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 昭和57年版 犯罪白書 第4編/第1章/第1節 

第1章 薬物犯罪の動向

第1節 薬物の種類と危険性

 覚せい剤等薬物の濫用は,人の健康を損なうばかりでなく,家庭,社会に害悪を及ぼすところにその危険性の本質があり,今や薬物濫用禍は,我が国だけでなく,アメリカ,ドイツ連邦共和国など諸外国においても深刻な社会問題となっている。
 本節では,世界の諸外国でその濫用が問題となっている薬物のうち,戦後,我が国で濫用が問題となった薬物を中心として,その種類及び危険性について概説する。
 あへん系麻薬
 この系統の麻薬としては,昭和30年代後半にまん延したヘロインを筆頭にモルヒネ,あへん等がある。これらは,医療上利用できる鎮痛作用を有してはいるが,副作用も多く,大量に使用した場合,急性中毒を起こし,呼吸や代謝機能を低下させ,酸素欠乏から昏睡状態に陥り,死亡することもある。
 あへん系麻薬は,いわゆる中毒性薬物であるところから,麻薬を濫用して一度陶酔感を覚えた場合,再び摂取したいとの欲求(精神的依存)が生じることや,身体的にも麻薬により平衡が保たれている状態(身体的依存)が形成され,その結果,薬効が切れると苦痛を伴う禁断症状が生じることなどから,自ら麻薬を断つことが極めて困難となるほか,当初の薬効を得たいため,次第に使用量が増大する(耐性)特性を有しており,連用すると慢性中毒になることが多い。
 慢性中毒になった場合,不眠,不安,精神の過敏あるいは鈍麻,知能活動の低下,道徳心・理性の喪失を招来し,また,突然摂取を中止すると,しばしば激烈な禁断症状に襲われるなど,濫用者個人の精神,肉体がむしばまれる危険があり,他方,購入資金入手のため,家庭生活の破壊を招来したり,また,窃盗,売春などの犯罪を誘発するおそれもあり,これらの麻薬は,個人的にも社会的にも極めて有害な薬物である。
 なお,ヘロインは,依存性,毒性が最も強く弊害が大きいので,我が国をはじめ,ほとんどの国で医療用といえども,使用が厳禁されている。
 覚せい剤
 薬理学的には中枢神経興奮作用などを持つ薬物であると言われているが,ここでは,数多く存在する中枢神経興奮剤のうち,薬理作用の強いものとして,覚せい剤取締法で規制対象となっている,一般名がアンフェタミン,メタンフェタミン等の覚せい剤について説明する。
 覚せい剤は,眠気や疲労感の消失,気分高揚,自信増大等の効用を有し,一部ナルコレプシー(発作性睡眠)等の治療に用いられているが,副作用も著しい。
 覚せい剤を大量に使用した場合,急性中毒となり,その結果,不安性の興奮状態と幻覚性錯乱状態に陥る。また,覚せい剤は精神的依存が特に強く,耐性も形成されやすいので,連用すると通常3か月前後で覚せい剤の慢性中毒者になるとされている。
 覚せい剤の慢性中毒者になると,過度の睡眠不足と食欲減退のため,健康は極度にむしばまれる上,幻覚,妄想を主とする精神分裂病類似の中毒性精神病が発症する。この幻覚・妄想状態が一層強化された際に,錯乱状態となって発作的に他人に重大な危害を加える行為に出ることがある。慢性中毒者の一部には,後遺症として精神症状が残る場合があり,また,後遺症の一つとして再現症状(フラッシュ・バック),すなわち,覚せい剤の使用を廃して心身が正常に復した後にも,薬物を使用していた時と同じ幻覚,妄想状態等が現出する場合があり,これらの後遺症の際にも発作的な行為に出ることがある。覚せい剤濫用の弊害は,覚せい剤の薬理作用のもたらす幻覚,妄想に起因する発作的な破壊活動により,社会に大きな不安を招来する点にあり,他人への侵害の点でヘロイン等の麻薬より危険性が高いと言える。また,精神的依存,耐性の形成は,覚せい剤購入資金を入手する目的の窃盗,恐喝,強盗等の犯罪を誘発させ,この点でも,社会に害悪を及ぼしている。
 大麻
 大麻は,その成分中のテトラヒドロカンナビノールが中枢神経に作用し,著しい向精神作用を示すと言われている。大量に摂取すると不安感,幻覚が生じ,時には,衝動的行動に出ることがあり,長期に常用すると,慢性中毒症状として労働意欲,挑戦意欲の低下による社会的能力の低下,場合によっては,種々の精神異常状態が発現することがあるとされている。
 有機溶剤
 これらには,シンナー,トルエンなどが該当し,昭和47年から毒物及び劇物取締法により,その一部が規制されている。
 有機溶剤は,強い中枢神経抑制作用を有し,この揮発蒸気を過度に吸入した場合,死につながる危険がある。長期間の濫用は,身体的に肝臓,腎臓等の機能障害を招き,精神的には無気力になり,時には精神分裂病に似た症状を引き起こし,その結果凶暴な行為に及ぶこともあり,個人的,社会的に極めて有害とされている。
 睡眠剤・鎮痛剤
 昭和30年代後半に青少年の間で一時濫用されたハイミナール,ドリデン,ブロパリンなどが該当するが,多量に摂取すると,呼吸中枢神経のまひを起こして死につながる危険がある。また,連用すると精神的及び身体的依存が形成され,精神機能障害,感情抑制不能,判断能力低下などの症状が生じる。
 その他
 その他世界的に濫用が問題になっている薬物として,コカイン,LSDなどがある。我が国では,これらは麻薬取締法で規制されている。コカインを連用して慢性中毒状態になると,中枢神経系統及び自律神経系統に対する興奮作用により精神不安状態が現れ,凶暴な行為に及ぶことが多いと言われている。LSDは,幻覚剤で,摂取すると精神分裂病様の精神異常状態になることがあり,個人にとっても社会にとっても極めて危険な薬物である。