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 昭和56年版 犯罪白書 第1編/第3章/第2節/4 

4 各国における精神障害犯罪者に対する司法制度

 ほとんどの欧米諸国においては,刑事裁判所の裁判により,精神障害のある犯罪者を厚生省又は司法省管轄下の治療施設に収容して治療を加える制度が設けられている。
 これらの制度においては,刑事裁判所や行政委員会などが社会防衛の観点から被収容者の危険性の有無を判断して退院を決定することとされているのが通例である。
 本節では,これら諸国のうち,イギリス(連合王国),ドイツ連邦共和国及びアメリカ合衆国の3箇国について,精神障害犯罪者に対する保安処分(治療処分)制度の現状について概観することとする。
(1) イギリス(連合王国)
 精神障害のある犯罪者に関するイギリス(イングランド及びウェ-ルズに限る。)の司法制度を精神衛生法(MentalHealthAct1959)及び刑事訴訟手続(精神異常)法(CriminalProcedure(Insanity)Act1964)等の規定によって概観する。
 まず,公判開始前の段階で,勾留中の被疑者に精神障害が疑われ,診察の結果,その者が精神病又は重度精神薄弱の障害をもち,医療上,病院収容の必要がある旨の2人以上の医師による鑑定報告が出された場合には,内務大臣は,病院を指定し,被疑者の移送命令を出すことができる(精神衛生法第73条)。この移送命令を発する際に,内務大臣は出院等について制限命令を付することができ,また,この移送命令は,後述する精神衛生法に規定されている入院命令と同様の効力をもっている。
 次に,公判開始後において,精神異常のため,被告人に裁判を続行する能力が疑われた場合には,刑事訴訟手続(精神異常)法(第4条及び第5条)の規定に従って,裁判所は,その被告人の訴訟遂行能力の有無について陪審の評決を求めなければならず,評決の結果,被告人には訴訟遂行能力がない旨の答申がなされた場合には,裁判所は裁判手続を停止して,被告人に対し内務大臣の指定する病院への入院命令を出さなければならない。
 裁判の結果,被告人が犯行時精神異常のため心神喪失であったとして陪審によって無罪の評決が出された場合にも,刑事訴訟手続(精神異常)法(第5条)に基づいて,裁判所は被告人に対し内務大臣の指定する病院への入院命令を出さなければならない。
 また,有罪判決を受けた被告人に精神病,精神病質又は精神薄弱の障害があり,病院収容又は特別の保護を必要とする旨の2人以上の医師による鑑定報告が出された場合には,裁判所は,法律によって宣告刑が法定されている罪等を除いて,罪状,性格,前歴等を考慮して刑罰に代えて病院収容又は保護委託(guardianship)に付する命令を出すことができる(精神衛生法第60条第1項)。なお,治安判事裁判所では,被告人が精神病又は重度精神薄弱であるとして,入院命令又は保護委託命令を発することが適当であると思料するときは,有罪認定手続をしないでこの命令を発することができる(同条第2項)。保護委託命令は,入院治療を必要とする程度には至らないが,社会適応上保護を必要とする精神障害のある者を地方保健部(localhealth authority)又は地方保健部の認めた保護者の下で治療を受けさせる制度である。入院命令又は保護委託命令を受けた者に対する治療期間は,原則として1年以内とされているが,治療担当医師から1年経過後も治療の必要がある旨の報告が出された場合には期間の更新が行われる。
 刑事裁判所(crowncourt)は,入院命令を出すに当たって,罪質,被告人の前歴及び再犯の危険性を考慮し,公衆の保護上必要と認められる場合には,その者に対して不定期間又は一定の期間,特別の制限命令(restriction order)を付することができる。制限命令を付された者に対しては,退院,外出及び他の病院への移送について内務大臣の同意が必要とされている(同法第65条)。
 なお,統計書(CriminalStatisticsEnglandandWales,1979)によれば,1979年には,治安判事裁判所において,有罪認定手続をせずに入院命令又は保護委託に付された者は45人,精神衛生法第60条により入院命令を発せられた者は369人となっており,刑事裁判所において,訴訟遂行無能力による入院命令を出された者は23人,心神喪失による無罪で入院命令の出された者は1人,精神衛生法第60条による入院命令を出された者は138人,同法第65条による制限命令を出された者は91人となっている。
 ところで,イギリスにおいては,近年,精神衛生法第60条による入院命令を受ける者の数が減少傾向にあるが,その理由の一つとして,1978年に刊行された「1959年精神衛生法の再検討(ReviewoftheMentalHealthAct1959)」という政府公刊物は,近来,イギリスの一般の精神病院では,強制入院を制限するとともに,入院期間を短くし,精神医療を開放的な環境で行おうとする方向にあるため,保安に留意しなければならない危険な精神障害犯罪者の収容を忌避しようとする傾向の強いことが,入院命令の適用の減少をもたらしているように思えると指摘している。
(2) ドイツ連邦共和国
 ドイツ連邦共和国では,刑法の規定によると,犯行時精神に障害があり,そのために行為の不法の弁別能力又はその弁別に従って行為する能力のなかった者は責任無能力者として刑罰が科されず(第20条),また,行為時にそのような能力が著しく低下していた者を限定責任能力者とし,このような者に対しては刑罰を軽減できる(第21条)ことになっている。しかし,同時に,刑法は,これらの犯罪者による再犯を防止するために刑罰とは異なる「改善及び保安処分」(MaBregelnderBesserungundSicherung,以下「保安処分」という。)の制度を設けている(刑法第63条ないし第65条)。この種の保安処分には,[1]精神病院収容,[2]禁絶施設(Entziehungsanstalt)収容,[3]社会治療施設(SozialtherapeutischeAnstalt)収容の3種類がある。
 まず,起訴前の段階で,被疑者が裁判の結果,精神病院又は禁絶施設への収容処分を受けることが見込まれるときは,裁判所は刑事訴訟法第81条に基づいて,鑑定のためにその者を公立精神病院に6週間以内収容することを命ずることができるほか,公共の安全上必要と認められる場合は,精神病院又は禁絶施設への仮収容の措置をとることができる(第126条a)。
 次に,刑法の規定に従って,保安処分の対象となる精神障害者とその要件について概観することとする。
 精神病院への収容処分は,責任無能力又は限定責任能力の状態で犯罪を行った者の性格と罪質を全体的に評価し,精神障害のために将来においても著しい違法行為をすることが予想され,そのため公共に危険を及ぼすおそれがあると認められる場合に限って裁判所が発する処分である。入院期間は限定されてはいないが,裁判所はいつでも収容を中止して保護観察(Bewah-rung)に移すことの適否について審査を行うことができる。この審査は,入院後1年以内に行われなければならず,保護観察が許可された場合,その者は監督所(Aufsichtsste11e)の監督下に置かれ,保護観察官(Bewahrungs-helfer)が指定される。その期間は2年以上5年以下とされている。
 禁絶施設への収容処分は,アルコール飲料又はあへん,モルヒネ,LSD等の酩酊薬を過度に乱用する習癖のある者が酩酊状態で犯罪を行い,裁判所によって有罪の言渡しを受け又は責任無能力が認められた者で,しかもこの者がこれら薬物の乱用癖のために,将来においても著しい違法行為を行う危険性のある場合に適用される処分である。収容期間は2年以内とされているが,裁判所は収容後6か月以内に保護観察に付することの適否について審査しなくてはならないことになっている。
 刑法第65条に規定されている社会治療施設への収容処分は,1985年1月1日に施行が予定されている制度で,この処分の対象者は,自由刑の執行前歴をもつ重度の人格障害のある犯罪者又は性犯罪者で,将来においても著しい違法行為を行う危険のある場合に,自由刑に併せて言い渡すことのできる処分である。収容期間は5年以内であるが,原則として,この処分は自由刑に先行して執行されることになっている。
 また,上記対象者のほか,精神障害のある犯罪者の処遇として社会治療施設の方が適当である場合には,裁判所は精神病院収容に代えてこの処分を科することができるとされている。
 なお,統計書(Strafverfolgung,1979)によれば,1979年において,裁判の結果,精神病院への収容処分を受けた者は370人,禁絶施設への収容処分を受けた者は570人となっている。
(3) アメリカ合衆国
 アメリカは,連邦と各州とにそれぞれ刑事法典が設けられているが,ここでは,公的な資料の入手できたニューヨーク州とカリフォルニア州について,精神障害性犯罪者等に対する治療処分制度を概観することとする。
ア ニューヨーク州
 ニューヨーク州刑事訴訟法には,精神障害性刑事被告人に対する施設収容処分(第730・50条等)と精神障害性犯罪者に対する施設収容処分(第330・20条)の制度が規定されている。
 精神障害性刑事被告人に対する施設収容処分について述べる。裁判所は,重罪告発状が提出され,あるいは,重罪告発状以外の訴追行為がなされた後において,被告人が精神病又は精神の欠陥のため訴訟遂行無能力であるとの疑いを持つ限り,いつでも,その精神状態について,有資格精神科医2人に鑑定を命じ,その鑑定を行うために被告人に対し,病院への収容命令(hos-pitalorder)を出すことができる(収容期間は,原則として30日以内)。その鑑定の結果,被告人に訴訟遂行能力が欠けているとされた場合には,裁判所は,ヒアリングを開くことができ,また,鑑定の意見が一致しない場合にはヒアリングを開かなければならない。その後の手続は,重罪をも管轄している地方裁判所(superiorcourf)について言うと,ヒアリングの結果,裁判所は被告人が訴訟遂行無能力であると認めたときは,拘禁命令(訴追に係る罪が重罪のとき,commitmentorder)又は最終観察命令(訴追に係る罪が重罪以外の罪のとき,final observationorder)を出さなければならない。拘禁命令は,1年を超えない期間,被告人を精神衛生省所管の保安施設に拘禁することを命ずるもので,拘禁命令の期間の満了時において,被告人がいまだ回復していない場合には,当該施設の長は保留命令(retention order)の申請をしなければならず,その申請に基づき,裁判所は,再度ヒアリングを開き,被告人がいまだ回復していないと認めれば,1年を超えない期間拘禁の継続を認める保留命令を出さなければならない。また,第2回目以降の保留命令の期間は2年を超えないものとされている。しかし,すべての拘禁期間の合計は,訴追に係る罪のうち,最も重い刑を定める罪に対して科せられる法定刑の長期の3分の2を超えることはできない。次に,最終観察命令は,90日を超えない期間の拘禁を命ずるものであり,期間満了時において被告人がいまだ危険性を有していると認めたときには,裁判所は6か月を超えない期間被告人の拘禁の継続を認める保留命令を出さなければならないとされている。
 精神障害性犯罪者の施設収容処分は,被告人が犯行時精神病又は精神の欠陥のため刑事責任能力が欠如していたと認められ,陪審から責任欠如の特別評決を受けたときに,裁判所は,被告人に危険性が認められる限り,被告人を精神衛生省所管の保安施設に拘禁する旨の収容命令(commitmentorder)を出さなければならないという制度である。この収容期間は6か月とされているが,初回の保留命令は1年を超えない期間,第2回目以降の保留命令は2年を超えない期間と定められている。
 ニューヨーク州の精神衛生省が所管する保安施設の代表的なものは,ミッド・ハドソン精神医療センターであるが,同センターの1981年2月7日現在の収容状況を見ると,訴訟遂行無能力者として収容処分を受けている者が215人,精神障害のため刑事責任能力がないとして収容処分を受けている者が112人となっている(Mid-HudsonPsychiatricCenter,Statistical ReportbyLegalClassification,7 February1981)。
イ カリフォルニア州
 カリフォルニア州刑法には,精神障害性刑事被告人の施設収容処分(刑法第1,370条)と精神障害性犯罪者の施設収容処分(同法第1,026条)の制度が規定されている。
 精神障害性刑事被告人の施設収容処分は,基本的には,前述したニューヨーク州の場合と同様であるが,この処分権限をもつ者は重罪を管轄する地方裁判所に限られ,しかも,要件として,その者が訴訟遂行無能力に加え,鑑定の結果,本人又は他人に対する危険性が認められる場合に限られている。この処分の収容期間は3年間又は訴追されている罪のうち最も重大な罪の法定刑の長期のいずれか短い方とされている。
 次に,精神障害性犯罪者の施設収容処分は,被告人が犯行時精神異常であったとの評決又は認定を受け,かつ,現在完全に回復していることが明白でない限り,裁判所は,治療及び看護のため,その被告人を州立精神病院又は郡精神衛生局長が同意するその他の治療施設に収容する旨の命令を出さなければならないという制度である。この収容期間は,言い渡しうる刑の最長期までと定められているが,殺人等の一定の重罪を犯し,他人の身体に実質的な危険を示している者については,収容期間延長手続を経た上,前になされた命令の期間満了の日から2年間の延長が認められている。
 カリフォルニア州にあるアタスカデロ州立病院は,同州全域の司法制度に奉仕する重保安病院(maximumsecurityhospital)であるが,同病院の1980年12月31日現在の収容状況を見ると,刑法第1,370条の訴訟遂行無能力により収容処分を受けている者が124人,同法第1,026条の精神異常と評決又は認定され収容処分を受けている者は245人となっている(Atasca-deroStateHospital,MonthlyStatisticalReportbyLegalClassifi-cation,December 1980)。