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 昭和48年版 犯罪白書 第1編/第2章/第4節/2 

2 精神障害者の犯罪の実情

(1) 概説

 昭和46年における成人の刑法犯検挙人員のうち,精神障害者又はその疑いがあると認められた者は,I-43表に示すとおり,0.77%を占めている。この割合は,後述の少年事件中に占める精神障害者の割合よりも,かなりの低率となっているが,成人には,少年における少年鑑別所のような鑑別機関がないため,専門家の診査を経ない場合が多いことを考慮しなければならない。罪名別にみると,殺人と放火とにおいて,精神障害者がその検挙人員の6%以上を占めているのが目立ち,次いで,強制わいせつにおける割合が多い。

I-43表 成人刑法犯検挙人員中精神障害者の比率(昭和46年)

 この成人の刑法犯検挙人員中の精神障害者の比率においては,精神障害者及びその疑いのある者の犯す犯罪は,窃盗が多く,総数の53%を占めているが,次に掲げるI-44表の場合には,これと異なった特徴が示されている。これは,昭和46年と47年の2年間に,全国の地方検察庁で処理された事件及びそれに対応する裁判所で裁判言渡があった事件のうちで,心神喪失を理由として不起訴又は無罪とされ,あるいは,心神耗弱を理由として刑が減軽された963件の事例について示したものである。罪名でみると,殺人が総数の34%,放火が17%,暴行・傷害が15%となっており,この3つの罪名だけで,全体の66%を占めている。診断名では,精神分裂病が総数の56%,アルコール中毒が10%,精神薄弱が8%どなっている。この場合に,窃盗が比較的少ないのは,精神障害の疑いのある程度の者が,心神喪失以外の理由で不起訴とされる場合があることによるものと思われる。なお,診断名の「その他」には,神経症,心因反応,種々の精神異常などが含まれている。

I-44表 心神喪失・心神耗弱者の罪名別精神障害診断名(昭和46年と47年の計)

 次に,少年の一般保護事件(少年保護事件のうち道路交通保護事件を除いたもの)についてみると,家庭裁判所が終局処分を決定した少年のうち,精神判定がなされた少年の割合は,昭和42年における13%から,46年における9%まで減少しているが,I-45表に示したのは,その精神判定がなされた少年についての判定の結果である。同表にみるように,精神障害者の割合は,42年の11%から46年の8%まで漸減している。46年においては,そのうちで,精神薄弱者が62%,精神病質者が26%を占めている。

I-45表 一般保護事件終局人員の精神状況(昭和42年〜46年)

 この昭和46年中に判定のなされた1万6,780名の少年について,更に非行名別に精神障害者の比率を示したものが,I-46表である。これによってみると,精神障害者は総数の8%であるが,放火では同罪を犯した者の42%,わいせつでは21%,殺人では17%,脅迫では14%を占めており,それぞれ高い割合を示している。

I-46表 一般保護事件終局人員中の非行別精神障害者の比率(昭和46年)

(2) 犯罪を犯した精神障害者の実態

 検察官は,事件処理に当たって,被疑者に精神障害の疑いがあるときは,精神科医の鑑定を求めることとしているが,全国地方検察庁のうち9地方検察庁では,庁内に精神診断室を設け,精神科医の協力を得て,精神障害者の発見,診断の効率化を図っている。
 最近5年間に,この9地方検察庁において,精神診断(精神鑑定を含む。以下同じ。)を受けた者の数は,4,558人で,そのうち,精神障害者と認められた者は,3,914人(男子3,593人,女子321人)であった。I-47表は,この精神診断の結果を示している。

I-47表 精神障害者の罪名別診断名(昭和43年〜47年の累計)

 診断名について多い順に挙げると,アルコール中毒・嗜癖の28%,精神分裂病の24%,精神薄弱の17%,精神病質の12%となっており,また,罪名では,窃盗の24%,暴行・傷害の16%,殺人の11%,詐欺の10%,放火の7%の順となっている。
 このうちで,罪名別にみた診断名別の特徴的なものをみてみよう。アルコール中毒・嗜癖は,詐欺の48%,恐喝の48%,暴行・傷害の36%,放火の23%を占めている。精神分裂病は,殺人の31%,強盗の29%,暴行・傷害の27%を占めている。精神薄弱は,強姦・わいせつの35%,放火の25%を占めている。
 この表における罪名と診断名との順位と割合とが,先のI-44表と異なっているのは,処理段階の違いに基づくものである。
 また,これらの精神障害者について,検察官が行った処分の内訳をみると,起訴された者が総数の34%を占め,不起訴となった者が64%,その他の処分を受けた者が2%となっている。検察官から都道府県知事への通報は,総数3,914人のうち2,143人(55%)であり,そのうち,措置入院となった者は1,418人(通報人員の66%)である。
 次に,これら精神障害者の諸特性を,I-48表によってみよう。まず,その年齢は,20歳代から40歳代までの者が92%を占めている。犯罪時に安定した職業を有していた者は,32%にすぎない。また,70%の者が犯罪の処分歴を,41%の者が精神病院入院歴を持っている。

I-48表 犯罪を犯した精神障害者の諸特性(昭和43年〜47年の累計)

 これらは,過去5年間にわたる対象者の特性についてみたものであるが,更に詳細な特性を検討するために,そのうち,昭和47年1年間の資料732名についてみてみよう。
 まず,その98%の者が共犯関係のない単独犯である。居住状況をみると,自宅に住んでいた者が36%,浮浪者が23%であり,また,同居者の全くいない者が61%に及んでいる。結婚生活を送っていた者は14%にすぎず,未婚で同棲歴がない者がを48%を占めている。これらの諸点から,犯罪を犯す精神障害者は,孤立的な生活を送っている場合が多いことが分かる。
 このような生活上の特性のほかに,精神障害者による犯罪の特性についてみてみよう。犯罪への動機には,叱責,いんねん,口論などの被害者からの挑発のあったものは11%にすぎず,一方的な動機によるもの82%,本人の被害感や妄想によるものが5%であると判定されている。犯行と被害者との関係をみても,無関係が66%であって,知人は12%,親族は11%にすぎない。特に,窃盗,詐欺,強盗及び恐喝においては,被害者と無関係が92%であり,被害者の中に親族がいないという特徴を示している。そのうち,詐欺の59%が無銭飲食であり,恐喝の89%が現金を目的としたものである。
 これと対照的に,殺人にあっては,親族に対する犯行が57%を占め,放火では20%,暴行・傷害では18%が親族に対するものであり,これらの犯罪は,生活上接触のある者に対してなされ易いことを示している。
 また,精神障害者による強姦・わいせつの被害者をみると,5歳以下が7%,6歳から15歳が40%であって,これら年少者が対象とされる割合が,半数近いという傾向を示している。
 次に,昭和42年以降において,心神喪失の理由で不起訴及び無罪となった者並びに第一審で心神耗弱による刑の減軽を認められた者の数を,I-49表に示した。これによると,心身喪失による不起訴の人員は,43年から46年まで逐年増加しており,心神耗弱により刑の減軽を認められた者は,43年に一時減少し,その後は46年まで漸増している。

I-49表 心神喪失と心神耗弱の人員(昭和42年〜46年)

 ところで,I-44表にあげた対象者,すなわち,昭和46年と47年の2年間に,全国の地方検察庁及び地方裁判所において,心身喪失を理由として不起訴又は無罪とされ,あるいは心神耗弱を理由として刑が減軽された963名について,精神病院入院歴と前科・前歴の有無をI-50表に示した。すなわち,入院歴のある者は449名(47%),前科・前歴のある者は405名(42%)であり,入院歴又は前科・前歴を持っている者は669名で,総数の69%を占める。この963名のうち,不起訴にされた719名のその後の経過をみると,措置入院が540名,その他の入院が76名で,非入院が98名(14%)となっている。

I-50表 心神喪失・心神耗弱者の初犯・再犯者別入院歴の有無(昭和46年と47年の計)

 犯罪を犯した精神障害者の再犯傾向をみるために,前記の963名のうち,前科・前歴のある405名について,本件罪名と,直近の前科・前歴罪名との関係をI-51表に示した。これによると,同一の犯罪を続けて繰り返す傾向がかなり高いことが示されている。すなわち,放火,強姦・強制わいせつ,詐欺では50%以上,殺人,強盗,窃盗では30%以上の合致率が見られる。暴行・傷害では28%の合致率を示しているが,そのほかに,殺人,放火などとの親和性も示している。

I-51表 精神障害者の本件と直近の前科・前歴罪名との関係(昭和46年と47年の計)

 犯罪を犯して,刑務所又は少年院に収容された者のうちで,精神障害者と認められた者は,I-52表のとおり,刑務所収容人員の13.5%,少年院収容人員の16.5%を占めている。そのうちで,成人においては,精神病質と精神薄弱とが精神障害の大半を占めているが,少年においては,精神薄弱が精神障害の約3分の2を占めており,精神薄弱者は,少年院の全収容人員の約1割に達している。

I-52表 矯正施設収容者中の精神障害者(昭和47年12月20日現在)

 ここで,刑務所に収容されているこれらの精神障害者の状況について触れておく。法務省矯正局へ報告された受刑者の処遇難易調べによれば,粗暴行為をひん発する者,反則を繰り返す者,ボス的傾向の強い者その他の集団処遇の困難な者が,昭和47年末現在の全国受刑者3万9,068名のうち,15%を占めている。他方,分類規定によって精神障害者として分類処遇されている613名の受刑者の62%がこの処遇困難者に該当し,その事由のうちでは,乱暴・暴行のおそれが最も多い。
 また,行刑施設は,受刑者が行刑施設や外部諸機関に対して,訴訟や不満の訴えをする権利を保障しているが,このような行為をみだりに繰り返したり,粗暴行為をひん発する好訴型の処遇困難者が存在する。この種受刑者について法務総合研究所が調査したところによれば,その60%が精神病質者,12%が精神病者となっている。