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 昭和54年版 犯罪白書 第4編/第1章/第2節/3 

3 覚せい剤の使用動機と覚せい剤事犯関連犯罪

 近時における覚せい剤使用者の使用動機は,社会の享楽的風潮を背景として,ギャンブルや性的享楽にふけるためとか,好奇心から,あるいは現実逃避のため,更には,特殊の刺激を求めてというようなものが多いと言われている。近時の先進諸国における各種薬物事犯増加の背景として種々挙げられている事情と軌を一にするものがあり,警戒を要すると考えられる。
 ところで,覚せい剤事犯の増加は,他方において,IV-2表に示すとおり,昭和53年においても,覚せい剤の取引をめぐる犯罪,覚せい剤を入手するための犯罪,覚せい剤の薬理作用の影響による犯罪など,多くの関連犯罪を引き起こしている。特に,殺人(15人),傷害・暴行(98人),強姦(11人),放火(15人)などの犯罪が,覚せい剤の薬理作用の影響によるものとして多く発生していることが認められ,注目を要する。
 覚せい剤の薬理作用の危険性は,習慣性と精神病的症状にあり,長期間濫用すると,関係・被害妄想,幻覚・幻聴という妄想型精神分裂病と同様の症状を呈する。肉体的依存性という意味での中毒・禁断症状はないが,精神的依存性は強く,使用後数時間続く昂揚感とエネルギーの増大は,肉体に対する無理な負荷によって得られたものであるため,薬理作用が消えると,困ぱい・うつ状態に陥り,その不快感を免れるために,更に多量の薬を使用することになり,遂には中毒状態に至るものである。性的持続力を増進させる作用があるというのは謬説で,事実は自信感と昂揚感によって,単に性的欲求を促進するにすぎず,性的能力は逆に減少すると言われている。覚せい剤は,精神分裂病同様の幻覚・妄想に原因する発作的な暴力的行動によって危険な犯罪を誘発せしめ,社会に大きな害悪をもたらす薬物であり,社会的危険性という点では,むしろヘロインよりも危険であると識者から指摘されている。法務省刑事局は,覚せい剤の濫用による中毒状態の下で,例えば,警察官に取り囲まれているので血路を切り開くとか,妻が浮気をしているのでこらしめるとかいった動機で凶悪ないし悲惨な事件を起した事例45件を発表している。
 覚せい剤事犯については,供給源である暴力団に対して徹底した取締りを行うことが重要であることは当然であるが,覚せい剤のもたらす前記のような薬理上の危険性を考えるならば,覚せい剤の単なる使用者といえども,その社会的責任は厳しく糾弾されなければならないであろう。

IV-2表 覚せい剤に関連する各種犯罪検挙人員(昭和53年)