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3 覚せい剤事犯再犯者の状況 I-57表 覚せい剤事犯新受刑者中の再入者 すでに見たように,覚せい剤事犯の犯罪者には,犯行を反復する傾向が強いことが顕著に認められるが,特に,覚せい剤事犯により有罪判決を受けながら,執行猶予期間中に再度犯行にはしる者や実刑判決を受け服役し,出所した後に再犯を犯す者が少なくないことが注目される。こうした覚せい剤事犯の再犯者の実態を把握するために,法務総合研究所では,昭和57年の覚せい剤事犯者についての特別調査(調査結果の概要については,昭和57年版犯罪白書,第4編第2章最近の覚せい剤犯罪及び犯罪者の特質参照)に引き続いて,同調査対象者の一部を対象に,58年3月20日を基準日として調査を行った。以下,調査結果の概要を述べる。 (1)調査対象者と再犯率 今回の調査は,前回調査における二つの対象群に属する者について行った。その1は,検察庁での調査対象者であり,昭和55年10月1日から同年12月31日までの間に,東京地方裁判所等全国24の地方裁判所で有罪の言渡しを受け,57年1月31日までに刑が確定した者1,679人である。今回はこのうち,前回の刑で引き続き受刑中の73人及び調査結果不明の者32人を除外した1,574人について検討した。まず,これらの者について,前回判決内容と再犯状況とを対照して示したものがI-58表である。再逮捕率について見ると,男女共に保護観察付執行猶予者が最も高いこと,特に,覚せい剤事犯での再逮捕が著しく高率であることが注目される。なお,実刑判決を受けた者の再逮捕率が低いのは,調査時期との関係で,出所後の期間が短い者が多いことが影響しているものと思われる。 その2の調査対象者は,昭和56年12月1日現在全国の刑務所に受刑中の覚せい剤事犯女子受刑者586人である。今回の調査時において,このうち389人がすでに出所していたが,うち,41人が再び覚せい剤事犯で逮捕されていた。 I-58表 前回判決内容別成行状況 今回の特別調査は,上記2群の前回調査対象者のうち,覚せい剤事犯で再犯を犯し,調査日現在受刑している者合計227人(男子188人,女子39人)について実施した。I-59表は,調査結果を示したものである。 I-59表 犯行の態様・生活状況等 (2)犯行の態様犯行の態様について,前回の態様と今回とを比較して見ると(この態様は,判決の認定にかかわらず,受刑者の申し出に基づいて,自己使用の有無を中心に区分したもので,譲渡・譲受等の取扱い事犯者でも,自己使用の事実があれば自己使用に区分した。),前回,今回とも自己使用のある者が91.2%(207人)とそのほとんどを占めている。その他の態様の者は,前回自己使用事犯から今回取扱い事犯に変わった者が12人,前回取扱い事犯がら今回自己使用事犯に変わった者が6人,前回,今回共に自己使用はなく取扱い事犯のみの者が2人である。 また,前回の裁判が実刑であった者は101人,執行猶予であった者は126人である。 (3)生活状況 生活状況については,全体として,家族と同居していた者が減少し,住居不定の者が増加しているのが目立っている。個別に見ると,家族と同居から住居不定に変わった者が11人,単身生活に変わった者が26人であり,家族と同居から異動した37人のうち,別居の原因が覚せい剤にある者は19人と過半数を占めている。 配偶者については,有配偶者が減少し,配偶者の無い者が増加しているが,そのうち,離別した者が前回の32人から今回は54人となっているのが目立っており,これを個別に見ると,25人が前回事件の後離別している。 職業については,全体的にはさして変化は認められないが,個別に見ると,72人が職業に異動を生じており,特に,前回事件後失業したり,徒遊するに至った者が22人である。 暴力組織との関係を見ると,暴力団関係者(構成員のほか,準構成員,元構成員,交遊がある者等を含む。)の比率は,前回の57.7%から今回は60.4%とわずかに増加している。これは,昭和57年の検察庁での調査における暴力団関係者の占める比率58.1%と比べて大きな差異は認められず,依然として,覚せい剤事犯と暴力団との結び付きの強さがうかがえる。前回事件後,暴力団との関係に異動があった者は40人であり,その主なものは,構成員又は準構成員で暴力団を離脱した者が17人,新たに暴力団に加入した者6人,準構成員から構成員に変わった者6人などである。異動の中では,前回の構成員及び準構成員の28.3%の者が組織から離脱しているのが注目される。 (4)自己使用事犯者の状況 前回,今回共に自己使用事犯であった者207人について,覚せい剤を再び使用するに至った状況を見たものが,I-60表である。 再使用までの期間では,1週間以内に使用を始めた者が13.0%であり,1月以内で見ると4分の1の者が再び使用を始めている。さらに,6月以内では70%に達しており,再使用までの期間の短い者が多い。 再使用の契機では,「自分から」使用した者が48,8%,「仲間の誘い」など他人からの働き掛けによる者が49.3%である。調査対象者の前回調査における初回使用時の契機を見ると,「自分から」使用した者は31.5%であり,この比率と比較すると,再使用時には自分から使用している者が増加していることが注目される。 I-60表 自己使用事犯者の再使用状況 再使用の理由では(重複回答),「薬の魅力が強い」とする者が54.1%と過半数を占めて最も多く,覚せい剤の持つ魅力からその習癖を断つことの困難さが示されている。再使用時の主な入手先では,暴力団と関係のある者からが40.6%,暴力団加入者からが26.6%と両者で70%近くを占めており,これにまともな仕事をしていない徒遊中の者からの17.9%を加えると,大多数の者が暴力団関係者及びその周辺の者から入手している。なお,入手のルートを見ると,前回に引き続き同じである者は36.2%であり,残りの63.8%の者は別の入手先から入手しており,広く覚せい剤の密売が行われていることを示唆している。 次に,再使用の状況を前回と比較しながら見てみると,使用の仲間については,暴力団関係者及びその周辺の者が,前回は46.9%,今回は43.5%と最も多く,かけ事の仲間が,前回は7.2%,今回は5.8%でこれに次いでいる。使用仲間では,暴力団関係者や不良交遊者が多いが,前回と今回とでは大きな変化は認められない。しかし,使用仲間のない者が,前回の18.4%から今回は30.9%に増加していることが注目される。 さらに,入手のための資金源を見ると(重複回答),職業からの収入によっていた者が,前回は50.7%,今回は47.8%と最も多いが,犯罪や家庭に悪影響を及ぼす方法によっていた者も少なくない。覚せい剤の密売によっていた者は,前回は14.0%,今回は13.5%であり,その他の入手資金源では,家から金品を持出していた者が減少し,借金によっていた者が増加しているが,全般的に大きな変化は見受けられない。 (5)前回の裁判当時の意識 前回覚せい剤事犯により有罪判決を受けた当時の意識を,刑の執行猶予者と実刑者に分けて見ることとする。 執行猶予者について見ると,逮捕された時には(重複回答),「親に申し訳ない」と思った者が46.0%で最も多く,次いで,「社会的信用を失う」と思った者が26.2%,「家族に見はなされる」と思った者が18.3%などであり,家族との関係を考えた者が多い。 裁判で執行猶予を言い渡された時には(重複回答),57.1%の者が「覚せい剤をやめる」決意をしており,「実刑でなくて良かった」と思った者も54.8%と過半数を占め,「次に逮捕されたら実刑になる」と考えた者が29.4%となっている。さらに,覚せい剤の使用仲間のある者では,転居や交際を絶つことで使用仲間から離れた者が53.9%と多く,離れようとしたが,追いかけられたり,隣近所のため離れられなかった者が26.5%,仲間と離れる意志のなかった者が19.6%となっている。以上のことを,前回,今回共に暴力団と関係のない57人について見ると,覚せい剤をやめようと考えた者,使用仲間から離れた者が,それぞれ60%を超えている。 このように,逮捕時や裁判時には,自分の行為を反省し,覚せい剤をやめる決意をし,使用仲間と離れようとした者が多いが,それらの者が再び覚せい剤事犯を重ねるに至ったことは,その習癖を断つことの困難さを示していると言えよう。 次に,実刑の言渡しを受けた者について逮捕された当時の意識を見ると(重複回答),「家族に見はなされる」と思った者が35.6%,「親に申し訳ない」と思った者が32.7%と多いが,「社会的信用を失う」と思った者は9.9%と少ない。 実刑を言い渡された時には,「ばかなことをした」と思った者が53.5%と過半数であり,「使用をやめられるので実刑で良かった」と思った者が20.8%,「重すぎる」と思った者が13.9%などである。 前回受刑中に覚せい剤について,どのように考えていたかでは,「絶対やめよう」と思った者が67.3%で最も多く,「できればやめたい」と思った者が26.7%でこれに次いでおり,「やめない」意志の者は極めて少ない。なお,前回,今回共に暴力団と関係のない者30人のうち,29人が絶対に覚せい剤をやめようと考えている。 以上のように,実刑者に対する調査でも,一度は覚せい剤をやめようと決意したにもかかわらず,再犯しており,ここでも覚せい剤をやめることの困難さがうかがわれる。 (6)覚せい剤に対する意識 覚せい剤の取扱い・使用をやめることについての調査時点での意識を見たのが,I-61表である。 覚せい剤をやめることについては,「やめられない」及び「分からない」とする者は極めて少なく,「やめる」及び「やめたいが自信はない」とする者が大多数である。 やめる理由では(重複回答),「家族に迷惑をかける」とする者が最も多く60.9%を占めており,「体や精神への障害の心配」,「刑務所生活でこりごりした」とする者も,それぞれ40%を超えている。 I-61表 覚せい剤の使用・取扱いの中止の意志等 これを,前回,今回共に暴力団と関係ない者で見ると,「やめる」とする者が74.7%,その理由では,「家族に迷惑をかける」とする者が67.8%と多い。「やめたいが自信はない」及び「やめられない」と答えた者の理由を見ると(重複回答),「薬の魅力が強い」とする者が70.0%を占めており,「仲間の誘い」とする者も3分の1に達している。これを,暴力団と関係のない者で見ると,「薬の魅力が強い」とする者は63.6%,「仲間の誘い」とする者は13.6%とやや少なくなっている。 次に,覚せい剤をどうしたらやめることができるかについては(重複回答),「強固な意志を持つこと」を挙げている者が57.3%と最も多く,次いで,「暴力団との絶縁,暴力団関係者に近づかない」とする者が44.1%,「定職に就く」ことを挙げている者が19.4%などである。 以上,覚せい剤に対する意識を見ると,「やめたいが自信はない」と不確実な意志の者が4分の1を超えている。しかも,その理由としては「薬の魅力が強い」とする者が多いことからして,今回の刑が終了し社会に復帰した後,三たび覚せい剤の使用を始める危険性も少なくないと考えられる。覚せい剤事犯の防止には,覚せい剤の供給を断つことが最も重要であるが,やめようとする理由の中で最も多い,家族とのより良い関係の維持,さらには,強固な意志のかん養,暴力団関係者との絶縁,職業のあっせんなど多方面からの指導,援助が必要と言えよう。 |