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 昭和52年版 犯罪白書 第2編/第1章/第3節/2 

2 起訴猶予制度の機能と運用

 起訴猶予の刑事政策的機能は,犯罪者に対して,刑事訴追を猶予することによって自力による改善更生への契機を与えることにある。伝統的に高い有罪率を持つ我が国の刑事裁判において,「起訴」という事実が犯罪者及び国民一般に与える制裁的効果は,アメリカやイギリスにおける場合よりもはるかに強く,これによる社会的制裁の大きさは,裁判における有罪判決のそれにも等しいと思われる。それだけに,我が国では,公訴権の行使は極めて謙抑的になされており,それが高い起訴猶予率となって現れているとも言えよう。起訴猶予の権限を行使するには慎重な配慮を要し,そのためにも検察官の事前取調べが必要であるが,実務上は,犯罪事実だけでなく,犯罪者の身上,経歴,家庭環境,刑事処分歴,被害弁償の有無その他各般の情状事実が取り調べられたうえで処分が決定される。また,起訴猶予処分をする場合には,軽微な事犯を除き,犯罪者の家族,雇主,職場の上司,その他民間の協力者が身柄を引き受け,将来の監督を誓約するなど,更生のための措置が執られるのが常である。
 アメリカにおける起訴猶予の実態を正確には握する資料はないが,連邦捜査局の統一犯罪報告(Uniform Crime Reports,1975)によると,1975年では,指標犯罪で逮捕された成人のうち約80%が起訴されているので,起訴猶予処分となった者の総処理人員中に占める比率は,20%を超えないものと推測される。比較の便宜上,アメリカの指標犯罪に相当する我が国の殺人,強盗・同致死傷,強盗強姦・同致死,強姦・同致死傷,窃盗の昭和50年(1975年)における起訴率(起訴・不起訴の総人員中に起訴人員の占める比率)を算出すると,49.9%となっており,起訴猶予率(ここでは起訴・不起訴の総人員中に起訴猶予人員が占める比率をいう。)は43.8%となっている。また,イギリスの内務省の犯罪統計(Criminal Statistics, England and Wales.1975)によって,イギリスの警察における要正式起訴犯罪の1975年の起訴猶予率(起訴・起訴猶予の総人員中に起訴猶予人員が占める比率)を算出すると,19.9%となっているが,要正式起訴犯罪に相当する我が国の業過を除く刑法犯の1975年の起訴猶予率は38.1%である。以上のことから,我が国では,アメリカやイギリスに比べて起訴猶予がより広範に運用されていると言えるであろう。また,我が国で起訴猶予率が比較的高いのは,法制上,検察官が処分決定の際に,既述のように,犯罪事実はもとより,犯人の性格,境遇その他の情状を考慮すべきこととされており,実務上もこれらの点の捜査が尽くされていることと関係があるものと考えられる。
 次に,昭和21年以降の我が国における起訴猶予率の推移を罪種別に見ると,II-3図のとおりである。業過を除く刑法犯,道交違反及びその他の特別法犯の起訴猶予率は,下降ないし横ばい状態にあり,とりわけ,道交違反のそれが近年極めて低くなってきている。業過を除く刑法犯の起訴猶予率が下降傾向を示している理由の一つとして,検挙人員中に占める初犯者の比率の減少と前科者の比率の増大にも現れている犯罪者の質の悪化が挙げられよぅ。一方,業務上(重)過失致死傷の起訴猶予率は,事件激増を反映するように,昭和23年ころから37年までの間に約45%も低下したが,その後交通事故発生件数が45年まで依然として増加し続ける中で,起訴猶予率は,38年以降おおむね上昇傾向を示し,最近に至っている。このことは,事故の損害に関する保険制度の充実に伴う被害補償の励行,交通事情の変化による事故形態の変容その他の事情が複雑に関連している結果であると考えられる。

II-3図 罪種別起訴猶予率の推移(昭和21年〜51年)