この法律は,自動車の運行によって人の生命又は身体が害された場合における損害賠償を保障する制度を確立することにより,被害者の保護を図ること等を目的としている。人の生命又は身体を害する交通事故が発生するとき,わずかな例外を除いては,業務上(重)過失致死傷罪の成立を見るのが通例であるから,この法律も犯罪被害者の救済制度の一環としてとらえることができる。
この法律による被害者救済制度の中核は,自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)及び自動車損害賠償責任共済(以下「自賠責共済」という。)にある。その制度の骨格は,[1]自動車の運行供用者に,運行上生じた人身加害についての損害賠償責任を無過失責任に近い形で負わせ,[2]自動車保有者には,損害保険会社との間で自賠責保険契約を締結するか,農業協同組合との間で自賠責共済契約を締結することを義務づけ,[3]人身事故が発生した場合は,死亡による損害で最高2,000万円(昭和60年4月15日から本法施行令改正により2,500万円),傷害による損害若しくは死亡に至るまでの傷害による損害で最高120万円,後遺障害による損害で最高2,000万円(前同2,500万円)が,自賠責保険又は自賠責共済から支払われ,[4]被害者は保険会社等に対して直接請求もでき,[5]これらの保険等に関しては,政府が,保険会社又は農業協同組合から,6割の再保険を引き受けており,[6]非営利事業として運用される等である。
昭和58会計年度中における自賠責保険及び自賠責共済の支払状況はI-70表のとおりである。
さらに,この自賠責保険又は自賠責共済を補完するものとして,政府の行う自動車損害賠償保障事業がある。これは,ひき逃げや無保険車による事故の場合,自賠責保険や自賠責共済では被害者が救済を受けられないため,政府が被害者に対して損害額をてん補するものであり,そのてん補の額は自賠責保険に準じている。昭和58会計年度中における支払状況を総務庁の「交通事故の状況及び交通安全施策の現況」によって見ると,死者129人について1人当たり平均約1,389万円,負傷者2,766人について1人当たり平均約53万円となっている。なお,この死傷者2,895人のうち2,627人(90.7%)は,ひき逃げ被害者である。
I-70表 自賠責保険・共済支払状況(昭和58会計年度)