第2節 展 望 我が国の薬物事犯をめぐる環境は厳しい情勢下にあり,今後の動向には楽観を許さないものがある。このような厳しい情勢を踏まえ,今後この種薬物事犯を根絶するための方策としては,まず,徹底した検挙取締りと厳正な処分の実現を挙げることができよう。これが薬物濫用対策として著効を有することは,過去の経験に徴して明らかなところである。そのためには,覚せい剤の供給ルートを握る暴力団の根絶を中心とした,密輸・密売事犯に対する取締りを徹底し,供給源を絶滅することが重要な方策であることは言うまでもない。 また,薬物に対する需要を根絶することも,供給の遮断と同様重要である。しかし,覚せい剤を濫用すると強い精神的依存が生ずるため,短期間の入院又は拘禁刑によって,覚せい剤の使用が強制的に中止されても,社会に復帰して覚せい剤が入手できる環境に戻ると,再び薬物に手を出す者が多く,社会内での治療又は処遇は容易でなく,覚せい剤の供給がある限り,再発又は再犯の可能性が極めて大である。覚せい剤の濫用が,自信過剰,攻撃性等の徴候をもたらし,犯罪や事故に結び付きやすいこと,妄想,幻覚等精神分裂病と同様の症状を起こしやすいことなどの危険な薬理作用を有することは明らかである。しかも,濫用者が妄想等による異常行動によって重大犯罪を起こしやすいという点で,社会的危険性においてはむしろヘロインよりも危険とされている。 このように,覚せい剤事犯の社会内処遇及び習癖根絶の困難性,覚せい剤濫用の危険性にかんがみ,依然,執行猶予率が50%を超えている執行猶予の運用のあり方,短期刑に集中する量刑のあり方,覚せい剤中毒者に対する治療のあり方には,なお検討を要するものがあるように思われる。 次に,薬物濫用対策において最も重要なことは,覚せい剤濫用の害悪について,全国民の理解を深め,覚せい剤濫用を根絶しようという国民一人一人の自覚と全国民挙げての追放運動を図ることであろう。政府においても昭和45年以降,総理府総務長官を本部長とし,関係省庁の担当官で構成する「薬物乱用対策推進本部」を設け,覚せい剤檻用防止に関する対策の検討を続けており,特に,56年7月には「覚せい剤問題を中心に緊急に実施すべき対策」を取りまとめ,関係機関が一体となって覚せい剤濫用防止運動の推進を図っている。覚せい剤追放のため,この際,国民の総力を挙げてこれに協力することを期待したいものである。
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