分が悪い」とした者が,成人の非暴力団男子ではその37.8%(37人),成人女子で25.0%(5人)となっている。また,「大部分は被害者が悪い」とした者は,成人の非暴力団男子ではその13.3%(13人),成人女子で25.0%(5人),「すべて被害者が悪い」とした者は,成人の非暴力団男子及び成人女子でそれぞれその1.0%,5.0%(いずれも1人)となっている。なお,その軽重度合いや内容は別にして,被害者の方に半分以上の責任があるとした者は,成人の非暴力団男子ではその32.7%(32人),成人女子で50.0%(10人)を占め,それぞれ相当数の者がむしろ被害者の側により大きな問題があったとしている。この傾向は,特に暴力団構成員(少年を除く。)において強く,その52.8%(28人)と過半数を占めている。

IV-20表 被害者を選定した理由(殺人)

 それでは,このような加害者は,一体,被害者測の何が,殺人を犯させる原因になったと考えているのであろうか。この点を調査した結果が,IV-20表である。これで見ると,成人の非暴力団男子では,「相手の方から挑発してきた」の63.3%が最も多く,以下,「相手を許せない理由があった」の60.2%,「相手はたまたまそこにいた」の42.9%,「相手は不注意だった」の41.8%,「相手が先に攻撃してきた」の35.7%などの順となっており,成人女子では,「相手を許せない理由があった」の65.0%が最も多く,以下,「相手は不注意だった」の55.0%,「相手はたまたまそこにいた」の45.0%,「相手は自分より弱いと思った」の40.0%,「相手にはスキがあった」と「相手の方から挑発してきた」のそれぞれ35.0%などと続いている。また,暴力団構成員で見ると,「相手の方から挑発してきた」の75.5%を最高に,以下,「相手が先に攻撃してきた」と「相手は不注意だった」のそれぞれ62.3%,「相手を許せない理由があった」の60.4%,「相手は対立する組織に入っているから」の50.9%などとなっている。
 いずれにせよ,殺人では総じて第2群の要因が高い傾向を示し,被害者の側の言動が加害者を刺激して凶行に走らせたとする事案が少なくないことを窺わせる。特に,女子においては,これまでに見てきたところからすると,うっ積された感情が,突然爆発して凶行に走るという傾向が窺われ,例えば,たまたま被害者が目の前で寝ていたとか,酒に酔いつぶれていたとかという,いわば好機を利用して衝動的に行動するといったケースが多いように思われる。
 次に,IV-21表は,被害者に対する加害者の心情を,既遂(147人),未遂(34人)の別に見たものである。
 被害者に対しては,全面的に謝罪し,反省の心情を表明している者が圧倒的に多い。しかし,これを被害の結果,すなわち,未遂に終わった者と既遂の者とを比べて見ると,いずれも未遂の者の謝罪感情の方が低い。このことから,被害者の生死いかんが加害者の心情にもかなりの影響を及ぼすものと思われる。

IV-21表 被害者に対する気持(殺人)

IV-22表 加害者の贖罪意識(殺人)

 IV-22表は,加害者の贖罪意識を見たものである。各区分とも,おおむね7割前後の者は,被害賠償だけでなく,施設から出所あるいは出院後,自らが社会で更生することによって初めて償いができる,と答えている。
 この調査結果による加害者の意識を全面的に信用することについてはなお検討の余地もあろうが,殺人という事案の重大性を反映したものと見られ,また,全体的傾向として見ると,我が国の国民性,すなわち固有の道徳観や倫理観などの表れと解することもできようか。