前の項目   次の項目        目次   図表目次   年版選択
 昭和52年版 犯罪白書 第1編/第3章 

第3章 犯罪動向の国際比較

 一般に工業化,都市化等の急激な社会変動は,社会の各面にひずみを生じ,それがひいては犯罪増加に連なるものと考えられている。第二次世界大戦後,こうした急激な経済的・社会的変動を経験した国は少なくないが,それらの国では,同時に暴力犯罪を中心とする犯罪の多発に悩まされ,特に都市における治安の悪化が市民の不安を増大させている。しかし,我が国においては,急速な経済成長とこれに伴う社会変動を経ているにもかかわらず,業務上(重)過失致死傷を除く刑法犯が減少しており,アメリカ,イギリス,西ドイツ等の先進諸国とは異なった現象を呈している。このことは,犯罪現象が工業化,都市化等に伴う社会構造の変化と関連を持つと考えられつつも,なお文化的・社会的条件をも考慮する必要があることを示すものであろう。
 本章では,我が国と同様に社会的・経済的発展を遂げている欧米諸国のうち,資料を入手し得たアメリカ(アメリカ合衆国),イギリス(連合王国「イングランド及びウェールズ」),西ドイツ(ドイツ連邦共和国)及びフランスにおける犯罪動向と我が国のそれとを比較・検討することによって,国際的視野から見た我が国の犯罪動向の特徴を明らかにしたい。
 言うまでもなく,各国は,それぞれ統計の方法を異にし,基礎となる犯罪の種類や要件にも差異があるうえ,警察の犯罪捜査能力等により統計に現れない犯罪の暗数の問題があるので,正確な犯罪現象の比較はできないが,同種類型の犯罪を拾って大まかなすう勢を比較することは可能であろう。主な検討資料として,アメリカについては連邦捜査局(F.B.I.)の統一犯罪報告(Uniform Crime Reports)を,イギリスについては内務省(Home Office)の犯罪統計(Criminal Statistics in England and Wales)を,西ドイツについては連邦刑事局(Bundeskriminalamt)の警察犯罪統計(Polizeiliche Kriminalstatistik,Bundesrepublik Deutschland)を,そしてフランスについて司法警察中央局(Direction Central de la Police Judiciaire)の犯罪統計(La criminalite en France, d'apres les statistiques de police judiciaire)を用いた。また,比較の基礎となる犯罪としては,罪質がほぼ同様でかつ治安上重要な犯罪,すなわち我が国における業務上(重)過失致死傷を除く刑法犯,アメリカにおける指標犯罪(Crime Index Offences),イギリスにおける要正式起訴犯罪(Indictable Offences),西ドイツにおける重罪・軽罪刑法犯(Verbrechen und Vergehen nach dem Strafgesetzbuch)及びフランスにおける重罪・軽罪刑法犯(Crimes et delits par le Code Penal)を取り上げた。なお,欧米諸国のものについても,交通に基因する過失致死傷等の交通犯罪は,比較の対象から除いている。以下,第1節では,おおむね1960年から1975年までの犯罪発生件数の推移を各国別に概観するとともに,それぞれの国に固有の犯罪現象の特徴について触れることとし,第2節では,各国の犯罪のうち,法制の相違等により影響を受けることが少ないと思われる殺人,強盗,強姦及び窃盗を取り上げ,その発生率(人口10万人当たりの発生件数)の推移を比較し,また,資料を入手し得た範囲内で,若干の犯罪態様の比較と犯罪発生の背景にある各国の文化的・社会的条件の対比・検討を行うこととする。
 なお,本章に関連するものとして,少年犯罪及び女性犯罪の動向の国際比較については,第3編第1章第1節及び第3章第2節において,それぞれ詳述する。