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 昭和50年版 犯罪白書 第1編/第1章/第2節/5 

5 特異な殺人事件

 社会の変化とともに通常の犯罪も変化する。最近における犯罪の特徴として,犯罪の質的な変化が指摘されるが,動機や態様において悪質化の傾向がうかがわれる犯罪の一例として,特異な殺人事件が多発していることを挙げることができる。
 殺人事件の発生件数の推移を最近10年間について見ると,多少の起伏はありながらも全体としては減少傾向を見せているが,犯罪の質的な面から見ると,最近犯罪の動機,態様などの点で異常な事件の発生が目立っている。昭和48年,49年について見ても,例えば,[1]暴力団を雇って連続的に4人を殺害した事件(東京地検),[2]交際中の女性について実父母から注意されて立腹し,実父母を殺害して死体を海上に投棄した事件(千葉地検),[3]結婚の邪魔になった愛人を殺害して山中に死体を埋め失そうを装っていた事件(大阪地検),[4]愛人の娘を連れ出し海中に突き落として殺害した事件(神戸地検),[5]雇主である愛人の娘を連れ出して殺害し雑木林に遺棄した事件(東京地検),[6]借金の返済に窮し,長女をハンマーで殴打して自家用車でひき殺し,保険金の詐取を企てた事件(函館地検),[7]ビニールハウス内で妻に一酸化炭素ガスを吸引させて殺害し,事故死を装って保険金を詐取した事件(山形地検),[8]妻子に多額の保険をかけた後交通事故を装って殺害した事件(大分地検),[9]団地階下の部屋のピアノの音がうるさいと母子3人を刺身包丁で刺殺した事件(横浜地検),[10]団地内でペットの小犬を殺した主婦を文化包丁で刺殺した事件(横浜地検)などの事件が発覚検挙されており,周到な計画の下に行われた陰惨な事件が発生している反面,動機と犯行が極めて短絡的に結び付いた事件の発生も目立っている。従来なら殺人の動機とは考えられなかったような動機による事件が多いことも,最近のこの種事犯の特徴的な傾向の一つである。
 また,最近のこの種事犯の特徴として,死体を隠ぺいする事件の増加が挙げられる。警察に認知された死体隠ぺい事件は,昭和44年13件,45年18件,46年28件,47年44件,48年50件と逐年増加を続けてきているが,49年には,[1]飲酒口論のうえ同僚を殴打殺害した鉄筋工が,宿舎敷地内で死体に灯油をふりかけるなどして焼毀し,焼け残った骨を粉砕して道路に捨てた事件(京都地検),[2]勤務先の会社幹部2人を絞殺し死体を自動車で運び埋立地に埋め遺棄し,被害者の失そうを装って会社の当座預金から大金を入手しようとした事件(大阪地検)など53件の事件が認知されている。
 殺人事件の量的な減少傾向にかかわらず,動機や態様の悪質な事犯が多発していることは注目すべき現象である。殺人は自然犯中の自然犯といわれるように,殺人事件について見られるこのような現象は,多かれ少なかれ他の通常の犯罪にも現れている。その背景としては,繁栄の陰に社会的病理現象が生じ,家庭や一般社会における人間関係が阻害されていることを指摘できるが,殺人事件の悪質化から見ると,一部には殺伐な風潮さえ広がりつつあるのではないかと疑われる。