第3節 危険な常習的犯罪者の処遇 累犯者の中でも,とりわけ,古くから注目を集めてきたのは,危険な常習的犯罪者であると言えよう。我が法制は,これに対して,単に累犯の刑を加重し,又は個別的な犯罪を常習として犯した者に対する重い刑を規定するにとどまるが,更に徹底した処遇対策を講じている法制は少なくない。その代表的なものは,危険な常習的犯罪者の処遇対策について長い経験を持つフランス,西ドイツ等の例である。 フランスにおいては,1885年の累犯者に関する法律により,ルレガシオン(植民地終身流配)の制度を設けた。この制度は,第二次世界大戦中に事実上執行不能となり,フランス本国での執行に切り替えられていたが,戦後の法制的改革の後,1970年の「市民の個人的権利の保障強化を目的とする法律」に基づく刑法の一部改正で廃止された。これに代わるものとして新設されたのが,刑事後見(tutelle penale)の制度であって,多累犯者に社会復帰の可能性を与え,その社会的更生を図ることによって,累犯との悪循環を断ち,その犯罪行動から社会を防衛することを目的としている。この刑事後見は,自由刑の執行を受けている期間を除いて10年間に,重罪に当たる行為により2度刑の言渡しを受け,又は重罪若しくは特定の軽罪に当たる行為により6月以上の拘禁を4度言い渡された累犯者に対し,刑の言渡しをする判決において命ずることができるが,必要な調査及び医学的・心理学的検査の結果に基づくことを要し,多累犯者の分類(職業的犯罪者,精神障害犯罪者,アルコール中毒犯罪者等)に応ずる処遇の個別化が図られている。その期間は10年であり,その執行は,刑の執行を終わった日から,施設内において,又は仮釈放の制度の下で社会内において行われる。フランス司法省行刑局の年次一般報告書(1975年度)によると,最近刑事後見に付される者の数は増加傾向にあると言われ,1975年12月末現在で314人を数える。そのうち,受刑後刑事施設内で引き続き刑事後見を執行中の者は,183人(男181人,女2人)であり,受刑者総数1万6,363人の1.12%に当たる。 ドイツにおいては,古くから同一又は同種の犯罪を反復する累犯者に対する刑の加重を行ってきたが,今世紀初頭以降の一連の刑法改正草案において,累犯の刑の加重のほか,危険な常習的犯罪者に対し刑に併せて命ずる保安拘禁及びその他数種の保安及び改善処分の制度を設けようとしてきた。この制度は,1933年の「危険な常習的犯罪者並びに保安及び改善処分に関する法律」に基づく刑法の一部改正によって実現され,第二次大戦後においても,控え目ながら運用されてきた。しかし,その制度的改革は西ドイツにおける刑法改正の一眼目とされてきたのであって,1969年の第一次刑法改正法律により,労働所収容を廃止するとともに,危険な常習的犯罪者に対する特別の刑の加重を廃して単に累犯の刑の加重によるものとし,また,保安拘禁の要件を厳格にするところがあり,更に,続く同年の第二次刑法改正法律によって,「保安及び改善処分」を「改善及び保安処分」に改めて改善の思想を先に置くとともに,従前の「常習的犯罪者(Gewohnheitsverbrecher)」を「性癖犯罪者(Hangtater)」に改め,また,保安拘禁のほか,新たに社会治療施設収容の制度を設けた。保安拘禁は,概して,危険な性癖犯罪者について刑に併せて命ぜられ,その期間は,原則として10年以内である。保安拘禁に付される者は,戦後著しく減少しており,西ドイツ連邦統計局の統計書(1974年度)によると,1974年3月末の現在人員は,376人(男372人,女4人)であって,受刑者及び保安拘禁者総数3万6,763人の1.02%に当たっている。他方において,新設の社会治療施設収容は,概して,重い人格障害を示す若年累犯者,性癖犯罪者に成長するおそれのある若年累犯者等について,これまた刑に併せて命ぜられ,その期間は,原則として5年以内である。社会治療施設収容は,他の執行施設から分離した独立の施設で執行するものとされ,その一施設の収容定員は200人を超えてはならないことになっている。そこでの社会治療処遇は,特別の治療方法,社会的援助及び専門職員による予後的保護から成り,その処遇方法には,作業療法,接触療法,環境療法,心理療法,行動療法,薬理療法等多様なものがあると言われる。この制度は,施設の整備及び職員の充実の必要から,いまだ全面的実施を見るまでには至っていない。 我が国においても,累犯の処遇対策は,特に刑法改正の必要をめぐって,既に久しく問題とされてきた。今次の改正刑法草案においても,現行法制をかなり大きく変えようとしている。まず,累犯の要件について,草案は,これを禁固以上の刑の確定裁判後拘禁中を除いて5年内の再犯で有期の懲役又は禁固に処すべき犯罪とする。これに対する刑の加重も,裁量的なものとする。更に,このような累犯の刑の加重のほか,新たに常習累犯に対する相対的不定期刑の制度を設けようとしている。この制度は,ヨーロッパの法制とは異なり,自由刑のわく内で処遇効果を期するもので,6月以上の懲役に処せられた累犯者が更に犯罪を重ね,累犯として有期の懲役をもって処断すべき場合において,犯人が常習者と認められるとき,これを常習累犯とし,不定期刑を言い渡すことができるものとする。その不定期刑は,累犯の刑の加重の処断刑の範囲内で長期と短期が定められるが,ただ,その処断刑の短期が1年未満のときは1年とされている。仮釈放は,短期の経過後又は長期の三分の一の経過後許すことができ,なお,原則として長期に至るまで続けられる仮釈放期間についても,特に短期の経過後は短縮することができるものとされている。
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