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 昭和59年版 犯罪白書 第1編/第1章/第1節/3 

3 我が国の犯罪動向

 以上のように,昭和58年を中心とする我が国の犯罪動向を見ると,業過を除く刑法犯の認知件数は,49年からほぼ一貫して増加傾向にあり,58年には約154万件と戦後のピーク時に接近している。また,犯罪発生率も1,289と42年以後最高の数値になっている。このように,犯罪が量的に相当な増加を示している上,長期間にわたって増加傾向が継続していることは,注目すべき動向と言える。

1-7図 犯罪認知件数の推移(1973年〜82年)

 そこで,まず,この我が国の近時の犯罪増加の動向を,犯罪が激増していると言われる欧米主要4か国と対比して考察してみる。I-7図は,我が国及び欧米主要4か国の犯罪動向の推移を,1973年から1982年までの10年間について見たものである。1973年の認知件数を100とする指数で見ると,1982年において,アメリカ合衆国(以下「アメリカ」という。)は147,イギリスは186,ドイツ連邦共和国は168,フランスは194,日本は129であり,欧米諸国において犯罪が10年間に約1.5倍ないし2倍に増加しているのに対し,我が国の犯罪増加率はかなり低い。
 また,犯罪発生率を比較してみても,I-9表のとおり,前記4か国が,5,000ないし7,000弱の間で上下しているに対し,我が国は,1,300弱と著しく低い。なお,前年の発生率と比べて見ると,アメリカが4.3%低下したのが目立つほかは,各国とも増加傾向を示している。

I-9表 犯罪発生率の推移(1981年,1982年)

 このように,我が国においても犯罪の増加が認められるものの,欧米諸国と対比した場合,その増加率は低く,また,犯罪の発生率は上昇しているものの,発生率そのものは著しく低い。さらに,その増加傾向も,第2編で詳述するように,比較的軽微な窃盗の増加に起因するもので,国民の安全感に直接かかわる暴力事犯は,全体として減少傾向にある。これらが,我が国の犯罪情勢を,諸外国におけるほど深刻な事態に至らせていない理由の一つであろう。
 以上見てきたように,最近の犯罪増加原因の分析,欧米諸国との比較などから,我が国の犯罪動向は,量的にも,質的にも欧米のような憂慮すべき事態には立ち至っていないと言えよう。
 しかし,他方,第2編で詳述する金融機関強盗,動機の薄弱な殺人事件,保険金目的の殺人,エレベーターの密室状態を利用した暴力事犯等欧米型とも見られる凶悪事犯の続発,キャッシュレス社会を反映したキャッシュ・カードやクレジット・カードシステムの盲点を突いた新しい形態の犯罪の増加など,犯罪の形態が多様化し,かつ,凶悪化,巧妙化する傾向が顕著に現れてきた面も窺われる。薬物犯罪も,後述のように,衰えをみせていない。暴力団による犯罪は依然跡を絶たず,社会に大きな影響を及ぼしている。また,少年層の犯罪全般に対する関与の度合いも依然高く,とりわけ,少年による家庭・学校内暴力など現代の病理面を象徴する犯行も続発傾向にある。
 このような犯罪現象は,豊かな物質文明を反映した現代市民社会の特徴である金銭的価値偏重の風潮,倫理感の低下,享楽指向などという諸情勢と密接に関連している面もあることから,今後の動向については,警戒を要するであろう。