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 昭和57年版 犯罪白書 第4編/第2章/第2節/1 

第2節 矯  正

1 受刑者の特質

(1) 受刑者の動向
 IV-16表は,昭和27年以降における覚せい剤取締法違反及び麻薬取締法違反新受刑者(各年次に新たに刑務所に入所した受刑者をいう。)数を見たものである。
 覚せい剤事犯新受刑者については,覚せい剤の第1の流行期である昭和20年代後半から30年代初めにかけて増加したが,30年の3,449人(新受刑者総数の6.4%)を最高にその後逐次減少し,43年には94人と最低を記録するに至った。しかし,40年代後半以降再び増加に転じ,第2の流行期といわれているように,以後,逐年増加を続け,56年には,前年より更に1,002人増加して,7,249人(新受刑者総数の23.9%)と過去最高の受刑者数に達している。

IV-16表 覚せい剤・麻薬事犯新受刑者の年次別人員(昭和27年〜56年)

 一方,麻薬事犯新受刑者については,昭和37年の1,249人を最高にその後減少しており,最近では,各年とも50人以下となっている。
 法務総合研究所では,覚せい剤事犯受刑者の実情と特質を明らかにするために,全国の刑務所及び少年刑務所の協力を得て,総合的な実態調査を行った。調査対象者は,男子受刑者(以下「男子」という。)については,昭和56年3月1日から同年5月末日までの期間に,刑確定により入所した覚せい剤事犯受刑者で,56年12月1日現在,全国の刑務所及び少年刑務所に在所する者1,350人であり,女子受刑者(以下「女子」という。)については,56年12月1日現在,全国の刑務所に在所する者586人である(ちなみに,56年12月末日現在,全国の刑務所,少年刑務所,拘置所,刑務支所及び拘置支所に在所していた覚せい剤事犯受刑者数は,男子8,030人,女子617人である。)。ここでは,この調査結果を要約して紹介するとともに,覚せい剤事犯受刑者の特質のうち,性別,年齢,国籍,刑期及び累犯・非累犯について,第1の流行期で最高の受刑者数を記録した30年と56年における覚せい剤事犯新受刑者(以下「覚新受刑者」という。)を対比し,併せて,それぞれの年次における新受刑者中覚せい剤事犯を除くその他の受刑者(以下「非覚新受刑者」という。)との比較を行うこととする。
(2) 受刑者の特質
 IV-17表は,性別及び年齢層別構成比を見たものである。覚新受刑者に占める女子の比率は,昭和30年は15.9%(549人),56年では6.9%(503人)である。これを非覚新受刑者に占める女子の比率(30年は1.9%,56年は2.1%)と比べると,いずれの年においても,かなり高率であり,覚せい剤事犯と女子とのかかわりが注目される。
 次に,年齢層別について見ると,覚新受刑者の総数では,昭和30年は20歳代が47.3%と最も多く,次いで,30歳代の32.9%,40歳代の14.7%の順であり,56年では,30歳代が47.2%と最も多く,次いで,40歳代の24.7%,20歳代の22.1%の順となっている。男子では,30年は20歳代が50.3%と半数を占め,20歳代,30歳代で8割以上であるのに対し,56年では30歳代(47.6%)が最も多く,30歳代,40歳代で7割以上を占めている。女子では,両年とも30歳代が最も多いが,30年に比べて,56年の年齢層は高くなっている。また,非覚新受刑者と比べて見ると,覚新受刑者は,30歳代,40歳代の者が多い。このように,30年には20歳代の者が多かったが,56年にはいわゆる働き盛りの年齢層である30歳代の者が多いことが注目される。

IV-17表 覚せい剤事犯新受刑者の性別・年齢層別構成比(昭和30年,56年)

 IV-18表は,国籍別に見たものである。覚新受刑者のうち,外国籍を有する者は,昭和30年では,新受刑者総数の28.1%(969人)に上り,非覚新受刑者が5.9%であるのに対し,著しく高率であった。これに対し56年では,3.7%(265人)にすぎず,非覚新受刑者の2.9%に比べて,わずかに高いものの,30年と比較すると,実数及び比率とも少なくなっている。
 IV-19表は,刑期別構成比について見たものである。刑期6月以下のいわゆる短期刑の者の占める比率は,昭和30年では62.6%と過半数であるのに対し,56年では8,6%と著しく低率である。これを1年以下の者で見ると,30年では90.2%を占めているが,56年では50.9%と半数にすぎず,刑期が全体として30年に比べると長くなっていることを示している。また,非覚新受刑者と比べて見ると,30年では覚新受刑者の刑期は短い者が多いが,56年では短期刑の者は少ない傾向にあると言えよう。

IV-18表 覚せい剤事犯新受刑者の国籍別構成比(昭和30年,56年)

IV-19表 覚せい剤事犯新受刑者の刑期別構成比(昭和30年,56年)

IV-20表 覚せい剤事犯新受刑者の男女別及び累犯・非累犯別構成比(昭和30年,56年)

 IV-20表は,累犯・非累犯別の比率を見たものである。昭和30年における累犯者の比率が38.1%であったのに比べ,56年においては50.6%と高くなっているが,非覚新受刑者と比較すると,いずれも低率である。これを性別で見ると,30年,56年のいずれにおいても,男子に比べて女子の累犯者の比率はかなり低い。次に,最近3年間について見ると,累犯者の比率は,54年は44.3%,55年は47.0%,56年には50.6%と上昇しており,非累犯者の比率は逐年低下している。なお,56年の覚新受刑者のうち,再大者4,104人について,前刑罪名との関係を見ると,2,091人(51.0%)が再び覚せい剤事犯で入所しており,これは,窃盗(78.4%),詐欺(57.6%)に次いで高率である。

IV-21表 覚せい剤事犯新受刑者中初入者の執行猶予歴別構成比(昭和56年)

 更に,覚新受刑者のうち,初人受刑者について,執行猶予歴の有無を見ると,IV-21表のとおりである。執行猶予歴のある者は,昭和56年では69.6%であり,非覚新受刑者の47.3%に比べると,著しく高率である。なお,覚新受刑者中保護処分歴のある者は,56年では16.3%で,非覚新受刑者については15.0%となっている。
 IV-22表は,今回の調査対象者について,配偶者の有無及び知能指数を見たものである。配偶者のある者は,男子では61.6%,女子では70.1%であり,非覚新受刑者に比べて,配偶者のある者の比率が高いことが注目される。
 知能指数では,女子に知能の低い者が多く,男子では,「普通」の90〜109が33.0%と最も多く,次いで,「準普通」の80〜89,「精薄」の69以下の順であるが,女子では,「精薄」の69以下が41.1%と最も多く,次いで,「限界」の70〜79,「普通」の順である。
 IV-23表は,暴力団との関係について見たものである。暴力団加入者は,男子では41.0%で,非覚せい剤事犯男子新受刑者の20.4%に比べて高く,暴力団と関係のある者は69.9%に達している。また,女子では,暴力団加入者はいないが,暴力団と関係のある者は61.8%を占めており,覚せい剤と暴力団との関係の強さを物語っている。

IV-22表 覚せい剤事犯受刑者の特質

IV-23表 覚せい剤事犯受刑者の暴力団関係男女別人員

(3) 他の薬物嗜癖
 IV-24表は,覚せい剤以外の薬物嗜癖の有無及びその使用時期を示したものである。覚せい剤以外の薬物嗜癖のある者の割合は,男子は17,3%,女子では16.2%と比較的少ない。薬物嗜癖のある者の薬物の種類では,シンナー等の有機溶剤が多く,薬物の使用時期では,覚せい剤の使用以前に使用した者が多くなっている。

IV-24表 覚せい剤事犯受刑者の覚せい剤以外の薬物嗜癖及び使用時期別構成比

(4) 覚せい剤に対する意識等
 IV-25表は,覚せい剤に対する意識及び覚せい剤の取扱い・使用をやめる意志の有無について示したものである。
 覚せい剤に対する意識を見ると,大多数の者が,悪いと思うと考えているが(男子は91.6%,女子では95.7%),刑務所に収容されて初めて悪いと思うようになった者が,悪いと考えている者の約5分の1となっている。また,悪いとする理由では,中毒症状があるなど身体に悪いという者が,男子は52.1%,女子では54.4%であり,法律で禁止されているから悪いとの者が,男子で23.8%,女子では21.6%となっている。悪くないと考えている者は,男子は6.2%,女子は3.2%と少数であり,その理由として,覚せい剤を使用するなどしても,他人に迷惑を掛けていないとする者が,悪くないと考えている者の約60%を占めている。
 覚せい剤の使用などについてやめる意志の有無を見ると,「やめるつもりはない」及び「やめられないと思う」とする者は,少数であり,やめる意志のある者は,男子は88.8%,女子では92.0%となっている。しかし,やめられると考えている者のうち,「絶対にやめられる」という強い意志の者は,男女とも,ほぼ半数であり,残りの者は,「やめられると思う」とやや不確実な意志を表している。現に,刑務所に収容されている状況にあって,「やめられると思う」とやや不確実な意志の者及び「わからない」とする者が,半数を超えていることは,前述したように,覚せい剤事犯者の同一罪名による再犯率が5割を超えていることからも,出所した後,入所前と同じ環境に戻った場合,覚せい剤の使用などを,再び始める危険性が強いと言えよう。

IV-25表 覚せい剤事犯受刑者の覚せい剤に対する意識別構成比

 IV-26表は,前回覚せい剤事犯で入所した者の再犯期間を見たものである。再犯期間が,6月以内の者は,男子で32.9%,女子では37.1%であり,2年以内の者は,男子で83.7%,女子では85.4%に達している。このように,覚せい剤事犯受刑者は,出所後短期間に再犯を犯している。
(5) 使用状況及び家族等への影響
 今回の調査における調査対象者のうち,使用者は,男子は1,202人(89.0%),女子では525人(89.6%)である。以下,自己使用者について,初回使用時の状況,使用継続の状況,使用金額とその資金源,家族・身体に及ぼした影響について見ることとする。

IV-26表 覚せい剤事犯受刑者の再犯期間

 初回使用時の状況を見ると,まず,使用の契機では,自分から使用した者は,男子は20.1%,女子では15.4%であり,人から勧められて使用した者が多く,男子で77.3%,女子では74.3%となっている。また,強制されたり,だまされて使用した者は,男子は少ないが,女子ではそれぞれ5.1%である。更に,使用を勧めた相手は,男子は知人が59.1%,暴力団関係者が38.0%であり,女子では,知人が35.4%,配偶者が25.5%,暴力団関係者が21.8%の順となっている。次に,初回使用時の理由を見ると,IV-27表のとおり,男女とも,「一度やってみたかった」及び「刺激が欲しかった」とする好奇心からの者が,男子は31.3%,女子では25.5%と最も多く,次いで,男子では,眠気をとるために使用した者(26.5%),女子では,病気やけがの痛み止めに使用した者(21.5%)となっている。

IV-27表 覚せい剤事犯受刑者の初回使用時の状況別構成比

 初回使用時の生活状態を見ると,男子は,暇だった者(21.5%),失業中だった者(19.2%),夜の仕事が忙しかった者(15.8%)の順であり,女子では,夜の仕事が忙しかった者(28.4%),暇だった者(14.3%),病気やけがで苦しんでいた者(13.3%)の順となっている。
 初回使用時における代金の支払いの有無を見ると,無償の者が男子は69.6%,女子では78.3%となっている。
 IV-28表は,使用継続の状況を示したものである。継続の理由を見ると,男女とも,気持良さが忘れられないため使用を継続した者が,最も多くなっており(男子は30.1%,女子は21.3%),男子では,眠気をとるための者(24.2%),女子では,薬効消失後の疲労感を除去するための者(15.4%)がこれに次いでいる。

IV-28表 覚せい剤事犯受刑者の覚せい剤使用継続理由・期間・頻度別構成比

 覚せい剤の主な入手先については,男子では,暴力団加入者が42.3%で最も多く,次いで,知人が38.0%,売人が16.6%となっている。女子では,暴力団加入者と知人が,それぞれ31,6%であり,身内の者が20.2%である。
 使用期間を見ると,男女とも,3年を超える者が最も多く(男子は44.6%,女子では51.4%),1年以内の者は,男子は27.5%,女子では18,7%であり,比較的長期間にわたり使用を続けていた者が多い。
 使用頻度を見ると,1日1回程度以上使用していた者が,男子で47.3χ,女子では53.4%に達している。

IV-29表 覚せい剤事犯受刑者の覚せい剤使用金額・資金源別構成比

 IV-29表は,覚せい剤の入手に使用した金額(逮捕前1月間)及び資金源を示したものである。逮捕前1月間に使用した金額を見ると,5万円以下である者は,男子で34.6%,女子では23.4%であり,5万円を超えている者が,男子は45.5%,女子では40.2%となっている。これを覚せい剤の使用を始めてからの入手に要した全金額について見ると,長期間にわたり使用を継続した者が多いこともあって,100万円を超えている者は,男子で41.4%,女子では35.6%であり,そのうち,1,000万円を超えている者が,男女とも,それぞれ11.2%を占めている。また,無償で使用した者は,女子に多いが,覚せい剤の使用を始めてからの全期間においても,女子では21.1%(男子は9.5%)の者が,無償で使用を続けており,このうち,暴力団と関係のある者の占める割合は,61.3%と高いことが注目される。
 入手資金源を見ると,労働収入及び小遣い銭によって入手していた者は,男子は49.8%,女子では40.4%であり,覚せい剤の密売,家庭からの金品の持出し,ギャンブル,借金,売春及びその他の犯罪等家庭生活に悪影響を及ぼすと考えられる方法で,入手資金を得ていた者は,男子は38.3%,女子では38.0%となっている。
 IV-30表は,覚せい剤の使用継続による家族等への影響の有無及びその内容を示したものである。家族等に何らかの影響を及ぼした者は,半数以上に達しており,仕事をしなくなった者が,男子は19.1%,女子では13.5%で,離婚するに至った者は,男子は10.3%,女子では6.7%となっている。
 身体に及ぼした影響を見ると,犯行当時に,幻覚,妄想,恐怖感等の中毒症状があった者は,男子は22.1%,女子では28.2%であり,過去に,通院又は入院したことのある者は,男子は80人(6.7%),女子では52人(9.9%)となっている。また,刑務所に入所してから,身体の異常の訴えの有無を見ると,不眠や痛みを訴えるなどの身体不調の者が,男子で24.5%,女子では46.5%である。

IV-30表 覚せい剤事犯受刑者の家族等への影響別構成比

 刑務所における自己使用者の調査を要約して見ると,覚せい剤の濫用の動機としては,失業していたなど暇のある者,逆に,飲食店営業など夜の仕事が忙しかった者が,人から勧められて,好奇心から,あるいは,眠気をとり元気を出すために,無償で使用を始めた場合が多い。また,特に女子では,病気やけがで苦しんでいたことから,その痛み止めに使用を始めた例が比較的多い。更に,濫用を続けた理由としては,覚せい剤の気持良さが忘れられないため,あるいは,覚せい剤の薬効消失に伴う疲労感を除去するためとか,眠気をとるために,暴力団加入者等から入手して濫用を続けており,その期間も,1年以上と長期に及んでいる。また,濫用の頻度では,1日1回以上使うなど,覚せい剤の依存性,反復使用による耐性を示している。
 覚せい剤の濫用を続けるためには,かなり多額の金銭を使用しており,入手資金獲得の方法も,3分の1以上の者が,覚せい剤の密売,家庭からの金品の持出し,売春その他の犯罪等によっている。また,覚せい剤の濫用を続けることで,半数以上の者が,家族に悪影響を及ぼし,ついには離婚に至るなど家庭崩壊の例も少なくない。更に,身体に与える影響でも,約2割の者が,なんらかの中毒症状を体験しており,現在でも身体の不調を訴える者も少なくなく,身体に与える悪影響も大きいと言えよう。
 以上の刑務所における調査を通じて,覚せい剤に対する暴力団関係者の関与の強さと一度覚せい剤の中毒者になると容易に習癖を根絶できないことが明らかとなった。暴力団は,少しでも覚せい剤に関心を持つ者はもちろん,全く関心を持っていない者にも,巧みに接近し,初回は無償で覚せい剤を使用させる。いったん覚せい剤の薬効としての陶酔感のとりこになった者は,暴力団加入者や暴力団と関係の深い売人から覚せい剤を購入して濫用を続け,ますます暴力団と関係を深め,ついには暴力団に加入して,自分の「射ち分」を捻出するために,覚せい剤の密売人となり,新たな濫用者をつくり出している。また,覚せい剤と関係を断つことの困難さは,受刑するに至っても,出所後短期間で,再び同種事犯を犯していることを見ても明らかである。