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 昭和56年版 犯罪白書 第4編/第3章/第2節/4 

4 少年司法の新動向

 1899年にイリノイ州の少年裁判所の設置によって始まったアメリカの少年司法制度は,世界の少年司法に大きな影響を及ぼしてきたが,現代の少年非行,特に,少年の重大犯罪の激増と累犯状況の悪化によって,少年司法制度は少年非行の防止に有効な機能を果していないという批判にさらされ,他方では,少年の審判手続は憲法修正第14条の「法の適正手続」(due process of law)を保障していないという批判が高まってきた。アメリカは,「刑事司法の運営に関する大統領諮問委員会」(1967年),「刑事司法の基準と目標に関する国家諮問委員会」(1973年)の各報告書,「少年司法・非行防止法」(1974年),及び同法によって設立された「少年司法・非行防止に関する国家諮問委員会」の「少年司法運営基準」(1980年)等によって,これら批判の対象とされた問題点を含めて,少年非行防止と少年司法のあり方について,多方面から研究・分析を行ってきたが,その結論とも言うべき前記「少年司法運営基準」に現われている基本的方向の一つは,少年司法における適正手続の保障である。これは連邦最高裁判所のグォルト事件判決(In Re Gault,387 U.S.1(1967),少年審判においても,刑事裁判におけると同様に,告発事実の告知,弁護人選任権,証人対質権及び自己負罪拒否特権を保障した判決),ウインシップ事件判決(In Re Winship,397 U.S.358(1970),少年審判においても,「合理的な疑いを超える」犯罪の証明を必要とした判決)等の画期的な判決が及ぼした影響によるものであった。アメリカの少年審判においては,検察官の審判申立又は審判関与は,コロンビア特別区,カリフォルニア州等一部の州を例外として,伝統的に行われていなかったが,前記「少年司法運営基準」は,この適正手続保障に関する連邦最高裁判決の趣旨に即して,事実認定手続における当事者主義(検察官と被審判申立人・弁護人の攻撃防禦による対審構造)と証拠法則(強制的な自白及び不合理な捜索・差押による証拠の使用禁止,「証拠の優越」ではなく「合理的な疑いを超える」犯罪の証明を必要とするなどの法則)の適用など,犯罪(非行)事実認定の厳格化の方向をとるべきことを明確にし,審判申立における検察官の最終責任(特に,法律適用と嫌疑の十分性について),及び審判関与権と犯罪事実の立証責任を確立すべきことを勧告している。他方,同基準は,少年司法における再社会化の理念については全面的にこれを支持し,受理審査における「非公式の代替措置」(ダイバージョン),公式の審判手続における処分手続(一種の量刑手続)の柔軟性と処分の多様性等を勧告しており,少年審判における柔軟性と適正手続との調和を図ろうとしている。
 他方,少年の重大犯罪の激増に対応して,重大犯罪を犯した少年又は累犯少年に対しては,少年の保護と再社会化を基本理念とする少年審判手続に適さないとして,刑法の社会防衛機能を優先させる傾向が各州の立法に現われてきている。例えば,ニューヨーク州は,「1976年少年司法改革法」及び1978年の同法改正により,殺人・誘拐等一定の重大犯罪を犯した14歳と15歳の少年及び殺人を犯した13歳の少年(同州では,少年は7歳以上16歳未満である。)を家庭裁判所の管轄から除外する立法を行い,カリフォルニア州は,「福祉・施設法」(少年法)の1975年及び1976年の改正により,刑事裁判所への移送手続において,犯罪少年が少年裁判所の保護手続に適した者である事実の立証責任を少年側に科するなどの改革を行っている。(司法省の前記1980年の資料による。)このようなアメリカの少年司法の新動向は,今後とも注目に値するように思われる。