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 昭和56年版 犯罪白書 第1編/第3章/第1節/2 

2 覚せい剤事犯

(1) 覚せい剤事犯の動向
 I-12図は,昭和26年以降における覚せい剤事犯による検挙人員の推移を見たものである。覚せい剤事犯は,20年代後半から30年代初めにかけての時期に第一の流行期が見られ,その後,長期間にわたりほぼ沈静化していたが,40年代後半以降再び増加傾向を示した。同事犯による検挙人員は,48年に罰則強化を中心とする覚せい剤取締法の一部改正が行われ,翌49年に一時減少したものの,51年には1万人を,55年には2万人を超え,戦後第二の流行期に入っているものと見られるが,第一の流行期に比べ,その継続期間が長く,事態の深刻さがうかがわれる。

I-12図 覚せい剤事犯検挙人員の推移(昭和26年〜55年)

 I-13図は,昭和55年における覚せい剤事犯の地域別検挙人員を,人口10万人当たりの人口比によって見たものである。人口比の全国平均は17.4であるが,25.0を超える地域は,和歌山(36.6),群馬(33.2),岡山(31.1),香川(31.0),愛媛(30.0),東京(28.2),北海道(26.8),茨城(26.0),大阪(25.6)の9都道府県であり,覚せい剤事犯が,東京や大阪の大都市地域に限らず,全国的に広がっていることが見られる。
 なお,昭和55年における覚せい剤事犯検挙人員2万200人について,職業別内訳を見ると,特に多いのは,土木建築業関係労務者の1,495人(前年は1,304人,以下括弧内は,前年の人員である。),交通運輸業関係労務者の753人(755人),工員の746人(546人),風俗営業関係従業員の631人(660人)などである。また,芸能関係者は42人(63人),中学生は55人(42人),高校生は98人(104人),大学生は40人(30人),主婦は445人(435人)である(厚生省薬務局調べ)。

I-13図 覚せい剤事犯検挙人員の都道府県別人口比(昭和55年)

(2) 覚せい剤濫用と犯罪
 覚せい剤の濫用が,自信過剰,攻撃性,注意力の欠乏,いらだち等の徴候をもたらし,犯罪や事故に結び付きやすいこと,使用中止によって陥る抑うつ状態のもとで自殺の危険があること等の危険な薬理作用を有することは,一般に承認されている。覚せい剤が反社会的な行動や妄想・幻覚による異常行動によって暴力犯罪や重大犯罪を誘発させやすいという点で,社会的危険性においてはむしろヘロインよりも危険とされているのは,覚せい剤のこのような薬理作用によるものである。また,覚せい剤は,その密輸・密売等の不法取引に関連してさまざまな社会的害悪を生み出している。不法流通する高価な覚せい剤の入手資金を得るための犯罪や経済的・家庭的な崩壊,取引による巨額な不法利得を独占的に資金源とする暴力団組織,あるいは営利目的や債務返済のために密輸事犯を犯す個人など,覚せい剤は,今や我が国の犯罪現象全体に大きな影響を及ぼしている。
 I-65表は,最近5年間における覚せい剤事犯の態様別検挙人員を見たものである。密輸出入による検挙人員は,昭和53年まで増加傾向にあったが,54年以降やや減少して,55年には75人である。密製造も減少して,55年には3人であるが,覚せい剤事犯の大部分を占める所持,譲渡・譲受及び使用は,いずれも逐年増加して,55年では,所持が5,687人,譲渡・譲受が6,885人,使用が7,543人になっている。

I-65表 覚せい剤事犯態様別検挙人員(昭和51年〜55年)

 I-66表は,最近5年間における覚せい剤事犯の検挙人員中に占める暴力団関係者の状況を見たものである。暴力団関係者の割合は,昭和51年の58.7%からやや低下して55年では50.2%であるが,暴力団関係者の検挙人員は,51年の6,268人から55年の1万7人へ,5年間に3,739人,59.7%も増加している。

I-66表 暴力団関係者の覚せしい剤事犯検挙状況(昭和51年〜55年)

 次に,昭和55年における覚せい剤関連犯罪の検挙人員は,I-67表のとおりであるが,総数は851人(前年は791人,以下括弧内は,前年の人員である。),うち薬理作用によるものが553人(478人)で,ともに前年よりも増加している。また,55年における覚せい剤濫用による死亡人員は,自殺が7人(8人),中毒死が8人(7人),その他の事故死が3人(10人)の計18人(25人)で,自傷は40人(32人)である(警察庁調べ)。

I-67表 覚せい剤に関連する各種犯罪検挙人員(昭和55年)

(3) 覚せい剤事犯の対策
 近年における覚せい剤事犯の激増の要因として,[1]海外に豊富な供給源があり,大規模かつ組織的な密輸入が行われていること,[2]覚せい剤を重要な資金源とする暴力団が,密売組織を形成し,市場を支配し,新たな需要層の拡大に積極的に取り組んでいること,[3]近年,社会の亨楽的風潮が,一般国民の薬物に対する警戒心を薄れさせ,安易な興味を引き立たせていることなどが挙げられよう。しかも,覚せい剤濫用者の習癖を根絶することは,非常に困難とされている。それは,覚せい剤の強い精神的依存性のため,入院や拘禁刑によって,強制的に使用が中止されても,社会に復帰して覚せい剤が入手できる環境にもどると,再び薬に手を出す者が多いからである。更に,覚せい剤濫用は,精神障害の発生,家庭的・経済的崩壊や犯罪・非行集団との接触など,心理的,社会的要因と密接な関係があるため,社会内での治療や処遇は容易ではなく,覚せい剤の供給がある限り,再発や再犯の可能性は極めて大である。
 ところで,覚せい剤事犯者に対する懲役刑の執行猶予率は,I-68表のとおり,昭和52年からやや低下して,54年では51.8%となり,裁量的保護観察人員の執行猶予人員中に占める比率も51年から上昇傾向にあって,54年では18.7%となっている。法務総合研究所が追跡調査した覚せい剤事犯の執行猶予取消率は,51年の執行猶予言渡人員について25.1%であり,同年の全犯罪の執行猶予人員についての取消率13.0%の2倍に近く,覚せい剤事犯の執行猶予者の再犯率がかなり高いことを示している。覚せい剤事犯の反社会性,刑事責任の重さ,再犯率の高さ,覚せい剤濫用者の危険性,社会内処遇及び習癖根絶の困難性などからみて,覚せい剤濫用者に対する執行猶予の運用にはなお検討を要するものがあるように思われる。

I-68表 覚せい剤事犯通常第一審懲役言渡人員中の執行猶予人員(昭和50年〜54年)

 更に,より広い社会的見地からは,覚せい剤の有害性についての認識を国民全体に広げるとともに,全国民的規模での対策の樹立を図ることが必要であり,政府は昭和45年以降,総理府総務長官を本部長とし,関係省庁の担当官を構成員とする「薬物乱用対策推進本部」を設け,覚せい剤濫用防止に関する対策の検討を続けており,特に最近は,「覚せい剤乱用対策実施要領」を定め,関係機関が一体となって覚せい剤濫用防止運動の推進を図っている。