タイは,面積51万4,000km
2,人口約4,510万人(1978年現在)を有している。ところで,非合法けし栽培地域として有名な「黄金の三角地帯」と呼ばれるタイ,ビルマ,ラオスの国境地域は,面積約19万4,OOOkm2(日本の国土面積の約半分),標高1,500mから2,400mの広大な山岳地帯で,この地域に,言語,文化を異にするいくつかの少数民族人口合計約100万人が,約3,000の村落に分かれて生活している。土壌,高度,気候かけし栽培に適しており,地形が険しいため,ら馬による以外に輸送手段を持たないこの地域の農民は,重量当たりの単価が高いあへん生産にその生活をかけている。 IV-76表は,最近のこの地域におけるあへん生産量の推定値を示したものである。1979年の生産量が1974年に比べて少ないのは,タイ及びビルマ政府による取締りの強化と不順な天候によるものであったと推定されている。しかし,1981年は,好天と,不作時の価格高騰により農民が作付面積を増やしたことなどから,生産量が増加しており,これが各国の薬物犯罪情勢にどう影響するかが懸念されている。
IV-76表 黄金の三角地帯におけるあへんの推定不正生産量(1974年,79年,81年)
タイにおける薬物中毒者の数は,約50万人と推定されている。主要な薬物はヘロインであり,次いで,あへん,大麻,モルヒネの順となっているが,覚せい剤(アンフェタミン)の濫用も広がりつつある。
タイにおける危険薬物取締りの基本法は,1979年に制定された麻薬法(The NarcoticsAct)である。これは,三つの旧法,すなわち,中毒性薬物取締法(The Habit-Forming Drugs Act),大麻法(The Cannabis Act)及びクラトン法(The Kratom Act)を統合したものであるが,更に,ヘロイン精製に必要な化学物質(無水酢酸や塩化酢酸)も規制の対象に入れ,薬物犯罪に対する罰則を強化し,薬物濫用者が自発的に薬物中毒の治療を申し出た場合には刑を免除することとし,厚生大臣に常習の薬物犯罪者(中毒者)を治療センターに送致する権限を与えたものである。違反者に対する罰則は非常に厳しく,例えば,ヘロインの100gを超える所持は,販売目的ありとみなされ,その法定刑は死刑,又は無期拘禁である。ヘロイン,モルヒネ,コカイン,あへん等の自己使用に対しても,6月以上10年以下の拘禁及び5,000パーツ以上10万バーツ以下の罰金が科せられる(パーツはタイの通貨単位で,昭和57年7月現在,1バーツは約11円に当たる。)。覚せい剤も,向精神薬法(The Psychotropic Act)によって規制されており,病院で医療用に使う以外は,所持,使用等が禁止されている。違反者に対する刑は,輸出入,製造及び販売については,5年以上20年以下の拘禁及び10万バーツ以上50万バーツ以下の罰金,また,所持及び使用については,1年以下の拘禁若しくは2万バーツ以下の罰金,又はこの併科となっている。
IV-77表は,1967年以降の薬物犯罪の取締り状況を示したものである。1977年以降,検挙件数及び検挙人員は急増しており,最近における取締りの強化をうかがうことができる。
IV-78表は,1980年を中心とする最近1年間の検挙件数,検挙人員等を薬種別に見たものである。アンフェタミン(覚せい剤)の検挙件数及び検挙人員があへんを上回っており,タイにおいて,覚せい剤が大きな問題になりつつあることがうかがえる。なお,タイでは,前述したように,薬物中毒者に対して,刑罰に替えて医療的救済の道が開かれているが,麻薬取締委員会の資料によると,1979年における国立病院新規入院中毒者は3万1,827人で,その内訳は,性別では,男性が95.7%と圧倒的に多く,年齢では,24歳以下の若年者が46.4%と約半数を占めている。
IV-77表 薬物犯罪検挙件数・検挙人員及び薬物押収量タイ(1967年,71年,75年〜79年)
IV-78表 薬物犯罪検挙件数・検挙人員及び薬物押収量タイ(1979年10月〜80年9月)