香港は,面積1,045km2,人口約460万人(1978年現在)で,人口密度は極めて高い。香港における薬物中毒者の数は,1980年現在で約4万人,その85%がヘロイン,11%があへん,4%がその他の薬物によるものと推定されている。
1972年に,政庁部内に設けられた「香港における薬物濫用委員会」は,その報告書において,[1]中毒者人口が把握されていないこと,[2]中毒者に対する治療施設が不足していること,[3]押収や刑罰がほとんど効果を上げていないこと,[4]薬物犯罪を規制する法律が不十分であることなどを指摘した。以後,香港政庁は,麻薬対策行動委員会(Action Committee Agains Nar-cotics)を政庁の諮問委員会として設け,重点的な薬物問題への取り組みを開始した。その対策の骨子は,[1]薬物犯罪の情勢の変化に応じて規制の立法化を速やかに行うこと,[2]薬物犯罪者,特に,「シンジケート」と呼ばれる取引組織を徹底的に取り締まること,[3]中毒者に対する治療と社会復帰のための制度を改善すること,[4]危険薬物に関する予防教育を推進することにあった。
香港の麻薬取締法規としては,危険薬物法(Dangerous Drugs Ordinance)があり,あへん,モルヒネ,ヘロイン,コデイン,コカイン,大麻,合成麻薬,アンフェタミン,メタンフェタミンが規制の対象となっている。主な罰則規定について見ると,取引(輸入,輸出,取得,供給,売買),取引目的の所持及び製造の最高刑は,無期拘禁及び500万香港ドルの罰金(取引及び取引目的の所持について,略式裁判の場合は3年の拘禁及び50万香港ドルの罰金),あへん吸煙所の開業,保持及び運営の最高刑は,15年の拘禁及び500万香港ドルの罰金(略式裁判の場合は3年の拘禁及び50万香港ドルの罰金),取引目的以外の所持,使用及び使用のための器具の所持の最高刑は,3年の拘禁及び10万香港ドルの罰金となっている(1香港ドルは,昭和57年7月現在,約44円に当たる。)。また,1975年には,ヘロイン製造に不可欠な無水酢酸や塩化酢酸等を規制するアセチル化物質取締法(Acetylating Substances Contro1 0rdinance)が改正され,密輸入のみでなく,無許可の所持も規制されることになった。無許可の輸入,輸出,供給,製造,所持及び売買の最高刑は,15年の拘禁及び100万香港ドルの罰金(略式裁判の場合は,3年の拘禁及び50万香港ドルの罰金)である。
IV-79表 危険薬物法違反による起訴人員香港(1965年〜80年)
IV-80表 薬物押収量及びヘロイン製造所摘発件数香港(1965年〜80年)
IV-79表は,1965年から1980年までの薬物犯罪による起訴人員を,IV-80表は,同期間における薬物押収量及びヘロイン製造所の摘発件数を示したものである。起訴人員では,1974年から1978年にかけて,取引,製造,取引目的の所持の人員は,それぞれ増加しており,これに対して,「その他」(その多くは使用)が減少している。また,同期間内のヘロイン製造所摘発件数も多い。取締りの重点が明らかに供給サイドに置かれていたことが分かる。事実,この時期には大シンジケートが次々と摘発されている。
香港において,薬物中毒者に対する公的治療制度は3種ある。第1は,薬物中毒者専用刑務所での処遇,第2は,薬物中毒者援護協会(The Society for the Aid and Rehabilitation of Drug Abusers)及び刑余者援護協会(The Discharged Prisoners Aid Society)の運営する病院での自発的な入院治療,第3は,医療衛生部の行っているメサドン投与による外来治療である。メサドン外来治療は,メサドンという合成麻薬(モルヒネ,ヘロインと同様の効果を持つが,中毒性は弱い。)を,あへん,モルヒネ,ヘロインの替わりに投与し,少しずつ投与量を減らしながらヘロイン等の中毒から離脱させる治療法で,外来治療で行われている。これら3種の薬物中毒治療機関の新規収容,入院又は受付の年間総人員を麻薬対策行動委員会の資料で見ると,1978年が1万5,057人,1979年が1万4,691人,1980年が1万2,156人と,逐年減少している。
IV-81表 薬物刑務所の新規収容者数香港(1969年〜80年)
IV-81表は,薬物刑務所に新規に収容された者の総数と,そのうちの若年収容者数及びその比率を示したものである。近年における若年収容者数の減少ぶりは顕著である。
香港における注目すべき対策の一つに,中毒者の記録の集中保管がある。1976年に設置された薬物中毒者中央記録所(The Central Registry of Drug Addicts)は,警察,病院,社会福祉事務所,刑務所,保護観察所等から,これらの機関が扱ったすべての中毒者について,データの送付を受け,これをコンピュータ化して集中保管している。1980年末で,3万5,600人が中毒者として記録されている。